2026/02/10

山陰にみどり目を射す蕗の薹




 蕗の薹に異常な愛着を持っている。


 なんと言うこともない、どこにでも萌え出してくる、単なる草の芽なのだが、自分にはそ

のような、単なる草の芽であるとは、どうしても思うことができない。言ってみれば、これを

見たら春という抽象が、一気呵成にこの身に押し寄せてくるように感じる。


 雪積る山里で育った。野山を厚く覆っていた雪が、3月ともなればさすがに溶けてきて、

田畑の畔や山道の、懐かしき土がむき出しになる。そうすると、間に髪を入れず、鮮やか

な緑の葉っぱに包まれた、ころんとしたこの蕗の薹が、あっちにもこっちにも芽を出す。



 それは単に草の芽が出たのではない。閉じ込められていた長い冬の終わり、春になった

解放感、これから展開するであろう緑と花の季節への大いなる期待・・・そういった様々な

感情が蕗の薹を見た途端に、胸に湧き上がってきてはちきれそうになるのだった。


 こういう変てこりんな感情を抱くのは、ひょっとして自分ばかりなのかどうか知らないが、

ともかく嬉しくなって、やたらに興奮する。その勢いが余って、手を泥だらけにして、この蕗

の薹を毟り取り、嬉々として持ち帰って、そそくさと天婦羅にして頬ばるのだった。



 今でも野っぱらの畑の畔に、これが芽を出しているのを見れば、心臓が早くなりハカハ

カし出し、手を伸ばして摘み取りたい衝動にかられる。しかしそれは注意しなければなら

ない。もしかすると、その芽は畑の持主が大事に育てているのかもしれないのだ。


 もう一つ、摘み取りたい衝動を抑えるものがある。以前、野っぱらのもの、例えば蕗の

薹、野蒜、ツクシなどを摘んで、嬉々として帰ったのだが、敵は「こんな面倒なモノを! 

(怒)」と言って料ってくれなかった。以来、野っぱらのものを持ち帰ることはない。


 「やはり野に置け蕗の薹」なのだ。




2026/02/09

かまくらや散らつく雪にほの明かり

  

                                (AIによる)



 かまくらの横手に行ったことがあるが、雪の季節ではない。


 市内に入って最初に観光会館みたいな建物に行き、そこで巨大なかまくらの写真を見

た。雪がちらちらする中に、大きなかまくらが浮かび出て、出入り口からほのかな明かりが

漏れている、という幻想的な写真であった。その写真に強く引き付けられた。


 しかしこの時は雪なぞ一滴もない季節で、まあ早い話、そそくさと諦めたが、その後おり

につけ、横手と言えばかまくら、幻想と言えば横手のかまくら、が脳裏に浮かんできた。が

、例によって再び現地を訪れる機会もなく、一度見てみたいけれど、叶わぬこととなった。



 そうなってくると、このかまくらの風景は脳の薄暗がりの中で勝手に増殖し始め、まるで

夢の中で見る光景のように、幻想的な情景となった。かろうじて見える、雪明りに浮かぶ

かまくらに子ど達がこもり、訪れた大人たちに甘酒を饗応して、笑いさざめく。


 あるいは子供同士が寄り集まり、温かい炭火が燃えるかまくらの中で、トランプやカルタ

に興じる、絶えず笑い声が響き、食べ物もおいしい。外はしんしんと降る雪に包まれて、静

かで安全で、なんの心配もない…そんな情景が浮かんでくる。



 ところでこういう情景は、当の子供たちの記憶にどのように残っていくのだろうか。どう

見ても、イヤな記憶として残る、ということはないだろうと思う。もしかすると、温かくてとて

も幸せな、そういう感情を伴う記憶となって残るのだろうと思いたい。


 「そんなに見たけりゃ、行けばいいじゃないか」・・・これはもう、思うだに大変そうである。

何か月も前から、下手すると1年も前から、旅館、交通、入場料などを予約する必要があ

るだろう。今年のように雪に振り込められたら大ごとだ。だから、また断念するしかない。


 秋田はかまくらが過ぎれば早春になるのだろうか。




2026/02/08

立春の花枝包む今朝の雪

 



 雪が降って、そして積もった。


 その雪がいつの間にか牡丹雪となって、もっと積もるらしいと思っていたら、昼頃あっけ

なく止んでしまった。それはいいけれど、気温が低く一日中鬼のように寒かった。とても春

の淡雪などと洒落ていられない、寒いさむい、家の中の洗面所は5℃より上がらない。


 各地それぞれ大変な状況らしいけれど、当地は5㎝ぐらいの積雪になった。べらぼうに

気温が低く、日差しも皆無、屋根の雪も車庫も車も、木の枝も、雪が解けずにこびりつい

ている。一歩たりとも表に出ないで、家の中で縮こまっている、健康に良くない。



 驚いたことに、予報欄を見たら今日の最高気温が、なんとまあ0.5℃! これはもはや、

気温などと言える代物ではない、と思う。一日中冷蔵庫の中に入っているようなもので、

人を野菜か肉と間違えている。そして明日の朝は-8℃! ここは北海道かッ。


 寒い暑いはなるべく言わないようにしようと思っているけれど、コトこの状態では愚痴の

五つや六つ言わざるを得ない。サムイサムイサムイ、なんとかしてくれえ~。ヒトには順応

性というものがあって、いま生活している現地にすっかり馴染んでもう戻れないのだ。



 だから、例え生まれ育ちは寒冷地であっても、もう何十年も暖地でぬくぬく暮らしている

と、もはや寒冷地では生活できない、生きてけない。またあの寒すぎる土地に戻って、そし

て生活することを考えただけで、悪寒はするは心臓がはためくは、息苦しくなってくる。


 これはもう、その人が軟弱だとか、だらしないとかの問題ではなく、ホモサピエンスとし

ての「行った先の土地に馴染んで生きる」 という天命なのである。そうであればくれぐれ

も無理を強行してはいけない。今住んでいる土地で命を全うするしかないんである。




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