2026/02/09

かまくらや散らつく雪にほの明かり

  

                                (AIによる)



 かまくらの横手に行ったことがあるが、雪の季節ではない。


 市内に入って最初に観光会館みたいな建物に行き、そこで巨大なかまくらの写真を見

た。雪がちらちらする中に、大きなかまくらが浮かび出て、出入り口からほのかな明かりが

漏れている、という幻想的な写真であった。その写真に強く引き付けられた。


 しかしこの時は雪なぞ一滴もない季節で、まあ早い話、そそくさと諦めたが、その後おり

につけ、横手と言えばかまくら、幻想と言えば横手のかまくら、が脳裏に浮かんできた。が

、例によって再び現地を訪れる機会もなく、一度見てみたいけれど、叶わぬこととなった。



 そうなってくると、このかまくらの風景は脳の薄暗がりの中で勝手に増殖し始め、まるで

夢の中で見る光景のように、幻想的な情景となった。かろうじて見える、雪明りに浮かぶ

かまくらに子ど達がこもり、訪れた大人たちに甘酒を饗応して、笑いさざめく。


 あるいは子供同士が寄り集まり、温かい炭火が燃えるかまくらの中で、トランプやカルタ

に興じる、絶えず笑い声が響き、食べ物もおいしい。外はしんしんと降る雪に包まれて、静

かで安全で、なんの心配もない…そんな情景が浮かんでくる。



 ところでこういう情景は、当の子供たちの記憶にどのように残っていくのだろうか。どう

見ても、イヤな記憶として残る、ということはないだろうと思う。もしかすると、温かくてとて

も幸せな、そういう感情を伴う記憶となって残るのだろうと思いたい。


 「そんなに見たけりゃ、行けばいいじゃないか」・・・これはもう、思うだに大変そうである。

何か月も前から、下手すると1年も前から、旅館、交通、入場料などを予約する必要があ

るだろう。今年のように雪に振り込められたら大ごとだ。だから、また断念するしかない。


 秋田はかまくらが過ぎれば早春になるのだろうか。




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