富山平野を走っているときはうっすらと晴れていたのに・・・
そこから低い山を越えて砺波市へ入り、展望台を探しながら山道を登っていったら、な
んと言うことだ! 細かい霧雨が降ってきた。おかげで散居集落の展望は茫々と霧がか
かったように霞んでしまい、しばらく待ってもついに展望は開けなかった。
何にしろ、広々とした野っ原は高いところから眺め下ろしたい。長野の安曇野も、高いと
ころから見下ろしたら狂喜するほどよかったので、砺波平野の散居集落も、なにがなんで
も、是でも非でも、だれが何と言っても高いところから眺めたかった、なのに・・・
それでも、煙のように霞む砺波平野のほんの一部を、朧ながらも眺めることができ、そ
れはまあよかった。もう二度とここへ来ることはないだろうと思えば、極めて残念であり尚
且つ無念ではあるが、”北国日和は定めなき”だなあと思って諦めるしかなかった。
そもそもなんでここに興味を抱いたかと言えば、今までにこういう景観を眼にしたことが
なかったからだ。今まで限りなく見てきた農村風景は、川沿いの狭い段丘か、平野であっ
ても真ん中に田畑があって、その周りの丘陵の裾野に民家が集まっている風景だった。
こういう広い平野にぱらぱらと農家が散在するという光景は(ネット検索してみたら)案
外全国的に何カ所か存在するそうだ。砺波平野のこの景観できたのは、16、17世紀ご
ろ、近世に入ってからだそうだが、それにしてもひときわ際立っているように思える。
それにしても、農家が一つ所にかたまっているのと、ぱらぱらに離れ隣の家に行くのがち
ょっと大変、というあり方は、そこに住む人たちの気質に何らかの違いがあるのだろうか、
ないのだろうか。ちなみにAIはどこから見つけたのか、こんなことを言っている。
散居集落(散村)で暮らす人々は、集落(集村)で暮らす人々と比較
して、一般的に自立心が強く、開放的で合理的な気質を持つといわ
れています。
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