国立科学博物館の企画展を見に行った。
古代人の人骨からDNAを抽出して解析すると、サピエンスがどこからこの日本列
島へやってきたのか、それはいつごろなのか、などということが明白に分かるのだ
そうだ。そればかりか、旧石器人、縄文人、弥生人などそれぞれのDNAの分析で、
どのような人々がこの列島に住んでいたのか、まで判明するそうだ。
それを可能にしたのは、爆発的な進展を遂げたDNA解析技術と、炭素14による年
代測定の信頼性がまた大いに進んだことによる、ということらしい。ここ20年ぐら
いでこれらの技術が発展し、それによって人類学、考古学なども思いもよらぬ地平
が開けてきたのだという。
まず旧石器時代人の人骨が、与那国島から大量に発見され、詳しくDNA分析をし
たところ、この人たちは台湾やフィリピンの人たちとDNAが近縁関係にあることが
分かった。年代測定では2万7千年前とされ、日本最古のヒトの骨格とされた。
この列島にヒトが来たのは、考古学の見地からは約4万年前とされる。この間に
も北方からもヒトが当然渡ってきたのだろうと思う。なにしろサピエンスはアフリ
カから出て以来、どんなに遠くても、どんなに寒くても、旅を中断しなかった人々
であった。
この旧石器人がそのまま縄文人となった、とばかり思っていたが、上記旧石器人
のDNAのうち、縄文人に受け継がれたのは60%ほどでしかないという。残りの
40%が違うとなると、よそから列島に入ってきた人々と交流した結果なのだろう。
誰もいなかった日本列島だから、海さえわたってしまえば暮らしやすい場所だっ
たのだろうか。そんな彼らが土器を作ったのが、今までの学説がひっくり返って、
なんと1万6千年前! 6千年も遡る。そのころからもう、ある程度の定住生活をし
ていたのだのだろう。
次の弥生時代の開始もまた、5、6百年溯って、2千9百年ほど前になるらしい。稲
を携えてやってきた彼らは、DNA解析の結果、「中国東北部、西遼河流域の雑穀農
民」がその源郷と考えられている。農耕文明が列島に入ったことで、とにかく大変
革が起こっただろう。
同じモンゴロイドで見た目は似ているが、ゲノムには相当の違いがある。縄文人
のゲノムが現代人に占める割合は、琉球=30%、本土=10~20%、アイヌ=70%
であり、残りはほぼ渡来系弥生人のゲノムが占めるらしい。私たちは渡来系の人々
と入れ替わってしまった。
サピエンスは次にどこへ旅立とうとしているのだろうか。
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