2025/06/21

沈下橋かっぱ童に夏の雲


 

 まだ6月、川の水は冷たいだろうに!


 河童たちはお構いなし、平気な顔をしている。こちらから見ていると、なにやら

魚もいっぱいいそうな川だが、潜って魚を突くというようなことはしないようだ。

ただひたすら飛び込んでは甲羅干し、を繰り返している。


 我らの時代では、それでは飽き足らずヤスを持ってハヤなどを突いて遊んだ。ど

ういうわけか、たかが川魚とは言え、捕まえる、あるいは突く、のが大変に面白か

った。特段魚を食いたいわけでもなかったが、遊びとして面白い。



 それはどうも、体の奥深くに眠っている狩猟本能が呼び覚まされるからだ、と思

うのだけれど、今どきの子供たちはそういうことがないのだろうか。それだけ今の

子たちは上品になった、ということだろうか。


 無暗に川で泳ぐのは危険だ、ということで学校にプールが整備されたと思うが、

われらの山の学校は、プールなどどこ吹く風の又三郎、そんなものはどこにもなか

った。ただ川が無尽蔵に流れているだけだ。



 むろん川でおぼれることは十分あり得る。川で泳ぐこの子たちも、先生に見つか

ればきっと怒られるのだろうと思う。海のようにライフセイバーがいるわけでもな

いから、危険であることは確かだ。


 だからと言って、川遊びは絶対しちゃあイカン!! というのも何だか可哀想な

気がする。我らの時代が原始時代だったのだ、と言われればそうかもしれないけれ

ど、その代わり自由だった、原始の自由かも知れないが・・・


 原始の自由が懐かしい。




2025/06/20

明日はまたどの田の水か根無し草


 


 植物は一か所に根を張るはずだ。


 が、しかし何ごとにも例外あり、根無し草というものがある。いや、これにも根

はある。2ミリほどの小さな根で、これでもって田んぼに根を下ろそうとは夢にも

考えていないらしい。だから水の流れ次第、流れ流れてどこへ行くか知れない。


 今頃の時期、田んぼにこの草がゴマンと漂っている。彼らはどこへ行ってどう生

きるのか全く計画性がないから、とにかく大繁殖し、数で何とかしようと思ってい

るに違いない。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、そのものだ。



 というように、彼らの計画性の無さを、せせら笑う資格はないように思われてき

た。暮夜、密かに考えるところ、遠い田舎から出て以来、まるで根無し草のように

東京近辺でふらふらと住んできた。安く住めるところならどこでもよかった。


 職業こそ、なんとか食えるだけの安給料にしがみついてきたものの、住むところ

は点々移り変わって、定住する気がまったくなかったように思う。だんだん年を取

って来て、やむなく原住地に居を定めはしたが、別にここである必要はなにもな

い。相変わらず安く住めるならどこだっていいのである。



 この計画性のなさ、意志の欠如について、言い訳にもならない言い訳を考え

る。・・・元来、サピエンスという生き物は、遠くアフリカを出て以来、休むこと

なく絶えることなく、移動に移動を重ねてきた。


 それはまるで根無し草のような浮動であり、行く先にあても目的も計画性もな

く、ただ闇雲に先へ先へと歩き続けた。これはもしかしてひょっとすると、サピエ

スに運命づけられた宿命ではないだろうか。どうもそんな気がする。


 我もまたサピエンスの端くれ、十分説明がつく。




2025/06/19

海青し段々畑は南かぜ


 


