2025/08/14

ベランダにふと新涼の風の道

 



 九州に大雨が降って大変なことになった。 


 お邪魔の前線が素知らぬ顔でふと南下したため、大洪水が発生し、かと思えば翌日はまた

灼熱の高温になったらしい。家が泥だらけになった後、死ぬような暑さの中で泥を片付けな

ければならない。84歳のお婆さんが、一人じゃどうにもできん、と涙を流していた。


 そんなときに、こんな間抜けた句を書けばぶっ飛ばされるかもしれないが、正直なところ

近頃の朝晩、うだるような熱風が影を潜めて、なにやら涼し気な風が吹いている。扇風機を

止めてタオルケットをかけて寝ている。この地方に新涼が訪れようとしているらしい。




 6月中旬以来、苦しめられ虐められてきた灼熱地獄、もうほんとにいい加減にしてもらわね

ば困る。気候というのは、ちょうどいい加減のところでテを打つ、ということが分からんの

だろうか。西日本はこれからまたこの地獄が続くようなことを言っている。


 当地方はしかし、35℃を越える日もちらほらするが、概ねそれ以下のようだ。それでも昔

の暑さに比べれば驚くべき気温だが、一度40℃近くを体験すれば、涼しくなったと実感でき

る。わずか5℃前後の違いだが、されど5℃である。




 つくづくもう嫌になって、いちいち暑さに応答するのが飽きた。多少暑かろうが何だろう

が、知らん顔を決め込もうと思う。のだが、そこまで達観できないのが人間だからなあ、ま

たぞろ、アチチ、アチチと騒ぎ立てることだろう。困ったもんである。


 まあ、お天気のことだからどうにもならん、ではほんとにどうにもならない。洪水を起こ

す前に何ほどかの手を打たねばならないだろうし、日照りが続けばそれ相当の対応をしなけ

ればならない、と同時に暑さに打ちひしがれる前に、個人的に何か手を打ちたい。


 想定外はもう通用しない。




2025/08/13

大空を裂いていずこへ流れ星

 



 都会の空では流れ星を見るなどトンデモナイ。


 遠い日の俤ばかりが残っている。森に囲まれた暗闇に、すう―っと光ってはたちまち消

え、また一筋光ってはすぐ消える。頼りないような、儚いような、それでも光は明確に目に

映じ、一瞬だけピカリと光る。見ていれば次から次、光っては消え消えては光る。


 あの星たちはいったいどこへ行こうとしているのだろう。果てもない宇宙の虚空をさ迷って

いずこへという宛もないのかもしれない。いわば宇宙の根無し草、いずこへ行こうと風任せ

(宇宙の風はあるのか? )、あなた任せの風来坊。まあ一面では楽しそうだ。




 今ではよっぽど暗い場所に行かなければ、流れ星でさえ見ることが出来ない。街の明かり

が強すぎる。夜のしじまをふらふら出歩いても、夜中に何か買って食うとしても、なんでもで

きるように街中を煌々と照らして憚らない。夜は眠るもんだということさえ忘れた。

 

 狭い日本どこへ行ってもそんなだから、アフリカに行くか、極地へ行くか、どうにかこう

にかしなければ、星空なんて夢のまた夢、星に願いを、なんて懸けたくてもかけようがな

い。子供のころ、この闇夜があったことを今ではほんとにありがたいと思っている。




 遠い昔には存在し今では無くなった、あるいは極端に少なくなったものは、顔も見えない

闇夜もそうだけれど、その他にも数多い。星がごっちゃりの空、蛍飛ぶ小川、祭の搗きたて

餅、春の小川(今では溝になった)、源五郎、井守、田螺、赤とんぼ。


 代わりにやってきたのは、パソコン、ゲーム機、ポケモン、SNS、YouTube、スマ

ホ・・・でもこれらは馴染みが薄い。手にしてみても、しっくりと馴染まない。なんだか全

~~んぶ他人事のように思う。今どきこの態では? と思うが、いいんだもう!


 懐かしさを抱いてそろそろ参ろうか。




2025/08/12

街の音どこかに消えて盆休み

 



 街の騒音がふっと消えて奇妙に静かだ。


 もしかすると皆んなが帰省やら旅行やらで、街の中が空っぽになったのかもしれない。お

正月にもこんな奇妙な静寂にふと気づくことがある。故郷をたたんで、更に金もない身は、

どこへも行くあてとてない。奇妙に静まった街の中で、家に籠っている。


 民族大移動はおおむね年に3回、即ちお正月、ゴールデンウイーク、そしてお盆。大移動し

てどこへ行くのかと思えば、ほぼ田舎へ、それも久しぶりに田舎に住む爺ちゃん、婆ちゃん

に会いにゆく。(ゴールデンウイークは今どき海外かなあ? 




 パパとママと子供は都会に住んで、爺ちゃん婆ちゃんは遠い空の下に住んでいる。なぜ離

れて住むのかといえば、そこはそれ、いろいろ事情があって一言では言えない。離れて住ん

でいるが、やっぱり孫は可愛くて、たまの帰郷を首がちぎれるほど長くして待っている。


 都会で忙しい毎日を送っている両親と子供たちは、爺ちゃん婆ちゃんの家でほっと一息つ

くだろう。そして珍しい、日頃口にしたことがない田舎料理を食べて、ますますほっとするだ

ろう。この時パパママは、なんでくそ忙しい都会で生活してんだろう⁉ と一瞬思うのだけれ

ど、まあ今更しかたないよナ、と急いでその思いを振り払らったりする。




 お盆に大挙して帰省する、という習慣文化は日本だけだろうか。お盆といえばお坊さんが

きて読経などするから仏教と関係ありそうだが、タイなどはどうだろう。あまりお盆などと

いうことは聞かないような気がする。(なにしろ行ったことがないから解らない)


 ひょっとして仏教とお盆は関係ないかもしれない。もしかすると日本古来と言われる祖先

崇拝が仏教と手を組んで、それでお盆というご先祖を敬う行事が習慣化したのだろうか。そ

れでもまあお盆は、爺ちゃん婆ちゃんと孫たちの貴重な邂逅の機会、大切にしたいものだ。


 お盆が過ぎれば秋が待っている。




訪問記録