覚悟というのも大げさだけれど・・・
十二月に入ると「さあて、いよいよだな」という気持ちが湧いてくる。これもなにが「いよ
いよ」なのかさっぱりわからない。だいいち引退爺さんに「いよいよ」などという切羽詰まっ
たような事態がある筈もないが、ともかく気持ちの持ちようがそうなって来る。
世間様が忙しい時期なのだから、隠居爺いと言えども、なにごとかをこころに決めないと
顔向けできないような、そういう架空の気分が湧き出してしまうのかもしれない。世間の
方は「余計なお世話だ! 」と言うであろうが、とにかく世間に混ざっていたいのだ。
個人的には「冬至」が、いろんな意味で大きな区切りだと思っている。まずそれまでは、1
分1秒と陽が短くなって、あわや四時半ごろにはもう暗くなってしまい、もう夜ばっかりに
なってしまう。この季節の夜は、暗くて寒くて寂しくて、悪魔の時間帯である。
それが冬至を一期として、陽は1分1秒と伸び出し、お正月過ぎごろにはびっくりするほ
ど日没が遅くなっている。あな嬉しや、お日様の完全復活である。この時期、寒さは死ぬ
ほどだけれど、輝きを増す力強いお日様に、なにやら希望も湧いてくる。
だから心情としては「冬至までの我慢だ! 」が覚悟の中身である。陽ざしの復活に棹
差すように、びりびりと寒さが身を縛り付けてくるけれど、なあに、あとは惰性だ。寒さの顔
を見ないようにして、なるべく知らん顔を決め込んでいると、いつの間にか春が来る。
冬至以外にもいろいろと覚悟を決めておく必要があるかと思う。ビンボーだから借金取
りが押し寄せて来るだろう。世間ではクリスマスというような大行事もある。クリスチャン
ではないから、カンケイねー! のだが、世のなかの騒ぎに落ち着いてはいられない。
正月準備というものもかって確かあったようだが、我が家はいま何もしない。紙に印刷
された松飾を、ひょいっと玄関に吊るせば、ハイ! おわり。おせちなども作らなくなった。
ンなもん作っても、喜んで食う人がいない。年々歳々、行事は痩せ衰えてきたなあ。
さあ、冬至まであと20日。
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