2026/02/28

山茱萸の綻びそうに古関あと

 



 山茱萸の丸い蕾が今にも咲きだしそうだ。


 もうすぐ、硬そうな殻が破れて、中から目が覚めるような黄色の、小さな星屑が爆発して

飛び散ったような、不思議な花を咲かせるのだろうと思う。花はごく小さく、一つの塊とな

っているうえに、蕊やらなにやらが飛び出していて、とても老眼でははっきりしない。


 似たような花に、マンサクという、なにやら木こりの与作みたいな名前の花もある。こっち

硬い蕾が開くと、中からごく小さい紙テープのような花びらが出てくる。これが花びらだ

とすると、およそ花びらだという概念が、もろくも崩れそうなってしまう。



 木に咲く花というのを、梅、桃、桜を唯一思い浮かべる単細胞だから、山茱萸もマンサク

どんも、自分から見れば一様に奇天烈な花に見える。そしてこれらの花は、そうそうどこに

でも植えてあるものじゃなく、めったに目にしないから見ればよけいにぎょっとする。


 しかし、これらがどちらも早春の花であり、どちらも黄色であることがなにやら不思議

だ。春もまだ寒いころに咲く花は、おおむね黄色なのは何か理由があるのだろうか。例え

ば、菜の花、連翹、蝋梅、ミツマタ、トサミズキ・・・気のせいか黄色い花が多いようだ。



 というふうに、植物がなにか目的に向かって形や色を変える、と考えるのは恐らく間違

いなのだろう。ホントのところは、な~~んも考えちゃいない、み~~んな、たまたまの偶

然の結果なのではなかろうか。この世はもしかして偶然に満ちている⁇


 たまたま偶然に色や形が変わってみたら、それが生き延びるのに案外都合がよかった、

などであれば、その形や色が残っていくのだろうと思う。恐らくそういう偶然の積み重ね

で生物は今日の有様なのだろう。当てにならない偶然、たまたま。それでいいのだ。






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