 南風、嬉しいような迷惑なような。


 太平洋高気圧がどうとかこうとかしてどっかりと居座ると、安定して南風が吹き

晴れの天気が続くようになるらしい。晴れるのは嬉しいが、これはもう昔のように

穏やかな晴じゃないから困る。30℃ぐらいでうろうろしてればまだしも、40℃とい

うのは恐ろしい。


 今からこの調子では、今年の夏はむやみやたらに長いのじゃないかと思われる。

40℃に迫る気温が毎日々々、怒涛のように続くのかと思えば、あらかじめ事前にう

んざりしておく。日本は、夏と冬の2期の季節になってしまったのだろうか。



 しかし子供にとって夏は輝きの季節だ。目にするものなにもかもが、きらきらと

煌めいているように見える。今どきの子はあまり表に出ないようだから、どんな夏

の姿を眼にしているのか知らないが、それでもやはり夏は嬉しいのじゃないだろう

か。


 テレビでは、夏真っ盛りの四万十川の、沈下橋から飛び込む子供らや、郡上八幡

の高い橋の上から、勇躍として川面に落下する子供たちの姿をしばしば映像にす

る。あの姿を見ていると、やっぱり彼らの夏は煌めいているのだろうナと思う。



 もしこのまま空梅雨の夏だとすると、今度はたちまち水不足が心配になる。山の

中の水甕が干上がって、飲み水さえ不足し、おろおろしなければならない。かとい

って梅雨が居座れば今度は大洪水、家が流され、崖が崩れ、やっていられない。


 日本の川は山から海、直結である。降れば降ったで大氾濫を起こすし、降らねば

水は海に直行してしまい、ゆったり平らかに流れるということを知らない。自然地

理的には恵まれた列島ではないような気がするが、でもまあ、緑はこれ以上なく豊

かである。


 何とか工夫して夏を豊かに過ごしたい。




2025/06/18

唐突に雲たち去って暑さかな


 


 さあ、いやらしい梅雨だ。

 と思っている矢先に、突然、梅雨前線が消えてしまった。とともに恐ろしいほど

の暑さが頭上から襲いかかってきた。どうしていいか分からず、ただおろおろする

ばかりである。こんなことがあっていいのだろうか!?


 もう夏になってしまったんだろうか。それとも梅雨はゆっくりとひと休みしてい

るんだろうか。ほくそ笑みながらちんたら休憩して、それからじわじわと再び攻め

てくるんだろうか。いやらしい奴だ。



 ここ何年かの、35℃を軽く突破する夏の暑さには閉口するが、気分としては梅

雨のぐずぐずよりはいいと思っている。ただ、熱中症を心配するあまり、表を歩け

ないのが困る。死ぬ気になれば歩ける。


 表を歩いたって、水分補給や休憩に注意すれば、NHKが騒ぎ立てるほどのことは

ないだろうと思うが、世間の人に「この暑さに、なんというバカだ!」 みたいに

見られるのは怖い。なにが怖いと言って世間ほど怖いものはない。



 しかし月日はドカドカと過ぎてゆくなあ! これが梅雨明けで夏の到来となる

と、おろおろと暑さに引き籠っているうちに、いつの間にか秋になってしまう。

 いったん秋になった日にゃあ、たちまち冬が来る。冬は寒いし表を歩いてもあま

り面白くない。必然的に引き籠りとなって、これじゃあ、一年中引き籠りだなあ。


 突き抜けた夏空は美しいけれど。


 


2025/06/17

匂きてあたりを探す栗の花


 


 栗の木はあたりの緑に溶け込んでいる。


 白い花を見て初めて、ああ栗だ、と気付く。今は大粒の、小石ほどもある実が多

いけれど、山の中に自生する栗は、ほんの親指の爪ほどの大きさだ。しかしこれが

案外旨い。天津甘栗を想い出せばそれが分かる。




 縄文人とどんぐり、というのはよく結び付けられるけれど、ドングリはそう簡単

には食うことが出来ないという。水に晒したり、あくを取ったり、なにやらかにや

ら、口にするまでエラク手間ひまがかかるらしい。


 そこへいくと、 栗はいとも簡単、そのまま生でも食えるし、日に干したらかな

りの長期保存もできる。ぐるっと見回してみて、これほど有用な木の実はないよう

に思う。だから三内丸山では栗を栽培したのだろう。




 栗の実はしかし、木の実としてみれば恐ろしいほど地味である。桃やブドウが華

麗なる変身を遂げたのに、栗は縄文太古の昔からほとんど変わっていない。ずう~

っと、地味一点張りで過ごしてきた。可哀そうである。


 ところが有用性という面から見れば、なかなか他の木の実にだって負けてはいな

い。まず、米とタックを組んで、栗ご飯、栗おこわ、これは今でも人気がある。お

菓子方面に目を向ければ、モンブラン、マロングラッセ、天津甘栗と、どっこい、

踏ん張っているのだ。


 栗をもう少し大事にしよう。




2025/06/16

次はどこサピエンスの旅果てもなく

 



