都会の空では流れ星を見るなどトンデモナイ。
遠い日の俤ばかりが残っている。森に囲まれた暗闇に、すう―っと光ってはたちまち消
え、また一筋光ってはすぐ消える。頼りないような、儚いような、それでも光は明確に目に
映じ、一瞬だけピカリと光る。見ていれば次から次、光っては消え消えては光る。
あの星たちはいったいどこへ行こうとしているのだろう。果てもない宇宙の虚空をさ迷って
いずこへという宛もないのかもしれない。いわば宇宙の根無し草、いずこへ行こうと風任せ
(宇宙の風はあるのか? )、あなた任せの風来坊。まあ一面では楽しそうだ。
今ではよっぽど暗い場所に行かなければ、流れ星でさえ見ることが出来ない。街の明かり
が強すぎる。夜のしじまをふらふら出歩いても、夜中に何か買って食うとしても、なんでもで
きるように街中を煌々と照らして憚らない。夜は眠るもんだということさえ忘れた。
狭い日本どこへ行ってもそんなだから、アフリカに行くか、極地へ行くか、どうにかこう
にかしなければ、星空なんて夢のまた夢、星に願いを、なんて懸けたくてもかけようがな
い。子供のころ、この闇夜があったことを今ではほんとにありがたいと思っている。
遠い昔には存在し今では無くなった、あるいは極端に少なくなったものは、顔も見えない
闇夜もそうだけれど、その他にも数多い。星がごっちゃりの空、蛍飛ぶ小川、祭の搗きたて
餅、春の小川(今では溝になった)、源五郎、井守、田螺、赤とんぼ。
代わりにやってきたのは、パソコン、ゲーム機、ポケモン、SNS、YouTube、スマ
ホ・・・でもこれらは馴染みが薄い。手にしてみても、しっくりと馴染まない。なんだか全
~~んぶ他人事のように思う。今どきこの態では? と思うが、いいんだもう!
懐かしさを抱いてそろそろ参ろうか。
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