2025/09/23

山里の空澄んできて秋彼岸



 


 季節とは正直なものである。


 暑さ寒さも彼岸まで、と言い古されてきたけれど、ほんとに涼しい爽やかな風が吹くよう

になり、朝などはちょっと寒いぐらいなので、短パン半袖を止め、早々と長袖、長ズボンで

散歩に出ることになった。さしもの酷暑もようやく諦める気になったかな?


 例年であれば、日中の気温はまだまだ残暑なのかもしれないが、今年はもう秋だなあ、

と肌が感じている。こうもぴたりと季節(感覚的気温)が変わるのであれば、いままで散々

夏の悪口を愚痴ってきたけれど、もうそれを止しにしないといけないかもしれない。



 なにはともあれ、これからは炎天に恐れをなさずに済む。今までは「年寄りは表を歩くん

じゃねえ、死ぬぞ、オラ! 」などと散々ぱら脅かされ、虐げられてきたが、これからは威風

堂々胸を張って表を歩けるのじゃないかと、大いに期待している。


 もしその気になれば、大手を振って、驚くほどデカい顔をして、野っぱらに出掛けること

ができるのだ。これはまずもって嬉しい。彼岸花で真っ赤に染まった土手の道、優しい陽

を受けて黄金色に輝き波打つ田んぼの連なりの中を、だれに遠慮もなく歩けるのだ。



 いっぽうで、少しづつ陽が短くなるのは寂しい。お昼が過ぎれば、お天道様はガックシと

首うなだれ、弱々しく西の空へ転がり落ちてゆく。それはもう、ウソのように極端であって、

午前中のあの輝き渡る溌剌さと元気とは、いったいどこへ行っちまうのだろう。


 木の葉がはらはらと舞い落ち、裸木の赤く色づいた柿の実が儚い西日を受け、山の端

が陰ってくると、そこはかとない寂しさに背中を乗っ取られて、あとどれだけ歩けるだろう

かと、たちまちチキンの心情になっちまうから情けない。陽よ短くなるな!


 巡り来て去る季節を、淡々と送れ。




2025/09/22

猛暑去り新河岸川に萩の雨

 



 先日、新河岸川の岸辺を団体で歩いた。


 新河岸川は江戸時代の物流の動脈だった。埼玉の川越と江戸浅草を結んで、江戸から

は日用品や古着、金肥、川越からは穀物やさつま芋、木材などを船に乗せて運んだと

いう。そういう古い川筋なので、近くには昔ながらの建物や富士塚などが残っている。


 まあそういうものを見たり、復元された「引又河岸」を眺めたりして、急に涼しくなった空

の下を楽しんできた。夕方になってときおり小雨がぱらついたりしたが、ほぼ曇りであっ

て、ああ! 秋がようやく来たなあ、と実感した一日だった。



 今印象に残っているのは、野火止用水が新河岸川を乗り越えるという仕掛の、ジオ

ラマと、復原模型である。道路の端にジオラマを納めたガラスケースがあり、その上に木

製の復元模型が置いてあった。川を乗り越える仕掛けは実に巧妙で感心した。


 その仕掛は、土手の上まで引いた野火止用水を下流の木製の背の高い枡まで流す、そ

して枡の中の水位が天井まで来ると、そこから更に下流へ流す、というふうに順次枡を使

って、枡の上端まで水を溜めれば、おおむね水位を維持したまま流せる、という仕掛だ。




 もう一つ印象に残っているものがある。それは「白子貝塚公園」の縄文海進の地図と貝

塚の剥ぎ取り展示。海進の地図は公園の隅の大きなタイルに描いてあった。この時海は

関東平野のずいぶん奥まで(茨城の古河辺まで)入江だったんだなあ、と知った。


 また、実は貝塚は発掘されたまま野外で野ざらしになっているものとばかり思っていた。

それがきちんと土まで付けて剥ぎ取り、無数の貝殻が層を成して堆積している状況を展

示している。わが想像力は極めて原始的でアホであったか、よくよく分かった。


 ともあれ、新河岸川に秋が忍び寄って萩が雨に濡れている。



 短い動画  (BGM、キャプション) 

www.youtube.com

 



2025/09/19

露草にふと振り返る散歩道




 ツユクサは鮮やかな青い色が人の目を引く。


 そしてよくよく見てみれば、なにやら複雑な花の造り、ちょっと感心してしまう。まずは青

い色の花びらみたいなのが二枚ある。普通花びらは5枚とか6枚とかのものだが、これに

はたった二枚しかない。変てこりんだなあと思う。


 さらに目を凝らせば、その花びらの下が奇妙に複雑なことになっている。黄色い短い蕊

のようなものが複数あり、その下に雌しべみたいなのがびょ~んと長く伸びている。これら

の変わった構造は素人にはよく分からないけれど、やっぱり変てこりんである。



 散歩道でこの花を見かけると、ついつい目が惹きつけられてしまう。やはり青色の鮮や

かさが、緑の草陰の中で目立つ。土手道の端っこなどに生えている。この散歩道を、ほぼ

決まった時間に決まったように歩いている。だから退屈かと言えばそうでもない。


 散歩道にはいろんな人がいて、走ったり歩いたり、自転車で通り抜けたり、さまざまだ

が、そのいろんな人を観察するのもまた楽しい。走っている人とすれ違う時は、敬意を表

して道を譲る。歩いている人には譲らない。こっちは右側を歩いているから大威張りだ。



 腰が曲がったお婆さんが、道っぱたの草を手折ってビニール袋に入れて歩いている。若

い女性が軽やかに、ほいさっさと追い越してい行くのを見ると、心底羨ましい。小さいおば

さんが、道にはみ出た葛のツルを、ひょいひょいと根元の方へ戻してゆくのを見た。


 なんで散歩などしているかと言えば、近ごろとみに筋肉が落ちてきて、余にもみすぼらし

く、かつまたちょっと歩いただけで足がくたびれるようになった、これではいかん、と何とか

筋肉を付けたくて、それでまあ、試みに歩いてみようと思ったのだ。付くかな、筋肉!


 寄る歳にせめても抗ってみる。




訪問記録