2026/02/02

沢水の流れて澄んで猫柳

 

                                 (AIによる)


 まだ雪が残る冷たい沢の岸辺に猫柳は咲く。


 咲くのかそれとも蕾が膨らむのか、指のような塊にふわふわした毛のようなものがつい

ている。これを見かけると春の先駆けだと自覚するが、なんと言ってもまだ冬の最中、うろ

うろと川岸など歩いていられるものじゃない。そそくさとどこか家の中に逃げ込む。


 種類が違うのか、それとも季節が移ってそうなるのか、この白い毛のような間からひゅっ

ひゅっと細い軸が伸びて、そして赤い芥子粒のようなものが先端に着く。この赤い芥子粒

がもしかして花なんだろうか? どうも一般的な花とはまるで違うようだ。



 このような猫柳の姿はガキの時分からよく目にしたが、この後この指のような物体がど

のようになるのか知らない。子供時分は他にも草や木がいっぱいで、猫柳だけにかかず

らわっている余裕などなく、この猫の尻尾状態のまま、すっかり忘れてしまっている。


 この点を深く追求する子供だったら、ひょっとして植物学者などになっていたかもしれな

いが、飽きっぽくて忘れっぽい性格は、単なる凡人をひとり生み出しただけに終わってし

まった。なんとも残念という気がするが、そうそう学者ばかりになっても困るだろう。



 草や木や虫の、名前も性質もなあ~~んにも知らないまま、ただ体だけ大きくなってし

まったが、しかし草深い田舎でいろんな自然に、皮膚感覚で接することができたのはよか

ったような気がする。今になってみるとそんな思い出ばかりが、ふわふわと浮かんでくる。


 その思い出には、なんだか知らんがほんわかした優しい感情が着いている。だから想い

出すと、とても気分がいい。青年期や成人期のように、面白くもなく、面白くもなくもない

七面倒くさいお思い出には、そんな感情は微塵もないからガキの頃の思い出がいい。




2026/02/01

気のせいか如月の空かすみかな

 



 2月に入るとなんだかほっとする。


 とくだん昨日と変わり映えはないけれど、なんとなく春が近くなったように思われる。しか

しながら油断は禁物、思わずスンゲェ寒い日が来て、愚かな幻想を完膚なきまでに打ち

砕いてしまうかも。まあ慌てずに、ゆったりしながら近づくのを待つがいいだろうと思う。


 河津桜が咲きだしている所もあるらしいが、まだお目にかかっていない。早咲きの桜の

類が咲きだせば、だれがなんと言っても春だ春だと浮かれたい。それから野っぱらに出か

けて、意味もなく宛もなく、ただふらふらと歩きたい。酷暑の夏までは短いのだから。



 どうしてこんなに春だ春だとたち騒ぐのか、自分でもよく分からない。かなりブックレテは

いるが、自前の脳みそで考えても解らないのだから、これはもうDNAのためだろうと思う

ことにした。春を恋焦がれる何かが、ゲノムのどこかに潜んでいるのだろうと思う。


 というのは、原始の時代、着るべき防寒具もほとんどなく、ストーブなどと言う文明もな

く、雪積り吹雪舞う中をご先祖様はひたすら歩き、そしてひたすら思ったに違いない、あ

あ、早く春になれ、直ぐになれ、と。長い年月そう思い続け、DNAに刻み込まれたのだ。



 それはともかく、読む本がなくなったので図書館に行ってきたが、晴れ渡った日差しはぽ

かぽかと温かい。予報では雪国の大雪もひとまず一段落するらしく、このままおとなしく冬

将軍撤退となってほしい。もうこっちを振り返らなくてよろしい、真っ直ぐ撤収したまえ。


 ひょっとして一気に暖かくなって冬が終わるのカナ? という妄想もしてみるが、世のな

かはそう思い通りにはいかない。これはなんでも思い通りに進んでしまうと、ホモサピエン

スは驕り高ぶり、けっして良い結果にならないので、誰かがそうしているらしい。


それは誰だろう⁉






2026/01/31

水仙や海の怒涛を気にかけず

 

                                                                                                                                         (AIによる)


 越前の海はまだ怒涛の寒さだろうが、水仙が咲いているという。


 この花は見たところ弱々しそうな感じだけれど、見かけによらず寒さに強いらしい。もし

かして今頃は海が大声で騒ぎ立て、雪がみっしり積もっているのだろうけれど、ひょっとす

ると雪の下で咲きそろったこの花が、一休みしているのかもしれない。


 北風がびょうぉ~~っと吹きつのって荒い波が打ち寄せ、雪が横なぐりで吹雪いて、し

かし水仙は案外平気な顔をしている(…のではないかナ)。そうして雪が降り止む隙を狙

いすまして、なにごともなかったかのよう顔で、辺り一面香しく薫るのだろうと思う。



 この花はこちらの地方でも、畑の畔や道っぱたでよく見かけるが、しげしげと見つめたこ

とはない(だから見ていて観ていないだよなあ)。しかし「何やら花の構造が複雑なんだ

ナ」、ということは認識している。真ん中の黄色いラッパのような部分が繊細だ。


 ここで「どたん場検索」を発動してみたら、どうも三段構えの花のようだ。一番外側の3

枚が外花被、次の3枚が内花被、そして真ん中のラッパ状を副花冠というのだそうだ。十

分複雑である。そして色が白と黄色(別種も)なので、なんだか見た目が優しげでもある。



 このように見た目がえらく繊細で華奢な花が、真冬のど真ん中、寒い地方でモノともせ

ずに咲いてしまう、ということがドエライことのように思える。まあ、なんの花でも、寒い地

方では、戦車の如くがっちりしていなければならん! ということでもないけれど…


 越前地方では、さあ、水仙が咲いたからには誰がなんと言おうと、春である! と言って

いるかもしれない。なにしろ今年はとんでもない大雪が降り過ぎた。もういい加減にして

もらわねばならない。いくら何でも、大雪だは、選挙は強行するは、もう黙っていないゾ。


 越前に恙なく春が来ますように…



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