2026/02/07

空家にも季節巡るや梅の花

 



 しばらくぶりで裏高尾を歩いた。


 裏高尾とは言うけれど、昔の甲州街道が通っていた里道だ。現在、甲府方面へ抜けるに

は、国道20号がすぐ山道になって大垂水の峠を越える。昔の甲州街道の方は、川の流れ

に沿った谷戸地形を上り詰めて、そこから細い山道となって小仏峠を越える。


 この里の長閑けさが気に入って、何べんもここを歩いたが、どういうわけかここ2,3年歩

いていない。久しぶりに歩いてみたら、風もなく穏やかな天気に恵まれた。以前に比べ、な

んとなく空き家が増えたように感じられた。しかし土地が狭いから当然かもしれない。



 庭の梅の花が見事な、一軒の小さな家に行ってみたが、いつの間にか空き家になってい

る。住んでいた人を見かけたことはなかったけれど、なんとなく小さなお婆さん独り、とい

う印象があった。今はもう誰もいない。庭の梅は律義に赤い花を咲かせている。


 "年々歳々人は変われど、花相似たり"の感が一層強く感じられる。こうして、この長閑

な里からも人が出てゆくのだろうと思う。しかし、途中で新築している家も見たから、すぐ

さまの限界集落でもなさそうだ。まるで人が居なくなって梅ばかりが薫っていてもナア。



 この里道には梅の木が多く、ところどころで紅白の梅が咲き始めていた。駒木野庭園

(昔の医者の家屋敷)では、池の端の紅梅が7分咲きで、温かい光に包まれて、母屋の縁

側のテーブルで、3,4歳の女の子が母親と向かい合って、抹茶を呑んでいる。


 谷戸道を登り詰めていくと、中央高速、中央線路、旧街道、浅川が小仏峠の一点を目指

して集まって来る。旧街道はだんだんと登り傾斜がきつくなり、そうしてバスの折り返し所

があって、最奥のお寺ががある。よれよれ歩いて3時間余、10㎞、裏高尾の早春。




2026/02/05

寒明けや終わりの雪にと願うかな

 



 青森の雪害のニュースが連日報道されている。


 まるで青森がすっぽりと雪に埋まったような、そういう印象を受ける。市内の街中も雪に

覆い尽くされているし、郊外のリンゴ畑も雪に埋まっている。ことに屋根の積雪で潰れた

家屋や車庫の下敷きなって亡くなった人が出たことは、無念極まりない思いがする。


 ここへきてもまだこの週末、再度の大雪だと予報が言っているが、もうたいがいにしてほ

しい。もう寒が明けたのだ、春になったのだ、この上大雪が降っている場合ではない、と神

様でも仏様でも、なんだったら鰯の頭だって構わないから、祈りたい気分だ。



 温暖地に住む者がひとりで騒いでみてもどうにもならないが、そういえば、この地方だっ

て大雪に見舞われたことがある。いつだったかはっきり覚えてはいないが、「どたん場検

索」してみると、どうやら2014年の2月のことだったらしい。


 朝起きてみたら、周り中が真っ白けでまずは驚いた。ふと駐車場の屋根をみたら、こん

もりと5,60cmの厚さに積もっていて、なんだかやっと立っている、という感じだ。背中に

冷たいものが流れて、そそくさと身支度をして表に出る。


 駐車場は片持ち屋根だから、こっち側に支えの柱が無い。とりあえず支えがない屋根の

上を突っつき、積もった雪を崩しながら少し落としたら、そこの部分がボン! と持ち上が

って、負荷が取れた感じがした。やれ、助かった、これがつぶれていたら車も潰れる。



 この時はあまりにも恐ろし気な大雪だった。とりあえずは車庫がなんとかなったので、安

心して今度は家の前の雪掻きをする。隣近所それぞれに出張って、みんな魂消たような

顔をして雪掻きをする。掻いた雪はどこへも持っていき場がないから、とりあえず家の前

の、車の行き交いにじゃまにならないような、道路の端に積み上げる。


 そのあと街中を少し歩いてみたら、道路や畑にはやはり5,60cmのの雪が積もってい

たように思う。街の幹線道路はもう車が行き交って、雪が車高の高さに削られ、その両脇

に30cmほどの深さの轍がくっきりと残さている。稀に見る大雪だなあ、と思った。


 


2026/02/04

燦々と日本の空に春立つ日

 



 日本列島は立春となったけれど、さりながら。


 雪国の雪の被害は想像以上であった。なにしろ雪の重みで家がつぶれた、などというこ

とは、おいそれと聞いた話ではない。潰れるまで、雪下ろしも除雪も何もできなかった、と

いうほど一気呵成に降って、そして降り続いて、対策が間に合わなかったらしい。


 ことにテレビニュースで見る青森は、とんでもないことになっているらしい。県庁所在地

の市であっても、除雪の手が入らない横丁の路地などは、何もかもが雪にうずもれ、人ひ

とり歩くだけのの隙間が辛うじて確保されているだけ、手の施しようもない状況だろう。



 というような事態もあり、手放しで「立春だァ」と喜んではいられないが、まあ、ひとまず

の区切りではある。しかし大いなる疑問もある。太陽の動きから冬至と春分の真ん中の点

を「立春」としたらしいが、よく考えてみれば、太陽の動きソク季節連動ではない筈だ。


 例えば、立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至、これは太陽の動きに従った

命名であるようだが、季節は地域によって異なる筈である。今まであまり疑問も抱かず、

これが季節を表すものだとばかり思っていたが、その地の季節と太陽の動きは一致する

ものではない、ということを、ここに至って、ようやく認識するにことができた。



 まあ、「今更なにを言うとんのか、このバッカもん! 」と言われても仕方がないが、長いあ

いだ中国発祥の「二十四節季」という、便利で簡単な早見表があったので、これを使い慣

れてきて、どうも季節がずれてるなあ、と思いながらも、まあ済ませてきた。


 日本も自前の「二十四節季」なるものを、どこかの誰かに作ってもらいたいが、今はどこ

にでもエアコンはあるし、暑さ寒さが都市空間では程よく管理されているのだから、季節

なんて概念は、お呼びでない、使わない、必要ない、ということかも知れない。


 そういえば「季節のない街」というのがあったなあ。




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