2025/10/06

車窓埋め黄金の稲穂どこまでも

 



 この時期、車窓いっぱいに稲穂の黄金が波打っている。


 特に東北地方を列車で旅すれば、平野はむろん、盆地だってこの黄金の波が埋め尽く

している。西の方はよく知らないけれど、まあたぶん同じような案配ではないかと推測し

ている。ひょっとしてこれが本物の金属の金(ややこしい)だったら、と不埒を考える。


 本物の金でなくても、この波の輝きはことのほか美しい。なにしろ2千年この方、米を喰

らい、稲を慈しみ育てて今日に至っている国民なのだ。秋風に揺れる稲穂を見て、旨そう

だな、とは思わないまでも、ああ! これなら当分は飢死せずに済みそうだな、と思う。



 さて、もし我が愛する米が食えなくなったらどうする⁉ ・・・ここで視点を思い切って変

えてみる。目ん玉をグウ~ンと上空へ持ち上げ、丸い地球を上から見てみる。そうすると

米なんぞ喰っていない人々が、なんぼでも見えてくるであろう。


 小麦粉を食っている人が多いが、中には「主食はジャガ芋だったけん」という人もいる

し、「ウンニャ、やっぱりタロイモだっぺよ」、「イヤ、なんといってもトウモロコシでないかい」

という人も出てくる。そしてみんなピンピン元気、要するに何を食ってもいいのだ。



 狭苦しい列島のチマチマした慣習からスッと身をかわして、高い天のその上空から地球

を眺め直すことができれば、地球はまだまだ広々と広がっている。どこへ行ってナニを食

おうと、おいそれと死んじまうことはなさそうである。案心していいらしい。


 しかしながらこれは、言うは安し行うは難し、であって、やはりそれなりの、こころの「修

行」が必用なようである。毎日チマチマ、コセコセした思いに沈み込んだら、ちょっと待て、

と一声自分にかけて、天高くこころを持ち上げる修行である。


 出来るかなア。




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