風の記録
一句一ブログ・・・ ボケ防止に下手な句と文章を書いています。
2025/12/31
永平寺雪に沁みとおる除夜の鐘
今年も、まあまあだった。
来年も、まあまあなら言うことなし。
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訪問記録
十月や野道の夢を追いかける
さあ十月、やっとこさ涼しくなった。 こうなると、野っぱら道を無暗に歩きたくなって、どこそこのどのあたりの道がよかったと か、あの道を何処までも行ったらどこへ行くんだべ、などと脳みその薄暗い片隅から、な けなしの朧な記憶が浮かんでくる。でも、どこか歩いたことがない道を歩きた...
ひとり待つ身にしむ風の無人駅
秋の夕暮れの無人駅。 ひとしお風が身に沁み入って、 惻々として背中のあたりがなにやら寒い。これが嫌だか らなるべく日のあるうちに駅に着きたいと思うが、場合によって陽が陰って、急速に薄闇 が木や森の間から沁みだしてくるころ、朽ちかけたホームにひとり佇むときがある。 いくら...
晴天の赤城を仰ぎ稲を刈る
秋の空が清々しく晴れて稲刈。 いくらコンバインで刈り取ってしまうとは言っても、やはり収穫の喜びはひとしおではな かろうかと御推察申し上げる。五月に苗を植え、無事に育てよと我が子のように思い、梅 雨時の大雨を心配し、夏の日照りにおろおろし、9月の台風を恐れ、やっと収穫。 やれ...
無人駅灯影さびしく秋の暮
秩父往還をぶらぶらと歩いてきた。 関東平野の西のどん詰まりから山塊の狭い谷に入ると、国道299が秩父に向かって曲 がりくねりしつつ通じている。その脇に細い道が切れ切れに残っていて、これは昔の秩父 往還ではないかと思いながら歩いた。その道筋にぽつりぽつりと山里が存在している...
ゆかしさや陽に照り映える式部の実
ムラサキシキブの実はきれいだと思う。 花もきれいらしいけれど、なにしろ小さい、それだからあまり目立たない。それゆえに、し げしげと見たことがない、が、10月ともなれば、きれいな紫色に染まった実が、オラオラ、と 葉っぱの表に顔を出し、大いなる自己主張を展開してくる。 この...
車窓埋め黄金の稲穂どこまでも
この時期、車窓いっぱいに稲穂の黄金が波打っている。 特に東北地方を列車で旅すれば、平野はむろん、盆地だってこの黄金の波が埋め尽く している。西の方はよく知らないけれど、まあたぶん同じような案配ではないかと推測し ている。ひょっとしてこれが本物の金属の金(ややこしい)だった...
銀杏散り拾って帰る母と娘(こ)と
散ったばかりのイチョウはまだ瑞々しい。 きらきらと陽を照り返して、その美しさにだれでもどうしても一二枚拾ってみたくなる。散 ってもイチョウはエライ! まして木に着いて黄金に染まったのが、わずかの風にそよいで 青空をバックに煌めくさまは例えようもない。ことに神宮外苑が見事だ...
離村するひと見送るや秋の風
限界集落なるものはどんどん増えているのだろうか。 実態をよく知らないが、たぶん増えているのではないかと思う。これに関しては30年ほ ど前の、「花のあとさき」というNHKドキュメンタリーが深く印象に残っている。秩父の山 間地にすむ老夫婦が、もう畑も出来なくなって、そこ...
柿熟すふるさと冬の近からむ
山里の柿の実が目に付くようになった。 しかし柿の実は至って地味で謙虚な果物だ。南の国の果物のように、派手っぱしさがど こにもないし、その味だって、甘いんだか酸っぱいんだか、どうもはっきりしない。さらにそ の上、鼻っ柱を誘惑するべき馨わしさなんてどこを探しても見つからない。...
山里の沸き立つ日あり運動会
運動会はどうしたわけか村人総出となる。 都会ではどうか知らないが、山里ではお婆が手製の海苔巻きと稲荷寿司を、重箱にぎ っしり詰め込んで、いそいそと校庭の隅に陣取る。それを遠巻きにして、お父っつぁんもお っ母さんも所在なげにボウっと佇み、若え衆が一生懸命準備に余念がない。 ...
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