2025/07/31

みなみ空朝から湧くや雲の峰




 

 入道雲は夏のだいご味だ。


 成層圏をぶち破るような堂々たる入道雲を見たいと思う。が、いつでも見れそうでなかな

か出会わない。たぶん山の向こうの広い野っぱらか、海路遥かな波の上でなければ、そうお

いそれとは見られないのではないか。またそういう場所こそ入道雲が似つかわしい。


 夏はどうしても巨大な入道雲がいい。朝のうちからもくもくと湧き上がって、どんどん高

くなる。どこまで高くなるのか、と危ぶむほどに高くなって、山のうんと上からこっちを見お

ろし、どうだ参ったか、という。そういう雲をいつまでも見ていたい。



 しかし入道雲は遠く遥かに眺めやるのがいいようだ。これの近くに居たらたまらない、む

くむくの大塊が形を崩し、全天を覆い尽くして辺りは夕方のように真っ暗となる。いやらし

い風が吹き下ろして、田の面を渡り、すかさず、ドッシャアア~~と雨が落ちてくる。


 風と雨で傘など役に立たず、びしょ濡れを覚悟しなければならない。下手すれば雷様がド

ンガラガッタと騒ぎ立て、ビガーっと世界を崩すように光って、腹ワタがひっくり返るよう

な大音響が響き渡る。野外にぼう~~っと佇んでなどいれば大変怖い。



 入道雲はともかく、台風が近づいている。今、台風を待ち焦がれている。ただし来るなら

来るで条件がある。大風は要らない、雨だけでいい、その雨も本州をみっしりと潤すほど降

ってくれなければ困る。近づいている台風はそういう具合に調整してきてくれ。


 と、願うのだが、どうも関東付近をちょっとかすめて、足早に北太平洋に向かうらしい。

これを何とか進路変更をお願いできないかと思う。トランプにこっそり関税の値引きをお願

いしたように、台風お代官にこっそり進路変更をお願いに行ってほしい。頼むよ石破さん。


 入道雲が南に去っていくとなんだか寂しい。




2025/07/30

梅干しに負けぬ酒だとジンを出す

 



 梅干しの味はガツンと強烈である。


 このガツンに負けない酒は、やはりそれなりに強い酒がいいと思う。ビールではなんだか

頼りない。そこで考えてみたら、ジンがあった。強烈だけれど、冷えたジンはべたべたしな

いし、さわやかな味わいがある。夏の世の晩酌は、ジンと梅干、これでいいのではないか。


 決していける口ではないので、強い酒はすぐに酔っぱらってしまうけれど、冷たい水を適

度に飲みながらであれば、案外涼しい顔で楽しめるのではないかと思う。西洋古来のジン、

日本古来の梅干し、この取り合わせはどことなくクラッシックな雰囲気を醸し出す。



 数年前まで梅干しを毎年作っていたが、最近この強烈な味にタジタジとなってきた。ゆえ

に普段はほとんど食さなくなった。何でもかんでも軟弱になったのだろうけれど、梅干しの

塩分は、たぶん確実に血圧をあげるだろう。高血圧は親の仇でもある。


 同時に、晩酌をほとんでしなくなった。毎日飲むと、どうやら尿酸値が高まり、痛風の恐

れがあるようだ。ある時、一週間続けて酒をぶっくらい、発作が起きたことがる。それ以来

恐ろしくなって、呑まなくなった。酔って赤い顔でふうふういうのも、もうめんどくさい。



 それで、梅干しも食わず、酒も飲まず、品行方正である。品行方正にしていると、退屈のあ

まり発狂するかと思ったが、今のところその兆候は出ていない。テレビも見ないから夜は早

くから寝てしまう。それで睡眠時間が十分とれて、調子がいいみたいだ。


 元来、健康などに留意する性格ではないが、この程度のことで、もしも健康になれるなら

儲けものだ。「健康にいいこと」などに必死こくのは御免だが、梅干しと酒とテレビを我慢す

る程度でいいなら、健康大歓迎、是非とも健康になってみたい。


 空は暑いが頑張ろう。




2025/07/29

西日果て雲あかあかと染まるとき

 





 しばしば夕空を眺める。


 ことに冬のそれはとてもきれいなので、ぼう~~っとベランダから眺めることが多い。し

かし夕焼けは冬に決まったものではないから、いつでも夕焼けが出来たら眺めたいと思う。

ただ空が夕焼けるという予測が難しい。どういう按排で空が染まるのだろうか?


 夕焼け小焼けで日が暮れて山のお寺の、鐘は今鳴らないけれど、カラスは昔と同じにねぐ

らに帰るらしい。そういう無邪気な子供時代の郷愁がどこかに残っているからか、人は皆夕

焼けを眺める。眺めてしみじみと、何の苦労もなかった子供時代に思いを馳せる。



 思えば子供の時は親の庇護のもと、何も考えずにひたすら遊んで暮らした。なんの苦しい

ことも悲しいこともなく、ただぼおうっとして暮らした。そのまま、ずるずるといつの間に

か大人になってしまい、そんなだから大人の時間はあまり面白くなかった気がする。


 大人になって、面白いことも楽しいことも無かったし、今思えば山ほどの反省もあるけれ

ど、それもみな過ぎ去ってしまったこと、いまどれほど悔悟、反省しても、もう追っつかな

い、手の打ちようがない。反省はただ自分を苦しめるだけ、だから、これも打っちゃる。



 そうしていろいろ打っちゃってしまえば、あとに何も残らない。ならばそのニッチを、ま

たぞろ子供時代のように楽しいことで埋めようと思う。大人時代のズルこきがたたって金は

無論ない。金はないけどなんとかなるさ、見ろよ青い空、白い雲、なのだ。


 金がなくとも楽しいことを求めれば、やっぱり子供時代の過ごし方になる。子供は金を持

たない、持たないけれど最高に楽しかった。今こそそれを思い出さねばならない。野っぱら

を駆け回って(今は駆けまわれないけど)、花を見、空を眺め、夕焼けに感動する。

 

 子供から大人へ、また子供に帰る。




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