2025/09/19

露草にふと振り返る散歩道




 ツユクサは鮮やかな青い色が人の目を引く。


 そしてよくよく見てみれば、なにやら複雑な花の造り、ちょっと感心してしまう。まずは青

い色の花びらみたいなのが二枚ある。普通花びらは5枚とか6枚とかのものだが、これに

はたった二枚しかない。変てこりんだなあと思う。


 さらに目を凝らせば、その花びらの下が奇妙に複雑なことになっている。黄色い短い蕊

のようなものが複数あり、その下に雌しべみたいなのがびょ~んと長く伸びている。これら

の変わった構造は素人にはよく分からないけれど、やっぱり変てこりんである。



 散歩道でこの花を見かけると、ついつい目が惹きつけられてしまう。やはり青色の鮮や

かさが、緑の草陰の中で目立つ。土手道の端っこなどに生えている。この散歩道を、ほぼ

決まった時間に決まったように歩いている。だから退屈かと言えばそうでもない。


 散歩道にはいろんな人がいて、走ったり歩いたり、自転車で通り抜けたり、さまざまだ

が、そのいろんな人を観察するのもまた楽しい。走っている人とすれ違う時は、敬意を表

して道を譲る。歩いている人には譲らない。こっちは右側を歩いているから大威張りだ。



 腰が曲がったお婆さんが、道っぱたの草を手折ってビニール袋に入れて歩いている。若

い女性が軽やかに、ほいさっさと追い越してい行くのを見ると、心底羨ましい。小さいおば

さんが、道にはみ出た葛のツルを、ひょいひょいと根元の方へ戻してゆくのを見た。


 なんで散歩などしているかと言えば、近ごろとみに筋肉が落ちてきて、余にもみすぼらし

く、かつまたちょっと歩いただけで足がくたびれるようになった、これではいかん、と何とか

筋肉を付けたくて、それでまあ、試みに歩いてみようと思ったのだ。付くかな、筋肉!


 寄る歳にせめても抗ってみる。




2025/09/18

秋の潮浪や寂しき丹後浜

 



 丹後は天橋立に立ち寄る。


 この景色を、どこぞかの山に登って股ぐらから眺めるか、あるいはこの砂州をてくてく歩いて、向こうの浜まで行ってみるか、ちょっと迷ったけれど、どちらも脚下、砂州の始まりのところの砂をわずかに踏んでみただけになった。


 その辺りに文殊堂という、意外と大きなお寺があったのでちょっと立ち寄り、それから波打ち際に出てみた。浪が次から次へと打ち寄せ、それが崩れて白い泡を吐き出すさまは、見ていて飽きなかった。秋の浪はしかしどこか寂し気だ。



 沖あいは深い藍色となって、その上に丹後半島がのびのびと連なっている。これからゆく伊根はどのあたりだろうか、大変楽しみでもあり、こころ急かれる思いもする。なにしろ夕方が近い、伊根までどれほどかかるか、見当がつかない。


 日本の三大風景とか言われる天橋立は、股ぐら覗きもなんか子供じみているし、この砂州を向こうまで歩いてみるのも何だかなあ、という気がする。そうであれば、もうどこを見学すればいいのやら、途方に暮れてしまう。



 遥か遠く出雲へ向かう道すがら、金沢からこっちは特に未踏の地である。どこを走っても、どこに立寄っても、どこもまた嬉しい。特に侘し気な海岸縁の道などは、背中がぞくぞくするほど引込まれる。北陸山陰はおおむねそのようだ。


 華々しくそして賑やかで、なにもかもごちゃ混ぜの太平洋岸に比べれば、静謐で落ち着いて、そして優し気な海や山や街が続いている。おそらく人もまたそうなのであろう、願わくば、これからもそのまま続いてほしいと願うばかりだ。


 秋の海日本海は波静か。



2025/09/17

ほうずきや赤らんでやっとそれが見え

 



 ホウズキは赤くならないと見つけられない。


 赤い実がぶらさがってやっと、お! こんなところにほうずきが、という按排で

ある。それまでの間、忍の一字で葉陰に隠れているのかもしれない。そうして実が

熟れてきて食べごろになったら、さあ、鳥たちよ食ってくれ、とばかりに自己主張

するのであろうか。鳥が気づくようになれば、人だって気が付く。


 御幼少のみぎり、この袋の中の赤く熟れた実をつまんで、女の子たちが楊枝で突

いて中の種を出し、それを口に含んで、ぶ~~と鳴らした。なんだかおもしろそう

なので、真似をしていろいろやってみたが、中の種を出し切るのに忍耐が要る、面

倒くせえ、と無暗に突つきまわすと、丸い実がすぐに破れた。



 女の子たちのように忍耐強くないので、あんまりおもしろくなくて、2,3回で

確か止めてしまった。女の子たちは盛んにぶ~、ぶ~ならしていたが、悪ガキども

はすぐに飽きて、チャンバラごっこだったり、鬼ごっこの方に移ってしまった。そ

れにしても、ほうずきがれっきとした遊び道具だったんだよなあ。


 なんという素朴さ、なんという工夫。もう一つ想い出せば、なんとただの道路が

遊び道具に変身した。路上に〇を描く、それが1個だけ向こうの方へ続いたり、と

きには2個横に並んだり、という具合に描いていく。〇1個は片足だけ、横並びの

〇2個では両足が着ける。それでケンケンパッ、という具合に飛び跳ねて遊ぶ。



 これなどはもう、遊び道具など何もいらないのである。ただの地面とせいぜい石

ころぐらいがあればいい。なにしろ市販の遊び道具などなかったし、あっても買っ

てもらえない。だから、ほうずきにしろ、ケンケンパッにしろ、だれか子供が工夫

して、子供へ、子供へと伝え繋ぎとめてきた遊びではないかと思う。


 むろん今の電子機器の遊びの方が、なんぼか洗練されかつ夢中になるに違いない

が、その辺になんぼでも転がっているモノを使って、遊び道具に仕立ててゆく、と

いうのも、もう夢中になれたものだ。なんしろその辺の棒きれがムラマサになるの

だし、木の股がパチンコになるし、錆びた空き缶が馬の蹄にもなった。


 物がない、というのは不幸ではないナ。




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