しばしば夕空を眺める。
ことに冬のそれはとてもきれいなので、ぼう~~っとベランダから眺めることが多い。し
かし夕焼けは冬に決まったものではないから、いつでも夕焼けが出来たら眺めたいと思う。
ただ空が夕焼けるという予測が難しい。どういう按排で空が染まるのだろうか?
夕焼け小焼けで日が暮れて山のお寺の、鐘は今鳴らないけれど、カラスは昔と同じにねぐ
らに帰るらしい。そういう無邪気な子供時代の郷愁がどこかに残っているからか、人は皆夕
焼けを眺める。眺めてしみじみと、何の苦労もなかった子供時代に思いを馳せる。
思えば子供の時は親の庇護のもと、何も考えずにひたすら遊んで暮らした。なんの苦しい
ことも悲しいこともなく、ただぼおうっとして暮らした。そのまま、ずるずるといつの間に
か大人になってしまい、そんなだから大人の時間はあまり面白くなかった気がする。
大人になって、面白いことも楽しいことも無かったし、今思えば山ほどの反省もあるけれ
ど、それもみな過ぎ去ってしまったこと、いまどれほど悔悟、反省しても、もう追っつかな
い、手の打ちようがない。反省はただ自分を苦しめるだけ、だから、これも打っちゃる。
そうしていろいろ打っちゃってしまえば、あとに何も残らない。ならばそのニッチを、ま
たぞろ子供時代のように楽しいことで埋めようと思う。大人時代のズルこきがたたって金は
無論ない。金はないけどなんとかなるさ、見ろよ青い空、白い雲、なのだ。
金がなくとも楽しいことを求めれば、やっぱり子供時代の過ごし方になる。子供は金を持
たない、持たないけれど最高に楽しかった。今こそそれを思い出さねばならない。野っぱら
を駆け回って(今は駆けまわれないけど)、花を見、空を眺め、夕焼けに感動する。
子供から大人へ、また子供に帰る。
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