2026/02/03

豆まきや隣の子の声大人びて

 



 隣の男の子もまたたく間に成長し、豆撒く声が漏れてくる。


 昔はそれぞれの家々で「フクワウチー、オニワソトー」と大声で叫んで、家のうち、そとナ

ニ構わずに豆をまき散らした。たいがいの家庭では主に男の子が豆まきをさせられたよう

である。これが嫌だった。虚空に向かって大声を出すのがナゼカ恥ずかしかったのだ。


 今はもう豆まきなど家庭ではしなくなったらしい。大豆などまき散らして、あとの掃除が

大変だし、あんなもの食ってみたってうまくもなんともない。それに代わるものかどうか知

らないけれど、ぶっとい海苔巻きをあぐあぐ喰うという風習が盛んなようである。



 どっちにしろ昔からの風習が残って、年中行事として行われてきたものらしい。豆まきな

どに至っては、平安時代の宮中行事が漏れ出して、延々庶民のあいだに受け継がれて来

たものだという。年中行事や風俗習慣というものは、恐ろしく長く続くものだなあ。


 何事も浮き沈みの多い今の世でも、有名どころの神社仏閣では、今でも盛大にタレント

など集めて豆をまくし、恵方巻を食わなければ節分じゃない、みたいにテレビが言うし、そ

うそう簡単には、こういう習俗は消えてしまわないらしい。凄いことだナア!



 それはそれとして、我が家ではもう年中行事を何もしなくなった。どうも齢をとるとなに

もかも面倒くせえ! となるようで、年々歳々行事が減ってしまい、今ではもう正月に飲

んだくれるぐらいが精一杯になってしまった。やんぬることかな、である。


 子供が小さい時分は、我が親にしてもらった懐かしの年中行事は、なるべくしてやろう、

などと思っていた。五月飾りを出したり、菖蒲湯を沸かしたり、月見団子は作らなかったけ

れど、柚子の湯をたてたり、小豆粥を食ったりした。それもあんがい真剣に。


 でもこうやって並べてみたら、ほぼ我らの爺さん婆さんからの引継ぎであった。




2026/02/02

沢水の流れて澄んで猫柳

 

                                 (AIによる)


 まだ雪が残る冷たい沢の岸辺に猫柳は咲く。


 咲くのかそれとも蕾が膨らむのか、指のような塊にふわふわした毛のようなものがつい

ている。これを見かけると春の先駆けだと自覚するが、なんと言ってもまだ冬の最中、うろ

うろと川岸など歩いていられるものじゃない。そそくさとどこか家の中に逃げ込む。


 種類が違うのか、それとも季節が移ってそうなるのか、この白い毛のような間からひゅっ

ひゅっと細い軸が伸びて、そして赤い芥子粒のようなものが先端に着く。この赤い芥子粒

がもしかして花なんだろうか? どうも一般的な花とはまるで違うようだ。



 このような猫柳の姿はガキの時分からよく目にしたが、この後この指のような物体がど

のようになるのか知らない。子供時分は他にも草や木がいっぱいで、猫柳だけにかかず

らわっている余裕などなく、この猫の尻尾状態のまま、すっかり忘れてしまっている。


 この点を深く追求する子供だったら、ひょっとして植物学者などになっていたかもしれな

いが、飽きっぽくて忘れっぽい性格は、単なる凡人をひとり生み出しただけに終わってし

まった。なんとも残念という気がするが、そうそう学者ばかりになっても困るだろう。



 草や木や虫の、名前も性質もなあ~~んにも知らないまま、ただ体だけ大きくなってし

まったが、しかし草深い田舎でいろんな自然に、皮膚感覚で接することができたのはよか

ったような気がする。今になってみるとそんな思い出ばかりが、ふわふわと浮かんでくる。


 その思い出には、なんだか知らんがほんわかした優しい感情が着いている。だから想い

出すと、とても気分がいい。青年期や成人期のように、面白くもなく、面白くもなくもない

七面倒くさいお思い出には、そんな感情は微塵もないからガキの頃の思い出がいい。




2026/02/01

気のせいか如月の空かすみかな

 



 2月に入るとなんだかほっとする。


 とくだん昨日と変わり映えはないけれど、なんとなく春が近くなったように思われる。しか

しながら油断は禁物、思わずスンゲェ寒い日が来て、愚かな幻想を完膚なきまでに打ち

砕いてしまうかも。まあ慌てずに、ゆったりしながら近づくのを待つがいいだろうと思う。


 河津桜が咲きだしている所もあるらしいが、まだお目にかかっていない。早咲きの桜の

類が咲きだせば、だれがなんと言っても春だ春だと浮かれたい。それから野っぱらに出か

けて、意味もなく宛もなく、ただふらふらと歩きたい。酷暑の夏までは短いのだから。



 どうしてこんなに春だ春だとたち騒ぐのか、自分でもよく分からない。かなりブックレテは

いるが、自前の脳みそで考えても解らないのだから、これはもうDNAのためだろうと思う

ことにした。春を恋焦がれる何かが、ゲノムのどこかに潜んでいるのだろうと思う。


 というのは、原始の時代、着るべき防寒具もほとんどなく、ストーブなどと言う文明もな

く、雪積り吹雪舞う中をご先祖様はひたすら歩き、そしてひたすら思ったに違いない、あ

あ、早く春になれ、直ぐになれ、と。長い年月そう思い続け、DNAに刻み込まれたのだ。



 それはともかく、読む本がなくなったので図書館に行ってきたが、晴れ渡った日差しはぽ

かぽかと温かい。予報では雪国の大雪もひとまず一段落するらしく、このままおとなしく冬

将軍撤退となってほしい。もうこっちを振り返らなくてよろしい、真っ直ぐ撤収したまえ。


 ひょっとして一気に暖かくなって冬が終わるのカナ? という妄想もしてみるが、世のな

かはそう思い通りにはいかない。これはなんでも思い通りに進んでしまうと、ホモサピエン

スは驕り高ぶり、けっして良い結果にならないので、誰かがそうしているらしい。


それは誰だろう⁉






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