なんのけじめもない日々を送っている。
今日と明日、ただ過ぎ去ってゆく一本の時間の流れのように思っている。だからそこに、
今日、明日のけじめはない。同様にして、去年今年もまた、自分にとってけじめがない、と
思っているのだけれど、さすがにすぐ前に「新年」というべきものが立ちはだかっている。
世の中にとって大きなけじめである新年を、まったくけじめのない気分でやり過ごすこと
は難しそうだ。いくらなんでも、年末も新年もなく、ただのっぺらぼうに時間を打っちゃる
わけにはいかないと思う。少しはけじめをつけた風に振舞わねばならないのではないか。
さて、そのけじめをつけるとは、どういうことなのか? おそらくこういうことではないか
と思っている。それはまず、今年あったあれこれを思い出し、反省すべきは反省し、よって
もって、それを来年の行動に生かすべく気持ちを新たにする・・・と言うような。
もしそういうことだとすれば、今年の我が行動は、ひょっとすると全部が反省になってしま
う。反省しなくともいいものは一つも残らない。これは困ったことだ、猿のようにすべてを
反省しなくちゃならない。それはあまりにも辛いから、もう反省するのは止めよう。
反省するのを止め、今年は振り返らずに、来る年を考える。キッパリ前だけをむくことに
する。とにかく来年も楽しいことだけしたいと思う。それには、まずは楽しく歩けるように、
もう少し足を鍛えたい。ちょっと歩かないでいると、我が脚はすぐサボルんだよなあ。
そうして元気になれば、旅行にも行きたい。大それた、海外なんてものでなくていい、国
内のそこいら辺をちょこまかと見て歩きたい。国内にだって感動するものは残っているだ
ろうと思う。例えば、古街道だとか、古い民家だとか・・・そういもので満足だ。
反省が多すぎて、いやになります。
返信削除振り返らないのがいいと、どこかで読んだばかりですが
どこで読んだか忘れました。
忘れましたが、それで行こうと思ってます。
いらがは、毒蛾です。さざんかやつばきによくいます。
毒蛾といっても、成虫は毒がなくなるそうで
幼虫のとげに刺されると、ちくっ…いや、ぴりっ?として
腫れてしばらく痛いです。
それが今年でてこなくてほっとしました。
確かに「あまり反省しない方が」こころが健全に保たれるようです。
返信削除で、振り返らない方針を打ち立てて、のんびりしています。
「いらが」は毒蛾だったのですか、以前ですが、なにかの木に近づいたら
チクリとしてあとで腫れたことがありました。
この虫には「いらいら」させられ、「いらが」な思いがしました。
これかな?