 国立科学博物館の企画展を見に行った。

 

 古代人の人骨からDNAを抽出して解析すると、サピエンスがどこからこの日本列

島へやってきたのか、それはいつごろなのか、などということが明白に分かるのだ

そうだ。そればかりか、旧石器人、縄文人、弥生人などそれぞれのDNAの分析で、

どのような人々がこの列島に住んでいたのか、まで判明するそうだ。


 それを可能にしたのは、爆発的な進展を遂げたDNA解析技術と、炭素14による年

代測定の信頼性がまた大いに進んだことによる、ということらしい。ここ20年ぐら

いでこれらの技術が発展し、それによって人類学、考古学なども思いもよらぬ地平

が開けてきたのだという。




 まず旧石器時代人の人骨が、与那国島から大量に発見され、詳しくDNA分析をし

たところ、この人たちは台湾やフィリピンの人たちとDNAが近縁関係にあることが

分かった。年代測定では2万7千年前とされ、日本最古のヒトの骨格とされた。


 この列島にヒトが来たのは、考古学の見地からは約4万年前とされる。この間に

も北方からもヒトが当然渡ってきたのだろうと思う。なにしろサピエンスはアフリ

カから出て以来、どんなに遠くても、どんなに寒くても、旅を中断しなかった人々

であった。



 この旧石器人がそのまま縄文人となった、とばかり思っていたが、上記旧石器人

のDNAのうち、縄文人に受け継がれたのは60%ほどでしかないという。残りの

40%が違うとなると、よそから列島に入ってきた人々と交流した結果なのだろう。


 誰もいなかった日本列島だから、海さえわたってしまえば暮らしやすい場所だっ

たのだろうか。そんな彼らが土器を作ったのが、今までの学説がひっくり返って、

なんと1万6千年前! 6千年も遡る。そのころからもう、ある程度の定住生活をし

ていたのだのだろう。



 次の弥生時代の開始もまた、5、6百年溯って、2千9百年ほど前になるらしい。稲

を携えてやってきた彼らは、DNA解析の結果、「中国東北部、西遼河流域の雑穀農

民」がその源郷と考えられている。農耕文明が列島に入ったことで、とにかく大変

革が起こっただろう。


 同じモンゴロイドで見た目は似ているが、ゲノムには相当の違いがある。縄文人

のゲノムが現代人に占める割合は、琉球=30%、本土=10~20%、アイヌ=70%

であり、残りはほぼ渡来系弥生人のゲノムが占めるらしい。私たちは渡来系の人々

と入れ替わってしまった。


 サピエンスは次にどこへ旅立とうとしているのだろうか。

 




2025/06/13

田植え終え土手に眺める立葵


 

 一斉に田植えが終わった。

 自分が植えたわけではないが、見ていてなんだかほっとした。「やれやれ」と言

感じがする。米作りの一年の計は田植えにあり、これで最初の大仕事がひとまず

だ、と農家の人も一息つていることと思う。


 あとは水の管理だとか、田の草取りだとかいろいろ作業があるのだろうけれど、

まあ、日照さえ順調ならば秋には小金の穂が垂れる筈だ。太古の昔から、こんなふ

うにして米を作ってきたのだなあ、と今更ながら感慨深い。


 ところで、日本ではなぜ苗を植え返すのだろう。水を張った田んぼに籾を直播し

て育て、端からガンガン刈り取ってしまえばいいのに、と思う。その方がどれほど

効率的か、と素人は思うのだけれど、何か理由があるのだろうか。




新ブログお試し





 新しいブログは、書くのに戸惑うこと多々。

 公開される姿がどんな形のものか、なかなか頭に浮かんでこない。馴れてしま

えばどうということはないのだろうけれど、馴れるまでにいっぱいブログを書かな

ければならない。なかなかこれが大変だ。


 一つ一つ試してみないと、何がどう結果するのか、分からないので大変に時間が

かかる。まあ暇だと言えば暇だからそれでもいいのだけれど、めんどくさい。めん

どくさいのは、もうほとほと苦手となった。

 



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