彼岸花はただひたすら真っ赤に咲く。
葉っぱもなく、いきなり茎が立って天辺に真っ赤かだけの、なにやらワチャワチャした花
を咲かせるが、よくよく見れば、造花の妙、エラク複雑な形を呈している。どれが花びら
で、どれが蕊なのか、トンと見当がつかないが、でもまあ、花は花だ。
この花は別名、曼殊沙華ともいう。なんのこっちゃ、と思ったので検索してみるとサンス
クリット語の manjusaka の音写だそうである。その大元は法華経というが、この花を地
方ではシビトバナともいうのは、その辺りからの、そんな関係なのかもしれない。
西武池袋線がいよいよ秩父山塊に入るという裾野に、「高麗」という駅があり、近くに巾
着田がある。これは高麗川がぐるりと円を描いて蛇行している奇怪な地形だが、その円
の中が田んぼだったのであり、ここにものすごい数の彼岸花が咲いている。
林の半日陰に、まるで真っ赤かっかの絨毯を広げたように、びっしりと隙間なく、彼岸花
が埋め尽くしていて、その季節になるとトウキョウあたりからもわらわら人が押し寄せる。
そしてその時だけ、入園料をぶったくるのである。まあ、秋の風は爽やかだし・・・。
「高麗」という名前からもひょっとして想像できるが、この辺りは昔の武蔵国高麗郡であ
った。奈良時代、半島から来た高句麗人が集められた、という歴史がある。それまでは、
高句麗の渡来人(難民)は付近に散在していたが、この地に集住させられたらしい。
この時の渡来人代表者、高麗王若光は、高麗神社に祀られ、その墓と言われるものが、
近くの聖天院に今も残っている。なにゆえこういう措置をしたのかトンと分からないけれ
ど、日本人はこのころから、ガイジンを利用すれども胡散くさがる、だったのかナ。
彼岸花は素知らぬ顔で風に揺れている。
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