湖を取り巻く山々を霧がすっぽりと隠してしまった。
だから湖が向こうまで果てしなく続いているように見えるけれど、実はそれほど
広くはない。その霧が山を包んだままなかなか動かない。夏の霧は根性が座ってい
るのかもしれない。いつまで待っていても仕方がないから帰る。
地上には霧が漂っていないから、これはひょっとして霧ではなく、湖を囲む山々
に発生した雲なのかもしれない。しかし雲だとしたら、上空に上がっていって歴然
とした、だれが見ても「くも! 」といえるような形になるなるはずだが・・・
雲、霧、靄・・・いろいろありそうだが、その区別は曖昧模糊、ど素人には区別
がつかない。遠い昔の人がこんな曖昧模糊をそれなりに区別して、そうして名前を
付けたのだろうと思う。古来、日本人は芸が細かい、と思う。
ど素人がせいぜいイメージするのは、「霧笛が俺を読んでいる」「霧の摩周湖」程
度でまことに素寒貧としている。情報が発達し過ぎて、古代人のようにいちいち立
ち止まって眺め、わずかな違いをもって名をつける、などという悠長はもうない。
天気予報は今でも非常に大事だが、これだってコンピューターが自動的にはじき
出してくれるらしい。それをメディアがわいわいと知らせてくれるので、もうそれ
をなに構わず信じて行動している。予報が外れたら文句を言えばいい。
昔の人はそんな便利なシステムがないから、各個人で天気を予報したのだろう。
空を見上げ、雲の動きを読み、わずかな風のそよぎを感じ取って予測し、あとはま
あ自己責任で行動しただろう。今はみんなあなた任せでいい。
自然に対してドンドン鈍感になっていないだろうか。