2025/12/27

角巻の老女は雪にかき消され

 

                                (ネットから拝借)                         


 雪国の方はいま恐ろしいほど雪が降っているらしい。


 毎年この時期…年末のころに大雪が降るようで、よく年末寒波とか言われている。どう

してよりによってこの時期なのか、人が皆お正月で帰省したり、どこかへ遊びに出かけた

りのこの時期に、全く以て大迷惑な、意地悪なことである。


 テレビのコマーシャルに、角巻を被ったお婆さんが、降りしきる雪の中へぼうっと霞んで

消えてしまう、という画像が流れたりするが、どこへ行こうとしていたんだろう。病院へ行く

途中だったんだろうか、自宅へ帰る道すがらだったんだろうか。



 今では角巻も消えてしまったかもしれない。その代わりに倍も軽くて倍も温かいダウン

やら何やらが角巻にとってかわったのだろう。囲炉裏や火鉢がとっくに消えて、あかあか

とストーブが燃え、エアコンが音もなく温める時代になってから、だいぶ久しい。


 かように生活はドンガラカッタと便利に楽になったが、雪はこともあろうに、そんなことは

構わずに降って来る。そうして昔と同じように、なに構わずゴンゴン積もっていく。気象は

人の世が便利になろうが合理的になろうが、一切お構いなしだから困る。



 自然現象が、人の世の発展や進歩をひとっ垂れも考慮することなく、大昔通りにゴリ押

ししてくるのに、大いに戸惑ってしまう。楽ちんで安全な世の中だと思っていたのに、いき

なり自然が大暴れして、その結果少しも安全でもなければ楽ちんでもないと悟った。


 雪の中に消えた角巻のお婆さんの時代には、高速や新幹線の立ち往生などなかっただ

ろうけれど、便利、快適を追及するこの流れはどうしたって止めようがない、とすれば、そ

の裏にいつも潜んでいる、自然現象の恐怖にどう向き合えばいいのだろうか。


 角巻のお婆さんはどこへ行こうとしていたのだろう。


 


2025/12/26

窓掃除一年ぶりのすす払い

 

                                (AIさん作成)


 年末の大掃除もほとんどしなくなった。


 なんといっても面倒くさくなって、出来ればこんなことやらずにサボっていたい。そのお

かげでメリハリがなくなり、のっぺらぼうに時間だけが流れてゆく。が、しかし、サッシの掃

除だけは命じられる。「なァにもせんで、ゴロゴロしてんじゃねえ! 」と檄が飛で来る。


 雪こそ降らないが、外は寒い。北風が吹いて日差しは弱い。窓を濡らすモップの水が手

に懸かって冷たい。どう考えても面白い仕事ではないが、世のなかに面白い仕事などあ

ろうはずがない、とこれは諦めざるを得ない。まあ、ぼちぼちやることにする。



 先ずモップを濡らして窓ガラスを拭く。着いている汚れは砂埃のようなものだから、意外

に簡単に洗い流されてゆく。しかるのち、モップに着いているゴムベラのような面を、窓ガ

ラスに密着させ、ごりごり~~、と上から下に扱き下ろす。でもこれが問題だ。


 何が問題かと言うと、ゴムベラの軌跡の両端に汚れの筋が残るのだ。ゴムベラの端っこ

に汚れが浮き出す。これはしたり、とその部分を擦ると、また端っこに汚れが残る。鼬ごっ

こになって、完全にきれいにするのは無理だと思い、すぐさまいい加減で止める。



 ふと気づくと、ガラスの内側(家の中の面)に汚れが目立つときがある。これもついでに

きれいにしたいが、表側を掃除したモップをいきなり家の中に入れると、汚い水が滴るし、

家の中の汚れは砂埃ではないので、簡単には落ちない。仕方ない、無かったことにする。


 そんなことで、掃除をするとやはりそれなりにきれいになる。大いに安心して、これから

向こう一年間、放っときぱなし、なるべく触らぬように、見ないように心がけて過ごす。かく

て我が家の年末大掃除は、サッシの掃除だけを請け負うこととなって、久しい。




2025/12/25

行く年や振り返らずに前を向く

 



 なんのけじめもない日々を送っている。


 今日と明日、ただ過ぎ去ってゆく一本の時間の流れのように思っている。だからそこに、

今日、明日のけじめはない。同様にして、去年今年もまた、自分にとってけじめがない、と

思っているのだけれど、さすがにすぐ前に「新年」というべきものが立ちはだかっている。


 世の中にとって大きなけじめである新年を、まったくけじめのない気分でやり過ごすこと

は難しそうだ。いくらなんでも、年末も新年もなく、ただのっぺらぼうに時間を打っちゃる

けにはいかないと思う。少しはけじめをつけた風に振舞わねばならないのではないか。



 さて、そのけじめをつけるとは、どういうことなのか? おそらくこういうことではないか

と思っている。それはまず、今年あったあれこれを思い出し、反省すべきは反省し、よって

もって、それを来年の行動に生かすべく気持ちを新たにする・・・と言うような。


 もしそういうことだとすれば、今年の我が行動は、ひょっとすると全部が反省になってしま

う。反省しなくともいいものは一つも残らない。これは困ったことだ、猿のようにすべてを

反省しなくちゃならない。それはあまりにも辛いから、もう反省するのは止めよう。



 反省するのを止め、今年は振り返らずに、来る年を考える。キッパリ前だけをむくことに

する。とにかく来年も楽しいことだけしたいと思う。それには、まずは楽しく歩けるように、

もう少し足を鍛えたい。ちょっと歩かないでいると、我が脚はすぐサボルんだよなあ。


 そうして元気になれば、旅行にも行きたい。大それた、海外なんてものでなくていい、国

内のそこいら辺をちょこまかと見て歩きたい。国内にだって感動するものは残っているだ

ろうと思う。例えば、古街道だとか、古い民家だとか・・・そういもので満足だ。




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