「来しかた」など迂闊に思い出してはいけない。
そんなものを思い出して悔んでも、もうどうにもならんし、一文にもならん。ただ気分が落ち込むだ
けであって、なんの役にも立たない、だから、ひょいっと頭に浮かんだその思いは、早々に頭を振って
どこかに放っちゃり投げるに限る。そして固く封印して、もう頭に浮かばないようにする。
ではあるけれどさりながら、年寄りには「来しかた」しかないから、どうしても頭に浮かぶ思いは「来
しかた」になってしまう。未来というものがほぼないのだから仕方がない。そうなると、ミミズだって鳴
くかもしれないし、カメだって鳴くかもしれない。実に困ったもんだ。
これを防ぐテはないもだろうかと愚考する。来しかたがダメだから、「行く末」を考えるてみてはどう
か? ただし遠い「行く末」というのは無いのだから、ほんの間ぢかの行く末、まあ、一か月ないし三
か月ぐらいの近未来を考える。それならもしかすれば有るかもしれないではないか。
その短い未来に対して、何をするか考える。このとき、将来の自分の在り方、などというものを考え
てはいけない、そんなものは無いのだから、まあ遊ぶことを考える。なにをして遊ぼうか、どういうふ
うに遊ぼうか、これだけをゆるゆると考えて、「来しかた」の思いを頭から排除する、これがいい。
さて、向こう3か月間ほどの期間に何をして遊ぶか、これが問題だ。年寄りに未来はないかもしれな
いが、体力、というのもほとんど残っていない。遊ぶにはなにしろある程度体力必要だ。なのに、その
残存がほとんどない。となれば、登山、冒険、流離、海外(金もない)、などは出来なくなっている。
残された可能性を吟味してみれば、ほとんど何もないということになる。大いに困るではないか。そ
の隙間に何かないか? 思い浮かぶのはせいぜい野っぱら歩きぐらいのものだが、一つだけやって
てみたいことがある。SUP、これなら体力、金、なんとかなりそうな気がする。無理だろうか⁉
ミミズなんかに鳴かれたり笑われたりは御免だ。
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