2026/03/04

春雨のひと降りごとに温かさ

 



 当地方ではときおり南岸低気圧が通り抜ける。


 この低気圧は、おおむね冷たい雨や、場合によっては雪というものを持ってくる。その間

寒さに震えながら、身を縮めて低気圧が通り過ぎるのを待つ。これが通り過ぎると、なん

でか空がウソのように晴れて、下手すると気温が上昇する場合がある。


 身に感じるのは、「三寒四温」という言葉がぴったりくるように思う。2,3日寒さを我慢す

ると、その後にご褒美のように、温かい日がしばらく続く。現象としては、あたかも春の雨

が一雨ごとに春の気配を運んでくるようだ。そうして気付かないうちに春になっている。



 雨というのはおおむね面白くない現象だけれど、春雨に限り、場合によっては許しても

いいように思う。それは粉のように細かい雨脚で、ちっとも寒くなくて、かつ明るい雨の場

合は、面白くはないにしろ、許してやってもいい。降るのを許可する。


 あとの雨はほとんど許容できない。ことに五月雨。びしゃびしゃといつまでも降り続け

て、こころの中まで黴臭くなる。近頃はそれに加えて、梅雨の一気降り、という現象もあ

る。あろうことか、五月雨らしくもなく夏の雷雨のようにドカッと降るからたまらない。



 夏の夕立は、周りの気温を低下させる、そのことだけに意味がある。目もくらむような降

り方をしたあとは、案外さっぱりと矛を収め、なにごともなかったようにセミが再び騒ぎ出

す。このまま夕方に突入すれば、もしかして今夜は涼し気に寝ることができるかナ。


 しとしと降り続く秋雨もまた決して面白からず。だいたい降るんだか止むんだか一向に

はっきりしないところがもどかしい。冬の時雨とくればもう論外に厭わしい。冷たくて寒く

て、ヒトにとって、ちっともいいことはなさそうである。出来れば降るのを止してほしい。


 春夏秋冬、いい雨というのはないものだなあ。




2026/03/03

蔵座敷きょう華やいで雛飾り

 

                                (AIによる)

 ひな祭りの記憶はほとんどない。


 女の姉弟がいなかったわけではないが、どういうわけか雛飾りというのを見た記憶がな

い。端午の節句のほうは、鯉幟が勇壮な姿で青空を泳ぐのを、ある種畏敬の念をもって

眺めていたし、鯉幟の口から中に入ったりしてよく遊んだから、親しく思い出す。


 たぶん偏見だが、ひな祭りは言ってみれば「おままごと」ではないか。人形を人に見立て

て飾ったり、菱餅やあられを食べたり、ご座の上のおままごとのその優美な奴、のような気

がする。鯉のぼりの方は、第一に春真っ盛りの大空が舞台、巨大な鯉が悠々と泳ぐ。



  雛祭りはまた桃の節句ともいう、のだが日本中を見回してもドッコにも桃など咲いてい

ない。これでは不都合ではないかと、一月遅らせてお祝いするテもあるそうだ。まあ、四月

ころになれば桃も咲いている。ことに甲府盆地の桃の春霞は夢のように美しい。


 新暦、旧暦いろいろ齟齬を生じる。どだい永いながい間、旧暦で行われてきた様々な行

事、お祭りを、セ~ノで一気に新暦に移しても、旨く行かないのではないか。やはり伝統的

な行事やら習慣は、そのままゆるゆると旧暦で行うのがいいのではないかと思う。



 近ごろ、神社の石段やら、駅のコンコースやらにその地域の雛飾りをかき集めて、豪快

に飾り立てる、ということが流行っている。もうみんな、昔のような豪壮な家には住んでい

ない。狭い部屋に何段もの雛を飾ることは、もう無理なのだ、表に出すほかない。


 これは鯉幟も事情は同じ、家の周りに畑でもなければ、鯉のぼりなど上げようがない。

自ずから広場に出すしかない。雛も鯉も、表に出して大量に飾り、そして地域みんなでお

祝いする。どちらも子供の健やかな成長を願う行事だから、そうする方が似つかわしい。


 子供たちよ、これからも雛と鯉でお祀りするから、元気でね。




2026/03/02

曙の如月の空へ旅立ちぬ

 




 人が旅に出るは虫穴をいずるが如し、なんて言葉はない。


 でも何となく、両方とも春になるとソワソワしてくるのは共通しているらしい。人生の旅立

ちというのも、おおむね春に多いことと思うが、そういう大ごとでなく、まあ温かくなったか

らちょっくらその辺まで旅行へ行ってくっか、と言って出かける旅立ちのことである。


 今頃の季節に旅行すると、まだ雪がみっしりと残って冬真っ盛り! というところもあれ

ば、いやいやもう春でんねん、なんぼでも花を咲かせまっせ! というところもあって、特に

日本海側から太平洋側に抜けるようなコースだったら、日本は広い! と実感する。



 名所旧跡、風光明媚なところもいいかもしれないけれど、どうも直ぐに見厭きてしまう、

という傾向がある。どんなに美しい景色でも、10分も佇んでいれば十分な気がするし、い

かに有難いお寺や神社でも、ひととおり巡っていしまえば、もういいやとなってしまう。


 それよりも、歴史の痕跡が残っていたり、人々の生活が垣間見られる場所を、ゆるゆる

と、ぶらぶらと歩き回るのが、自分には好ましい。あまり有名ではないけれど、昔の宿場街

が残っているところのその建物や、伝統的保存建物などでいまだ生活している様子など

を、時間をかけてゆっくり見歩くことができれば、言うことなしだと思う。



 旅行先は、気を遣わずにのんびり旅行できれば、それこそどこでもいいのだけれども、

なんでか今までは、日本海側の印象が強く残っている。どうも太平洋側は、街はビルと工

場ばかりで、騒々しくなんだかガチャガチャとしている、というイメージが強い。


 それに比べ、日本海側は人口も少ないだろうし、街よりも山や里が圧倒的に周りの視界

を占めているように思われ、静かだし、落ち着いているし、風景が自己主張しないし、なん

だか人も皆どっしりと腰を落ち着けて生活しているように見える。そういう全体の感じが

(あくまでも感じだけれど)、自分には好ましいのだと思う。


 


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