酔芙蓉の花は大輪である。
なおかつ艶やかな紅色に染まって、この世に君臨するが如き顔で咲いている。しかし実
は、たった一日で萎んでしまうのだそうだ。栄耀栄華を競おうとしても、一日だけじゃあど
うにもならないのじゃないか? それを思うとなんだか哀れでもある。
花の季節になると毎日々々、大量の白い花を咲かせる。朝のうち白かったのが、昼過ぎご
ろになると、ちびりちびり一杯きこしめして、夕方は艶麗なる酔顔と変わるらしい。まあ、
夕方酒を引っ掛けるのは、世の習い、世の常だから、これはやむを得ない。
どうもこの花を見ると、名だたる花魁を夢想してしまう。毎日夕方に目を欺くほどの濃艶
な女性に変わるのだが、その裏はたった一日だけのいのちである。美しい姿の裏に、哀しい
運命を背負っている。しかしその哀しみを表に出すことは、決してできない。
考えてみれば、人はさまざまな運命、今でいえば環境のもとに生れ落ちる。それは誰であ
っても選び取ることはできない。取り巻く環境は実にさまざま、生きやすい環境もあれば、
生きづらい環境もあるだろう、がしかし、その環境の中で生きてゆくしかない。
もし生きづらい環境に生まれたら、そこからなんとか脱出することを夢見るに違いない。
どうやってその環境から抜け出し、思うような環境に身を置くことが出来るのか、これもま
た、星の数ほどいろいろあって、これが正解だ、というようなものはないだろう。
そしてシンデレラの物語が生まれる。さまざまに悪戦苦闘して脱出してきた結果が、これ
が幸福というものだろうか。さまざまな環境を背負って生きて来たから、これが幸福、と万
人が思うものは、これまたないに違いない。シンデレラは果たして幸福なのかどうか?
幸福感はきわめて個人的、自分がよければそれでいい。
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