山茱萸の丸い蕾が今にも咲きだしそうだ。
もうすぐ、硬そうな殻が破れて、中から目が覚めるような黄色の、小さな星屑が爆発して
飛び散ったような、不思議な花を咲かせるのだろうと思う。花はごく小さく、一つの塊とな
っているうえに、蕊やらなにやらが飛び出していて、とても老眼でははっきりしない。
似たような花に、マンサクという、なにやら木こりの与作みたいな名前の花もある。こっち
は硬い蕾が開くと、中からごく小さい紙テープのような花びらが出てくる。これが花びらだ
とすると、およそ花びらだという概念が、もろくも崩れそうなってしまう。
木に咲く花というのを、梅、桃、桜を唯一思い浮かべる単細胞だから、山茱萸もマンサク
どんも、自分から見れば一様に奇天烈な花に見える。そしてこれらの花は、そうそうどこに
でも植えてあるものじゃなく、めったに目にしないから見ればよけいにぎょっとする。
しかし、これらがどちらも早春の花であり、どちらも黄色であることがなにやら不思議
だ。春もまだ寒いころに咲く花は、おおむね黄色なのは何か理由があるのだろうか。例え
ば、菜の花、連翹、蝋梅、ミツマタ、トサミズキ・・・気のせいか黄色い花が多いようだ。
というふうに、植物がなにか目的に向かって形や色を変える、と考えるのは恐らく間違
いなのだろう。ホントのところは、な~~んも考えちゃいない、み~~んな、たまたまの偶
然の結果なのではなかろうか。この世はもしかして偶然に満ちている⁇
たまたま偶然に色や形が変わってみたら、それが生き延びるのに案外都合がよかった、
などであれば、その形や色が残っていくのだろうと思う。恐らくそういう偶然の積み重ね
で生物は今日の有様なのだろう。当てにならない偶然、たまたま。それでいいのだ。