2025/09/22

猛暑去り新河岸川に萩の雨

 



 先日、新河岸川の岸辺を団体で歩いた。


 新河岸川は江戸時代の物流の動脈だった。埼玉の川越と江戸浅草を結んで、江戸から

は日用品や古着、金肥、川越からは穀物やさつま芋、木材などを船に乗せて運んだと

いう。そういう古い川筋なので、近くには昔ながらの建物や富士塚などが残っている。


 まあそういうものを見たり、復元された「引又河岸」を眺めたりして、急に涼しくなった空

の下を楽しんできた。夕方になってときおり小雨がぱらついたりしたが、ほぼ曇りであっ

て、ああ! 秋がようやく来たなあ、と実感した一日だった。



 今印象に残っているのは、野火止用水が新河岸川を乗り越えるという仕掛の、ジオ

ラマと、復原模型である。道路の端にジオラマを納めたガラスケースがあり、その上に木

製の復元模型が置いてあった。川を乗り越える仕掛けは実に巧妙で感心した。


 その仕掛は、土手の上まで引いた野火止用水を下流の木製の背の高い枡まで流す、そ

して枡の中の水位が天井まで来ると、そこから更に下流へ流す、というふうに順次枡を使

って、枡の上端まで水を溜めれば、おおむね水位を維持したまま流せる、という仕掛だ。




 もう一つ印象に残っているものがある。それは「白子貝塚公園」の縄文海進の地図と貝

塚の剥ぎ取り展示。海進の地図は公園の隅の大きなタイルに描いてあった。この時海は

関東平野のずいぶん奥まで(茨城の古河辺まで)入江だったんだなあ、と知った。


 また、実は貝塚は発掘されたまま野外で野ざらしになっているものとばかり思っていた。

それがきちんと土まで付けて剥ぎ取り、無数の貝殻が層を成して堆積している状況を展

示している。わが想像力は極めて原始的でアホであったか、よくよく分かった。


 ともあれ、新河岸川に秋が忍び寄って萩が雨に濡れている。



 短い動画  (BGM、キャプション) 

www.youtube.com

 



2025/09/19

露草にふと振り返る散歩道




 ツユクサは鮮やかな青い色が人の目を引く。


 そしてよくよく見てみれば、なにやら複雑な花の造り、ちょっと感心してしまう。まずは青

い色の花びらみたいなのが二枚ある。普通花びらは5枚とか6枚とかのものだが、これに

はたった二枚しかない。変てこりんだなあと思う。


 さらに目を凝らせば、その花びらの下が奇妙に複雑なことになっている。黄色い短い蕊

のようなものが複数あり、その下に雌しべみたいなのがびょ~んと長く伸びている。これら

の変わった構造は素人にはよく分からないけれど、やっぱり変てこりんである。



 散歩道でこの花を見かけると、ついつい目が惹きつけられてしまう。やはり青色の鮮や

かさが、緑の草陰の中で目立つ。土手道の端っこなどに生えている。この散歩道を、ほぼ

決まった時間に決まったように歩いている。だから退屈かと言えばそうでもない。


 散歩道にはいろんな人がいて、走ったり歩いたり、自転車で通り抜けたり、さまざまだ

が、そのいろんな人を観察するのもまた楽しい。走っている人とすれ違う時は、敬意を表

して道を譲る。歩いている人には譲らない。こっちは右側を歩いているから大威張りだ。



 腰が曲がったお婆さんが、道っぱたの草を手折ってビニール袋に入れて歩いている。若

い女性が軽やかに、ほいさっさと追い越してい行くのを見ると、心底羨ましい。小さいおば

さんが、道にはみ出た葛のツルを、ひょいひょいと根元の方へ戻してゆくのを見た。


 なんで散歩などしているかと言えば、近ごろとみに筋肉が落ちてきて、余にもみすぼらし

く、かつまたちょっと歩いただけで足がくたびれるようになった、これではいかん、と何とか

筋肉を付けたくて、それでまあ、試みに歩いてみようと思ったのだ。付くかな、筋肉!


 寄る歳にせめても抗ってみる。




2025/09/18

秋の潮浪や寂しき丹後浜

 



 丹後は天橋立に立ち寄る。


 この景色を、どこぞかの山に登って股ぐらから眺めるか、あるいはこの砂州をてくてく歩いて、向こうの浜まで行ってみるか、ちょっと迷ったけれど、どちらも脚下、砂州の始まりのところの砂をわずかに踏んでみただけになった。


 その辺りに文殊堂という、意外と大きなお寺があったのでちょっと立ち寄り、それから波打ち際に出てみた。浪が次から次へと打ち寄せ、それが崩れて白い泡を吐き出すさまは、見ていて飽きなかった。秋の浪はしかしどこか寂し気だ。



 沖あいは深い藍色となって、その上に丹後半島がのびのびと連なっている。これからゆく伊根はどのあたりだろうか、大変楽しみでもあり、こころ急かれる思いもする。なにしろ夕方が近い、伊根までどれほどかかるか、見当がつかない。


 日本の三大風景とか言われる天橋立は、股ぐら覗きもなんか子供じみているし、この砂州を向こうまで歩いてみるのも何だかなあ、という気がする。そうであれば、もうどこを見学すればいいのやら、途方に暮れてしまう。



 遥か遠く出雲へ向かう道すがら、金沢からこっちは特に未踏の地である。どこを走っても、どこに立寄っても、どこもまた嬉しい。特に侘し気な海岸縁の道などは、背中がぞくぞくするほど引込まれる。北陸山陰はおおむねそのようだ。


 華々しくそして賑やかで、なにもかもごちゃ混ぜの太平洋岸に比べれば、静謐で落ち着いて、そして優し気な海や山や街が続いている。おそらく人もまたそうなのであろう、願わくば、これからもそのまま続いてほしいと願うばかりだ。


 秋の海日本海は波静か。



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