案山子も近ごろ種類がいろいろだ。
まるで人そっくりにマネキンを使ったもの、昔ながらの権兵衛スタイル、ワシやタカの猛
禽を模したもの、巨人の目玉みたいなもの、それぞれ工夫細工を極めて賑やかである。こ
れでもって雀が寄り付かなくなれば、この大昔からの戦いは人間の勝利だが・・・
雀はいったい何にぶつ魂消るのだろう、人間の姿だろうか、それとも音だろうか、はたま
たピカリとする光だろうか。これをお百姓さんは、ああであろうか、こうであろうか、しんね
りむっつりと考えに考え抜き、どれ、一丁ためしてみるべえ、と工夫してきたらしい。
江戸の昔は「鳴子」などと言う素朴一点張りの道具が使われたようだが、同時に権兵衛
スタイルも併せていたかもしれない。記憶をたどれば、ガキの頃は大砲みたいなものの空
砲をぶっ放して、里中を揺るがしていた。雀どころかこっちまでビックラこいた。
その後は、きらきらと陽を反射するテープが登場した。これはいきなり驚かさないだけい
いし、反射光がなにやらきれいでもあった。続いて、使い古しのCDが光を反射した。いよ
いよ田んぼにもハイテクが浸透してきたのである。・・・いつの間にか全部消えたけれど。
こうざっと見てくると、大昔からの人と雀の化かしあい、騙されあいの連綿たる歴史のよ
うである。しかしながら、今もって決定打が生まれないという、苦しい歴史でもありそう
だ。月へロケットを飛ばすことができても、雀の子一匹さえ容易に騙せないのである。
人間の崇高なる英知をもってしても、生き物を思うように支配できない、ということは逆
から見れば生き物はみな、それぞれに利口だという事にならないか。生き物を皆わが支配
下に服せしめるのは、ひょっとするとできない相談ではないのか。人間よ、驕るなかれ!
雀の子遊べや案山子の傍に来て。
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