2025/10/25

茫々と砺波散居は秋の雨

 



 富山平野を走っているときはうっすらと晴れていたのに・・・


 そこから低い山を越えて砺波市へ入り、展望台を探しながら山道を登っていったら、な

んと言うことだ! 細かい霧雨が降ってきた。おかげで散居集落の展望は茫々と霧がか

かったように霞んでしまい、しばらく待ってもついに展望は開けなかった。


 何にしろ、広々とした野っ原は高いところから眺め下ろしたい。長野の安曇野も、高いと

ころから見下ろしたら狂喜するほどよかったので、砺波平野の散居集落も、なにがなんで

も、是でも非でも、だれが何と言っても高いところから眺めたかった、なのに・・・



 それでも、煙のように霞む砺波平野のほんの一部を、朧ながらも眺めることができ、そ

れはまあよかった。もう二度とここへ来ることはないだろうと思えば、極めて残念であり尚

且つ無念ではあるが、”北国日和は定めなき”だなあと思って諦めるしかなかった。


 そもそもなんでここに興味を抱いたかと言えば、今までにこういう景観を眼にしたことが

なかったからだ。今まで限りなく見てきた農村風景は、川沿いの狭い段丘か、平野であっ

ても真ん中に田畑があって、その周りの丘陵の裾野に民家が集まっている風景だった。



 こういう広い平野にぱらぱらと農家が散在するという光景は(ネット検索してみたら)案

外全国的に何カ所か存在するそうだ。砺波平野のこの景観できたのは、16、17世紀ご

ろ、近世に入ってからだそうだが、それにしてもひときわ際立っているように思える。


 それにしても、農家が一つ所にかたまっているのと、ぱらぱらに離れ隣の家に行くのがち

ょっと大変、というあり方は、そこに住む人たちの気質に何らかの違いがあるのだろうか、

ないのだろうか。ちなみにAIはどこから見つけたのか、こんなことを言っている。


散居集落(散村)で暮らす人々は、集落(集村)で暮らす人々と比較

して、一般的に自立心が強く、開放的で合理的な気質を持つといわ

れています。



2025/10/24

野は広く榛名の山に天高く




 八高線、児玉駅を出て野っぱらの方へ歩いてゆく。


 このあたりは関東平野の北西の端っこではあるが、広闊な畑がどお~んと広がってい

る。畑には様々な野菜が見え、その先に民家が林に埋もれるようにちらほらしている。地

面は平らで遮るものがなく、遥か北に榛名や赤城の山が群青の影となって聳えている。


 普段は息が詰まるような狭い、みみっちい、鼻がぶっつかるような住宅地に住んでいる

ので、こういう景色に出会うと、なにやら自分がどんどん膨らんで大きくなって、天下を取

ったように思えてくる。歩いていると胸が広がって、深々と深呼吸してみる。



 やがて神流川に突き当たり、渡る橋はいくつもないので地図をよく見ながら、その一つ

の橋を歩く。車がみんなこの橋に集まってくるのだが、渡り終えれば藤岡の家並に入る。こ

こで膨らんでいた気分がちょっと萎む。街中はなんといっても野っぱらほど面白くはない。


 黙々として、疲れて、街並みを抜けると、新幹線の長大な橋脚が高い天の下に飛び込ん

できた。大蛇のようにうねりながら遥かな先に続いている。これが東京からはるばる田ん

ぼを突っ切り、畑を貫いて延々と続いているのかと思うと頭が思考を停止した。



 高崎市の郊外に入って、平野はなお茫洋と広がっていたが、近くに博物館がありそこで

時間を大いに取られて、短い秋の日は既に陰り始めた。高崎駅までの距離を測ってみた

ら、まだ8㎞ぐらい残っている。さあ、大変だ、陽のあるうちにたどり着けるだろうか?


 もう冗談ではない、ヘラヘラしてはいられない。道を見失わないように小さな川に沿って

歩く、歩く、ひたすら歩く。陽がとっぷりと暮れて、足が痛い、疲れた、民家の灯りが寂し

い、そんなことにもう構ってはいられない。・・・高崎駅の明かりのなつかしさ。


 帰りの八高線は途中、鹿とがっぷり組み合って1時間動かず(泣き! )。




2025/10/23

ひとり待つ身にしむ風の無人駅

 



 秋の夕暮れの無人駅。


 ひとしお風が身に沁み入って、惻々として背中のあたりがなにやら寒い。これが嫌だか

らなるべく日のあるうちに駅に着きたいと思うが、場合によって陽が陰って、急速に薄闇

が木や森の間から沁みだしてくるころ、朽ちかけたホームにひとり佇むときがある。


 いくら待っても電車はくる気配さえない。遠くにぽつんと見える人家には、明かりさえ見

えない。周りに音はなく、ただときおり枝が風にさわさわと揺れるばかり。この世に誰もい

なくなって、独りぽつねんと取り残されたような寂しさが身を包み、こころを支配してくる。


 

 八高線などは軒並み無人駅となった。そして駅前にあった小さな食堂や雑貨店なども軒

並み無住となって堅く雨戸を閉ざすばかり、まるでゴーストタウンのように、ただ風がひゅ

~ひゅ~と吹き抜けている。いずれ遠からぬうちに土に紛れて消えてゆくのだろう。


 無人駅ならまだしも、線路ごと打っちゃられて消えてしまった鉄道が、ことに北海道には

多いようだ。道東のオホーツク海岸を延々と走っていた鉄路がごっそりと消えてしまい、

枯れ草がびょう~っと風に吹かれているだけになったらしい。



 人は鉄道に背を向けて顧みず、駅前は人が集まる場所ではなくなった。寂しい限りだと

思うけれど(乗り鉄ではないが・・・)、これもまた世の中の、どうとどめようもない変化であ

ってみれば、抵抗してみても糠に釘、止むを得なければ仕方がない。


 それはそれとして、無人駅の風に吹かれて感ずる寂寥は、”たそがれ族”特有のものだろ

うか? 世の中は絶えず変化して止まぬ、それについて行けぬ”たそがれ族”は、見通せぬ

未来に希望なく、過ぎて帰らぬ過去に、ながあ~いため息をつくのだろうか。



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