2025/10/05

無人駅灯影さびしく秋の暮

 




 秩父往還をぶらぶらと歩いてきた。


 関東平野の西のどん詰まりから山塊の狭い谷に入ると、国道299が秩父に向かって曲

がりくねりしつつ通じている。その脇に細い道が切れ切れに残っていて、これは昔の秩父

往還ではないかと思いながら歩いた。その道筋にぽつりぽつりと山里が存在している。


 その山里の道に行く前に、下車駅の近くにある彼岸花群生地、巾着田に立ち寄ってちょ

うど盛りの、炎のように燃え立つ真っ赤かの花を見てきた。巾着田は高麗川が恐ろしい蛇

行をして巾着絞りのような形になり、その川っぷちが恐ろしいほど真っ赤かであった。



 それはともかく、山里を歩くのは無上に楽しい。他人は「あんな所をほっつき歩いてなあ

~にがいいんだか? 」と言うだろうが、自分でも何がいいのか分からんが、とにかくい

い。山を見ても、川の流れを見ても、野っぱらの花を見ても気持ちがいい。


 しかし、人影を見かけないなあ、巾着田には死ぬほど人がいたが、こっちには観光客は

むろん、里人の姿も影も見えない。たま~に、道っぱたに埋もれるようにして、婆ちゃんが

草むしりをしている程度で、こっちを見て「あれま、人だ! 」なんて驚かれる。



 空は青く高い。優しい陽が照っている。道っぱたに赤いコスモスがほんわりと揺れてい

る。萩が有るか無きかの風にゆらりとそよいでいる。紫式部の実がルビーのように煌めい

ている。澄んだ浅い流れに小魚群れている。それを一匹かました鷺がゲップをしている。


 高校生が帰ってゆく。ハイカーが駅への道を急ぐ。踏切の警報が鳴りやむと、里は森閑

と静まってゆく。昼下がりの陽が山の向こうに隠れて、畑がはや陰り始めた。その前の民

家も屋根だけに傾いた日が当たっている。・・・秋だなあ! 


 


  短い動画 (BGM・キャプション)



2025/10/03

山寺の棚にひっそりあけび揺れ

 





 今の子供たちは恐らくアケビを誰も知らない。


 遠い昔、山里の子供にとっては、これはもう紛れなき山のご馳走だった。実の中の白っ

ぽい種の部分が、ねっとりとした和菓子のようで、そしてかすかに甘いのだ。なにしろ甘い

木の実というのは、ほとんど無くて、山の中のガキンチョにとっては貴重であった。


 ただし、この白っぽい部分はそのほとんどが真っ黒な種であって、その周りに着いたほ

んの僅かな餡のようなものを啜り込んで、バフっと種を吐き出すと、口の中にあるかなき

か、なけなしの、幻のような甘さが残るんである。それが秋の山のご馳走なんである。



 こんなことをぐずぐず書き記していると、子供たちばかりか、今の大人だって一斉に声を

そろえて、「ええーッ、ウソ、ホントー?」と叫ばれてしまいそうだけれど、実はホントウのこ

となのだ。もっともこれはビンボー山猿であったが故なのかもしれけれど・・・


 そのころだって、むろん饅頭やお菓子はあったが、そんなものは祭りやなにかのハレの

ものであって、日常つねに腹を空かせているガキにとっては、そんなホンのときたまのもの

に期待をかけるわけにはいかないのだ。なんだってかんだって、あるものは口に入れる。



 長じてあるとき、山の寺に登ったら、境内の隅にあけび棚があって、たわわな実がぶら

ぶら揺れていた。たまたま近所のおばさんがいて、食ってもいいかと聞いたら、「なんぼで

も。誰も食べやしないから」ということで、あんぐりと食ってみた。


 そしてたちまち、上記の如き記憶が、ワラワラと脳みその薄暗い隅から立ち登ってきて、

一瞬にして遠い山里のガキンチョに戻ってしまった。しかし現実のアケビの味は、「トテモ、

食エタモンジャナイ! 」であった。故郷は遠きにありて思うもの・・・


 思えば遠くに来たもんだァ。




2025/10/01

十月や野道の夢を追いかける

 



 さあ十月、やっとこさ涼しくなった。


 こうなると、野っぱら道を無暗に歩きたくなって、どこそこのどのあたりの道がよかったと

か、あの道を何処までも行ったらどこへ行くんだべ、などと脳みその薄暗い片隅から、な

けなしの朧な記憶が浮かんでくる。でも、どこか歩いたことがない道を歩きたい。


 登り坂は親の仇、忌み嫌うこと蛇の如し。なにしろ坂道をほいほい歩ける体力がない、

根性もない、楽しくない。なんにもないから、やっぱり平らな道がいい。こうなるとなにやら

野っぱら道を探すのが大変である。道は無限に転がっているというのになあ。



 地図を見て野っぱら道を探す。まずは等高線を見て、山道だったら即座に脚下、ほぼほ

ぼ平ら、という道を探すが、それはおおむね平野にある。平野にはだいたい街がある。街

中は歩きたくない、うんざりする。こうなれば、おいそれと道は見つからない。


 どこだっていいじゃないか、行き当たりばったり、勝手気ままに行っちまえ! という手が

ないことはないが、それだと駅まで行って、はて、どっち方面の電車に乗ればよかっぺ

か⁇ と出鼻ッから躓き、スッ転んでしまう。それでは一日中駅の中で動けない。



 まあ、それはそれとして、また昔のように、どこか電車の線を一本選び、その沿線をぶら

ぶらしてみようかと思う。なにしろ線路は放射状に四通八達、一時間も乗れば都内のごち

ゃごちゃを抜け出て、空が高くなって、田舎道を歩けるはずだ。


 そこにはアッと驚く為五郎のような、花や紅葉の名所はもちろんないけれど、だれも歩い

ていない、清閑な、昔ながらの田んぼ道が、づう~っと先の方まで伸びているだろう。そこ

を、ぽつらぽつらと彷徨うように、あてどないように、歩ければそれでいい。


 我が帰し道もそんなもんだった。




訪問記録