2026/02/20

仏の座咲くも野道の冴え返る

 



 まだまだ寒いというのに仏の座が咲いている。


 散歩のとき脇を通った畑にわぁ~と咲きだしていて、まるで蓮華畑のようだ。この花は

華奢で繊細な形をしているが、うんと寒い時期に好んで咲き始める。だから先駆けともい

うべき花だが、温かくなるころには最盛期を過ぎて、そしてどこかに消えてしまう。


 似たような早春に咲く「犬ふぐり」がある。この二つの花を見れば、まだ寒の内だという

のに、春が近づいたなあ、と思う。今の時期はちょうど春が行きつ戻りつ、足踏み躊躇して

いる時期だろうけれど、そんなことにお構いなく、この二つの花はぐんぐん咲いている。



 日本のように四季の違いがわりあい明瞭な地域は、その都度楽しみが生まれる。なんの

花が咲いたの散ったの、葉っぱの緑が濃くなったの薄くなったの、その都度騒いだり、見

に出かけたりしていられる。これはもしかすると、素晴らしいことなのかもしれない。


 世界はもちろん、こんな地域ばかりではない筈だ。年がら年中、ほぼ夏ばっかり、あるい

は冬ばっかり、という地域だってあるだろうと思う。そういう地域では、春夏秋冬、ほぼ平

らで変化なく、冬の憂愁もなく、春の狂騒もなく季節の違いを騒ぎ立てようがない。



 世界はそれほど違っているのだろうが、まるで想像もできない。加えて海を渡った経験

もなく、その地域ちいきに住む人々が、どんな気持ちで毎日を送っているのだろうかも、

一滴たりとも窺い知れない。この世に生まれたけれど、それも知らずにかわいそうだ。


 それはともかく、比較的明瞭な四季(梅雨を入れて5季? )があって、それぞれの季節

が移り変わるごとに、花や草や木が替わりゆくのは、ひょっとして幸せなことなのかもしれ

ない。そこにちっとも気づかず、寒い暑いの文句のみ言ってると、罰が当たるかもナア・・・




2026/02/19

室内は早ばや咲いて君子蘭

 



 暖かい室内では君子蘭が早く咲く。


 幅広の葉っぱは、ふてぶてしいが花は意外に繊細な形をしている。小型の百合のような

形で、外側が目の覚めるように鮮やかな橙色、中の方が少し黄色がかっている。中から突

き出した蕊がはっきりしていて、それが繊細さを感じさせるようだ。


 ところがこの植物は、意外や丈夫一点張りらしい。手入れを怠り放っぽらかしにしてもな

かなかダメにはならない。そのうえ、やたらと増える。茎の脇から芽が出て、あれよ! と

いう間に大きくなってしまい、そうして何ごともなかったように花を咲かせる。



 たった一株がどしどし増えて、狭い室内に収まらなくなってきた。捨ててしまうのも忍び

ないから土の上に出してみた。冬の間は、寒冷紗で覆い根元をわらなどで保温する。よほ

どの朝の低温か又は大雪でも降らなければ、元気に越冬し彼岸のころ花を咲かせる。


 そんなことを数年続けてみたが、それも面倒になってきて土に植えたものはすべて処分

することとした。なにしろいつも元気いっぱいだし、やたら増えるし、面倒など見なくてもド

カドカ育つから、ついつい手抜きもし、面倒くさくもなって処分してしまった。



 それでも未練がましく一鉢、二鉢を残して、冬近くなると室内に取り込み、温かくなると

表にブン出している。この方式だと手間いらずの簡単で、毎年春と冬に表に出したり部屋

に入れたりするだけで済む。なにもかもが面倒くさく感じるお年頃、ちょうどいい。


 そうしたらどういうわけか、決まった時期に決まったように花が咲かなくなった。どうも、

あまりにも粗雑に扱ったから、ぷんすか怒っているらしい。であっても、扱いを丁寧にする

気はもうない。よもや花が咲かなければ、そんなものかと言って澄ましていることにした。


 それにしても君子蘭だなんて、偉そうな名前だなあ!




2026/02/18

雪解けや里すがすがし白川郷

 



 雪解けのころ白川郷を訪れた。


 この日は春らしい温かさで、雪がしんしんと降り積もる合掌造りのイメージがあまり湧か

なかったけれど、浅い春の空気はどこかピンと張りつめていた。集落の向こうの端の方か

ら、細い小道を歩くと、合掌造りの大屋根はどれもたくましく、堂々としている。


 家々の脇や田んぼにまだ雪の塊が残っていて、それだけ見るといかにも寒々しい感じ

だが、もう春の気温になっている。道端や畔にもわずかながら青みがさして、ともすれば

一斉にすごい力で芽吹くべく待機している。小高い丘に登って集落を見下ろした。



 周りを囲む山肌には、まだ深そうな雪が見えた。山は依然として冬だが、一足先がけて

里に春が来たのかもしれない。そういえば、里中には地元の人の姿は少ないが、それでも

家の前で二、三人が井戸端会議中で、その誰もが明るい表情を見せている。


 小高い丘から降りて。帰り道は別なルートを歩く。くしくも屋根の吹き替えをしている

家があった。片側はもう先に済んでいるらしく、別な片面に巨大な梯子を渡して、5,6人

の職人さんが手際よく作業している。案外に少人数だったので意外に思った。



 雪解けの白川郷にそれなりに感動したが、帰りの道々思った。観光地はそのもっとも見

ごたえのある時期に訪れなければならないのではないか。ここの白川郷であれば、やはり

冬真っただ中の、合掌屋根にしんしんと雪降り積もるを見るべきであり、雪解けなどと言

う半端な時期では、その地の魅力が十分わからないのではないだろうか。


 しかし、それはふと思い立ってできることではない。無慮1年も前から宿を予約し、電車

やバスも予約し、そうして大ごとのように出かけねば、その見ごたえある景色は見られな

いことになっている。それはもう、無精者にとっては思うだに大ごとであり、とても無理だ。


 観光地、遠くに有りて思うもの。




訪問記録