2025/09/30

尾瀬夜明け燧を隠す霧深し

 



 尾瀬は大昔に行ったっきりだった。


 それからン十年、行きたしと思えど、人がワヤワヤごっちゃりを思えば、なかなかにハー

ドルは高く、もう半分諦めかけていた。のだけれど、年取ってふと「もう尾瀬は見れないの

か」と後ろ髪惹かれ「ならば、今ならなんとか・・・」と一大(?)決心をした。


 そうして、なるべく登り坂の少ないコースを選び、友人二人を騙くらかして誘い、なるべ

く人がごっちゃりでない秋、勇躍行くことに決めた。こッ早い朝、車をごろごろ転がして尾

瀬戸倉の駐車場に到着。なんだか知らないけれど、ここからバスが運んでくれるという。



 バスがぐんぐん登って(バスが昇るのは構わない)、車窓から紅葉を眺めて心躍り、労

せずして鳩待峠に着いてしまった。そこから階段道をどかんどかんと下ったら、そこはもう

れっきとした尾瀬ヶ原、楽ちんなもんだ、とやたら嬉しくなった。


 周りを見渡せばグループの中に、なんだ! 80代とも思える爺さん婆さんがいるではな

いか! いまどきの尾瀬はアンチエイジング、爺さん婆さん大歓迎らしいと知った。いやら

しい登りはバスでひょいっと、歩く道はどこまでも木道整備の親切さである。



 青い空の白い雲が池塘に映って、天下はどこまでも秋の爽やかさ。尾瀬ヶ原は平らだか

ら、特に不満なく歩く。見渡す先は赤茶色に輝く草紅葉、周りの山は紅葉真っ盛り、秋の

陽は寒からず暑からず、なんだかどこまでだって歩けそうである。


 そうして原っぱを終わり山道に入って、三条の滝の、ゴウゴウうなりを上げる水しぶきを

ぼんやり眺め、取って返して「見晴」の山小屋に入る。若いスタッフがきびきび働いて気分

がよかったが、それよりも、なんとまあ風呂に入れる。ギュウ詰めは仕方がないが。



 翌日早く目覚めて表に出てみると、目先も見えないほどの濃い霧、幻想的な眺めに誘わ

れてそこいらを散歩。白い霧の中でかすかに樹木が見え、遠くの山はてっぺんだけが朝

日に照らされて霧の上に浮かんでいる。忍び寄る冬の足音が聞こえそうな眺め。


 霧が晴れ山小屋を出て、きっちり真面目に整備された木道をトコトコ歩く。緩やかな上り

だけれど、木道はそれを感じさせない。道脇の紅葉が朝日にきらきらと輝いている。木道

が切れてごろた石の坂道をほんの少し登ったら、眼下に北方の森林風景が広がった。


 再び木道の整備された道となって、尾瀬沼の青い湖面を左に見ながらぐるっと半周、三

平下にぶつ座わって、宿の大きな握り飯を食いつつ、滑らかな湖面を眺め、目を上げて燧

の雄姿を仰ぐ。そこからちょこちょこっと登って、どかどか下り、大清水バス亭に着いた。


 遥かな尾瀬は遥かのままに。




2025/09/29

鮭のぼる三面川に星の夜



 

 三面川は新潟県村上市を流れている。


 村上市は越後の北のどん詰まり、山形県境に近い小さな城下町、市内の小高い丘をエ

ッチラオッチラ登っていくと、草むす城址がある。そこから眺め下ろせば、こじんまりした街

なみが広がっているが、高い建物はなく、低い家並みが連なっているばかり。


 一度訪問して、その静かで控えめな佇まいにすっかり魅せられた。市の北側に三面川が

流れそこに「イヨボヤ会館」という鮭の博物館がある。地下へ降りていくと、なんとまあ、三

面川の川波が、アクリル板の向こうに見えていて、季節になるとサケの遡上が見られる。



 街の中をぶらぶら散歩した。しもた屋が並ぶ角に「きっかわ」という店がある。入ると狭

い店先に鮭の製品がいろいろ並んでいたが、その奥の土間に一歩踏み込んで腰を抜か

すほど驚いた。巨大な鮭が無慮何百本というほどぶらさがっている。


 中には、鼻曲がりの巨大な口をクワっとあけ、もう光りを宿さない大きな目をまじまじ見

開いて、こっちを睨み据えている。そんな恨めしそうな顔を、ちょうどこっちの眼の高さにし

てずらずら並んでいる。一瞬タジタジとなってよろめき、恨むなよ、と呟いた。


 三面川に遡上してきた鮭を捕らえて、背から腹からたっぷりみっちり塩を擦り込んで、冬

の冷たい、しびれるような寒風に晒して、乾燥させるのだそうだ。それをさらに土間に逆さ

吊りしてカラカラにし、その切り身を酒びたしなどの製品に仕上げる、ということだった。



 せっかくここまで来たから、三面川に沿って走り登ってみた。すぐに山あいの道になっ

て、行き交う車は見当たらない。およそ20㎞も走ったところでダムに突き当たったが、そこ

に緑の芝生が美しい広場がある。奥三面の縄文遺跡公園だという。


 芝生の隅にストーンサークルのレプリカが、秋の柔らかな日差しの中に鎮まっている。博

物館のような建物に入って土器などを眺め、遠い昔、ここで生活していた人のことを思っ

たりして過ごした。太古のとき、美しく星が輝く三面川を、鮭がここまでのぼっただろうか。




2025/09/27

冷かに池のほとりに秋桜



 

 八高線の沿線を歩いているときにそれを見た。


 公園の一角に、冷たそうな水が溜池のように淀んでいて、岸辺になんとまあ、桜が咲い

ていた。よく見かける縮かんだような、なんだか哀れなような、十月桜ではなく、花びらが

大きくて八重になっているのもあり、更に赤いのもあった。


 今思うとこれは、うっかりと咲きだしてしまったサトザクラじゃあんめえか、と疑っていた。

しかし念のため検索してみたら、一般に「十月桜」と言われる品種だそうだ。うっかり、「十

月桜」とは染井吉野の狂い咲き、とばかり思っていたが、やはり調べてみるもんだなあ。



 これを見たのは、まだ9月だったように思う。陽ざしは穏やか、吹く風は爽やかで涼しく、

桜が咲いているけれど、どこか秋の冷かさが胸いっぱいに感じられ、春のムン! とする

暖気はどこにもない。なのに紛れもなく桜が咲いていて、妙な気がした。


 だいたい桜が秋に咲くというのは、怪しからぬことである。桜というものはやはり、人々

が待ちにまって、開花情報なども出て、今かいまかという状況において咲くべきである。そ

れが桜など思いもよらぬ秋に、ひょいっと咲かれた日にゃあ、困ってしまう。



 しかしここの公園はあっけらかんとなにもなくて、居心地がよかった。あまりにも作り過

ぎた公園は、ごちゃごちゃ目移りがして困る。歩いていて偶然に出くわした公園だが、木が

植えてありその下に小道が曲がりくねり、そうして端っこにこの池があった。


 池の端の日陰で随分長い時間ぼうお~っと過ごした。なにしろ気分がいい、離れ難い。

歩くときはどうしても事前にコースを決めてしまうが、本来なら何も決めずに行き当たりば

ったりが一番いい筈だ、がしかし、何分にも蚤の心臓、それができない。


 脚の向くまま、は実は難しい。




訪問記録