2026/01/09

どんど焼き用意ととのえ子らを待つ

 



 多摩川の支流の岸辺で見つけた。


 奇妙なとんがり帽子でなんだかわからない。近寄ってみたら、下の方に正月飾りみたい

なものがいろいろぶら下がっている。ひょっとしてもしかすると、これはどんど焼きではあ

るまいか、と思った。まさか、東京でもどんど焼きを行うとはユメ思っていなかったのだ。


 これは雪深い田舎の正月行事であって、しかもとっくに廃れたのだろうと思い込んでい

たので、一見なんだかわからなかったが、どんど焼きとくれば懐かしい。わが故郷では雪

一面の田んぼの中に、藁束を立てかけてやっぱり円錐形に作ってあった。



 学校の帰りにこれを見つけると、あのどんど焼きに火がつけられる夜になるのを待ちどう

しく思った。短い冬の日が早々と暮れるころ、餅やら団子やらをポケットいっぱいに詰込

んで寒さの中、どんど焼きの場所へ駆けつける。おお、いま火がつけられたばかりだ。


 めらめら燃え上がる火を眺める。なにやら悪ガキどもも寡黙になってただ火を見つめ

る。しばらく放心状態でいて、ガバッと正気に戻り、ポケットの餅を取り出し、棒に刺して

日に炙る。ところがどっこい、表面だけが煙に焦げて中は生ん坊、食えたものじゃない。



 大都会のど真ん中では、最早こんな行事は消え去っただろうけれど、大都会の端っこの

田舎にはまだ残っていたことが、とても嬉しい。15日の小正月の夕べには、やっぱりあの

遠い日と同じように、子供当たちが嬉々として集まって来るんだろうか、と思いを馳せる。


 人々の暮らしの中の伝統行事や慣習は、おおむね500年で入れ替えられる、という話

を聞いたことがある。鎌倉、室町、江戸、そこらあたりの伝統は今無くなりつつあるのかも

しれない。茶道、華道、、、さまざまな行事、みな消えてゆく運命にあるのだろうか⁉


 そういえば、お墓さえ今は危うい。




2026/01/08

寒造り香り豊かに越後より

 



 日本酒はおおむねこの寒い時期に作られるようだ。


 これを「寒造り」と言うらしく、この言葉は、いかにも深々(しんしん)とした蔵で熟成した、

という感じがする。「暑気造り」などと言う言葉(いかにもダラケきった酒ができそうだ)、は聞

いたことがないから、日本中の酒蔵では、この寒い時期に懸命に酒を造るのだろう。


 実際の酒造りの現場など目にする機会がないが、テレビなどで見る限り、なんだかやた

らに湯気がもうもうとし、米を蒸したり麹を振りかけたりしている。そのあと水と一緒に大

樽に入れ、しんしんと寒気が満ちる蔵の中でゆったりと熟成するらしい。



 と、こんな風に書けばいとも簡単なようだが、実際にはこの酒造りは杜氏という専門家

が担うもので、その一つ一つの工程に微妙極まりない心づかいが潜んでいるようである。

これは不立文字、マニュアルを作れば即ち日本酒ができる、というものではないらしい。


 おそらくこの辺りに日本酒の曰く言い難い秘密があり、外国では作るのが難しいのでは

ないかと思う。カリフォルニア米は日本のコメと遜色ない味だというが、カリフォルニア・ワ

インは旨いけれど、カリフォルニア・日本酒は聞いたことがない。



 あまり全国的でない銘柄、生産量が少なく地元だけで消費されている、つまり地酒、こ

れが滅法やたらに旨いと聞く。この正月に岩手の「朝開」という銘柄を、友達にもらったの

で呑んでみたが、その何かの花のような香り、さらりとした飲み口…言うことなしだった。


 決して呑み助ではなく、利き酒などもできないボンクラでも、これくらいの違いは分か

る。だから偶~に地方へなど行けば、決まって夜は居酒屋を訪れる。「地酒の辛口」などと

言えば、奥の方から静々と、まああまり聞いたことがない地酒が出てきて、大変うまい。


 今年の目標・・・酒は程ほど。




2026/01/07

七草は無けれど粥に柚子の皮

 

                             (AⅠさん作成)


 春の七草と言うけれど、おいそれとは見つからない。


 この七種類は、セリ(芹)、ナズナ(ぺんぺん草)、御形(ハハコグサ)、繁縷(はこべら=ハ

コベ)、ホトケノザ(タビラコ)、スズナ(蕪)、スズシロ(大根)、のこと、と書いてある。植物の

名をよく知らないので、こう聞いてもチンプンであり、野っぱらでも、たぶん素通りだ。


 それよりなにより、これらの草はもっと暖かくなってから咲きだすのだから、新暦のお正

月にある筈がない。だから、日本の伝統行事は旧暦でやらないと、なにがなんだかさっぱ

り分からん、ということになって、それゆえ感慨も湧かず、静かに消えてゆく運命にある。



 それはともかく、昔のやんごとなき人々は、ほんとうにこんな野っぱらの雑草を食ってい

たんだろうか。芹やカブ、大根なら納得できるが残りの野っぱら雑草は、アクとかエグ味な

どないのかなあ。どうも相当に無理無体に我慢して食していたように思えるのだが…


 さあ、京都の寒い冬が過ぎて、待ちに待った春になった、野っぱらには緑の若草がそこ

いらじゅうに芽生えてきた、冬の間緑っぽい菜っ葉など、ついぞ口にできなかった。そう

だ、あの若々しい緑を食おうじゃないか! ということで我慢して喰った、…と思う。



 「春の七草」とか「若菜摘む」とか言えば、なにやら温かい春の野に出て、のんびりユルユ

ルの気配だけれど、それはやんごとなき貴族様の生活だったのではないか? ドン百姓

(我が先祖も)だったら、んなことしていられない、早々に畑に出て耕さねばならない。


 それにしても、この方たちはなんの権利があって、一生を遊んで暮らせたのだろうか。や

ることと言えば、天子を巡っての権力争いのみ。あれだナ、やっぱ力だナ。力で平民を押

さえつけてノウノウとする。地球上、力が唯一モノを言うのは今も全く昔と同じだナア。




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