冬の晴れた朝、富士が特別綺麗に見える。
周りの群峰を抜きんでた嶺は一際高く、雪嶺が朝日に輝いて神々しく見える。南側斜面
の雪はきらきらと陽を照り返し、北側はなにか強い風が吹き抜けているように感じられ
る。裾の方には雪はなく、うっすらと緑がかった山肌が見えている。
あそこは異次元の世界ではないかと思う。今眺めているこちらとは異なる世界、寒くて
冷たくて、強風が吹き、生き物がいない特別な世界、そんな世界を想像してしまう。出来る
なら、あっちの世界はただ眺めるだけにしたい。間違っても連れていかれては困る。
鬱陶しいビルが無ければ東京から富士は案外よく見える。昔はビルなどなかったから、
富士を眺める「富士塚」がごまんとあったらしい。今に残っているのも多いから、見かけれ
ばひょいひょいと登ってみるが、もちろん富士などビルの陰で見えはしないけれど。
富士塚から遠く遥かに富士を眺める、それは胸がすくような、清々しい気分だっただろ
う。江戸時代の人々も、現在の人々もその気分は同じものだろうと思う。そんな風に考え
ると、自分のすぐ脇か後ろに、ちょんまげの人が佇んでいても不思議はない。
年末始暇だったので『富士山噴火』(藤井敏継 岩波新書)という本を読んだ。まず、富
士山は休火山だと思っていたが、れっきとした活火山だそうだ。それから、富士山はある
とき大爆発して今の姿になったのだとばかり考えていたが、それがどうも違うらしい。
この本によれば、富士山の噴出物を詳しく調べたところ、なんとまあ5600年前の噴火
活動が明確になったという。この時から1707年の「宝永噴火」まで、ほぼ30年に1回の割
合で噴火していたという。こんなに長い期間、頻繁に噴火していたとは驚いた。
その噴火活動でよく分かっているのが、864年ごろの「貞観噴火」、この時は大量の溶
岩が流出し、おおむね今の形になったらしい。そしてもう一つは1707年の「宝永噴火」、こ
の時は16日間にわたる山腹の爆発的な噴火で、江戸の町に大量の灰を降らせた。
てなわけで、火山活動や、富士山について、何も知らなかった、と良ーく分かった。
東京から、富士山はよくみえていたらしいですね。
返信削除東京オリンピック前(昭和の)まではそうだったんでしょうか。
住んだこともないのに、そのころの東京はちょっと懐かしい気がして
不思議です。
オリンピック前の東京は知りませんが、その後に山から出てきました。
返信削除高速道路が空を飛び、電車があっちにもこっちにも、目が回るような気がしました。確かにオリンピック前は「三丁目の夕日」だったかもしれません。