運動会はどうしたわけか村人総出となる。
都会ではどうか知らないが、山里ではお婆が手製の海苔巻きと稲荷寿司を、重箱にぎ
っしり詰め込んで、いそいそと校庭の隅に陣取る。それを遠巻きにして、お父っつぁんもお
っ母さんも所在なげにボウっと佇み、若え衆が一生懸命準備に余念がない。
というような眺めが展開されたのだったが今はどうだろう。時移り、世が変わっても、海
苔巻きや稲荷がハンバーグやウインナーに変わった程度で、基本としてはほぼ同じ、とみ
てよさそうな気がする。山里では、運動会は子供だけではない村の重大な行事だ。
わが子が元気で駆け回る姿は、だれが何と言おうと、見て嬉しい。生まれて、生き永らえ
るんだろうかと、頼りなかった子が、いまやエネルギーにあふれ、じっとしていられないほ
どの活力で飛び回っている。やれやれ、これで素直に真っ直ぐに育っていってほしい。
そういう我が子の姿を、もう一度確認するのが運動会という機会。と同時に、子供たち
だけでは間が持たないから、お父っつぁんもおっ母さんも、腰に手を当てながらヨタヨタ、
よろよろ駆けっこや大玉ころがしに参加せねばならない。我が老いを再確認するのだ。
時は秋、秋は午前、晴ればれと天は高く、透き通った青空から吹く風は清々しくやさし
い。今日のこの日は、村の寄合もお祭りもめっきり減ってしまったいま、なにをどうしてい
いか手をこまねいているのだが、テレビなど眺めてぼんやりしてはいられない。
運動会という村の新しいお祭りを、全身全霊、身をもって祀り上げねばなるまい。鎮守
の神に代わって、我が子の成長をいや増して寿ぐ日であらねばならなるまい。それに加え
て、村人の年に一度の健康増進の日でもあってしかるべきではないか。
この分だと明日も晴だ。
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