2026/02/27

削られて雪崩の跡や越の山

 



 早春の山上湖はいかにも寒々しい。


 よく見ると、どの山も荒々しく鉞で削ったような山肌が露出している。これはうず高く積

もった雪が、気温が緩んで一気に雪崩れる際に山肌を削ってしまうのだそうだ。どの山も

ほぼ垂直に削り取られて、痛々しくそして荒々しい姿をさらしている。


 佇んで見ていると、山肌の筋のような残雪が一層寒々しい。気温が低いのは勿論だけ

れど、鈍色の冷たそうな水と、削り取られた山肌と、そして遠くの山の残雪が、惻々とした

寂しさを湧き上がらせる。湖の果てはもう越後の山である。



 冬の天気予報を見ていると、新潟は連日連夜、雪マークがずらりずらりと並んでいる。

こんなに降ってどうするんだというほどだが、日本海に面した平野のあたりはあまり積も

らず、内陸部の六日町、十日町あたりがものすごいのだそうだ。


 たぶんそ、ういうもの凄い積雪地の山は、やっぱり雪崩に削られてしまうのだろうかと思

うが、新潟県の全部の山がこんな風になるわけではないようだ。新潟は雪も凄いが、梅雨

時の雨もまた、連日連夜だというイメージがある。まあ、水が豊かだということだろうか。



 新潟は大好きなところだ。「清」の笹飴じゃないけれど、笹団子が大好物だし、なにやら

海藻を練り込んだ蕎麦も旨い。あまり呑めないが越乃寒梅はじめ、旨い地酒がそろって

いるようだし、酒が旨ければ、その肴としての料理も天下一品に違いない。


 何度も彼の地を訪れたわけじゃないけれど、暮らしている人々がなんとなく落ち着いて

いて、どこかゆったりしているように感じる。特に新潟は、三面川に鮭が上ったり、国上山

で良寛が蹴鞠を突いたりのイメージがあり、のどかな風景を思い描くのかもしれない。


 また行きたいなあ。




2026/02/26

音立てて郡上流れる春の水

 



 郡上八幡の街中はいたるところ綺麗な水が流れる。


 なにしろ水が豊富な街であるらしい。地図を見ると有名な長良川に吉田川という川が合

流し、そこに郡上八幡の街が開けている。河川の合流点だからだろうか、街中に水路がめ

ぐらされ、どの水路も爽やかな水音を響かせて滔々と流れている。


 夏になると子供たちが川面をめがけて身をひるがえす学校橋は、吉田川にかかってい

る。覗いてみると青い水が小さな渦を巻きながら流れている。川べりにゴツゴツと岩が突

きだして、狭い水面めがけて身を踊らせるのは、いささか勇気がいるだろうと思う。



 吉田川の北側、長良川沿いに古い街並みが残っている。江戸時代の宿場町のように、

狭い通りにびっしりと軒を連ねて、小さなお土産屋さんなどが並んでいる。家と家の間に

隙間がなく、奈良井の宿を思い起こさせた。突き当りに堂々たるお寺が見えている。


 しかし街の中はどこも静かで、観光客の姿も見かけない。いまがまだ春の初めで、シー

ズンではないからなのかもしれないが、黒いトタン屋根の簡素な駅舎にも、その小さい駅

前広場にも人影がなく、春の長閑な光の中で、森閑と静まり返っている。



 その古い街並みがある東側にこんもりした森があり、四層白亜の天守が聳えている。つ

づら折れの道をを登ると、天守の正面に出て見上げる。狭い階段の脇に立って見おろす

と、城下の屋根が山の隙間に並んで、その中を長良川がうねるように流れている。


 郡上八幡の城主、青山氏の江戸屋敷があったあたりが、青山という地名となって現在に

残っているという。また、「郡上踊り」という盆踊りが有名だが、その切々たる哀調を帯び

た調べが、毎夜々々周りを囲んだ山影の、虚空に立ちのぼってゆくのだろうと思う。




2026/02/25

茅葺の大屋根出でて残る雪

 



 春ともなれば屋根の雪が消え、しかし野山に雪が残る。


 雪が消えたばかりの朝の空気はピンと張りつめて、きりきりと頬に痛い。山はまだ真っ白

な雪が覆っているし、平地もそこここに残雪の山が築かれている。目に映る景色はどれも

寒々しいが、けれど早春の気配もどこかにあって、気持ちはなんだか暖かい。


 雪が消えたばかりでどこにもまだ春の気配は感じられないが、しかし田んぼの畔のあた

りに微かに緑の色がさしている。雪の下で芽を伸ばし、今かいまかと待ち構えていた草の

喜びの姿なのかもしれない。人々も3人、5人残雪の庭に出てなにやらお喋りに夢中。



 雪解けにイの一番に姿を現す蕗の薹は、田んぼの畔にはまだ見えないけれど、どこか日

当たりのいい川辺には、もうあの輝くばかりの緑を乗せた頭を、出しているのかもしれな

い。あとで探してみようと思う。川面の水は雪解けを流して、少し笹濁りだろう。


 雪が解けた田んぼには、去年の刈入れの株が黒くにょっきりと頭をもたげ、傍の小川に

はきれいに澄んだ水がちょろちょろと流れる。向かいに見える巨大な茅葺はすっかり全身

を露わにして、雨戸を開け放たれた向こうの、白い障子が眩しいようだ。



 雪が解けたばかりの今、この里の景色を見て、花に埋め尽くされた光景を想像するのは

難しい。しかしもう間もなく、野は緑に覆われ、梅が咲き、桃が咲き、桜や木蓮、辛夷もみ

~んな同時に咲いて、日が煌めき、温かい風が通り抜けてゆくことだろうと思う。


 それは、長い間雪に閉じ込められる地方の、またとない喜びであるはずだし、あらゆる

命が蘇るような生気にあふれる喜びであるのだろう。そういう喜びは、ただその辺りに転

がっているわけではなく、ヒトが見つけ出し、掘起こして感じるものなのかもしれない。




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