2026/01/31

水仙や海の怒涛を気にかけず

 

                                                                                                                                         (AIによる)


 越前の海はまだ怒涛の寒さだろうが、水仙が咲いているという。


 この花は見たところ弱々しそうな感じだけれど、見かけによらず寒さに強いらしい。もし

かして今頃は海が大声で騒ぎ立て、雪がみっしり積もっているのだろうけれど、ひょっとす

ると雪の下で咲きそろったこの花が、一休みしているのかもしれない。


 北風がびょうぉ~~っと吹きつのって荒い波が打ち寄せ、雪が横なぐりで吹雪いて、し

かし水仙は案外平気な顔をしている(…のではないかナ)。そうして雪が降り止む隙を狙

いすまして、なにごともなかったかのよう顔で、辺り一面香しく薫るのだろうと思う。



 この花はこちらの地方でも、畑の畔や道っぱたでよく見かけるが、しげしげと見つめたこ

とはない(だから見ていて観ていないだよなあ)。しかし「何やら花の構造が複雑なんだ

ナ」、ということは認識している。真ん中の黄色いラッパのような部分が繊細だ。


 ここで「どたん場検索」を発動してみたら、どうも三段構えの花のようだ。一番外側の3

枚が外花被、次の3枚が内花被、そして真ん中のラッパ状を副花冠というのだそうだ。十

分複雑である。そして色が白と黄色(別種も)なので、なんだか見た目が優しげでもある。



 このように見た目がえらく繊細で華奢な花が、真冬のど真ん中、寒い地方でモノともせ

ずに咲いてしまう、ということがドエライことのように思える。まあ、なんの花でも、寒い地

方では、戦車の如くがっちりしていなければならん! ということでもないけれど…


 越前地方では、さあ、水仙が咲いたからには誰がなんと言おうと、春である! と言って

いるかもしれない。なにしろ今年はとんでもない大雪が降り過ぎた。もういい加減にして

もらわねばならない。いくら何でも、大雪だは、選挙は強行するは、もう黙っていないゾ。


 越前に恙なく春が来ますように…



2026/01/30

寒紅や差してきりりと前を向く

 

                               (AIによる)


 列島の約半分ほどは大雪だという。


 残りの半分もなにしろ寒い。寒さにへこたれてばかりいないで、キリッと真っ直ぐ前を向

いて日々を送りたいと思う、が、どうしてもへなへなと部屋に閉じこもってばかりで、そうし

て「歩き始めた みいちゃん」ではないが、「おんも」に出たいと待っているのだ。


 しかしテレビニュースを見るにつけ、雪国の大変さを想像する。とりもなおさず、なにしろ

雪掻きをせねばならない。雪掻きといっても、5cmや10cmのそれを掻くのではない、

20cmや30cmの、重たい、頑固な雪を掻かねばならない。思うだにぞッとする。



 雪を掻こうと表に出ても、こういう状況だとすぐに疲れて、まあ使い物にはならない。1m

ほど雪掻きして、それでへたってしまい部屋に逃げ込んで炬燵で丸くなる。基本の雪掻き

でさえこんなだから、雪下ろしだとか、雪かたし(片づける)だとか、ほんとにもう思いもよ

らない。家が傾いたって、凹んだって打つ手はないんである。ホントに!


 しかしそこに現に住む人々は、とにもかくにもそれを乗り超えて生きていかねばならない

のだから、大変なことだナアとしみじみ想像する。想像だけだから、まあ楽ちんだが、実際

その場に立ったら、どうしていいのか途方に暮れるばかりだろう、きっと・・・



 ともかく一刻も早くこの冬が去ってくれることを願うしかない。と言って、どこへお願いす

ればいいのか、気象庁にお願いするのはちょっと筋違いだろうし、政府や行政にお願いし

ても聞いてはくれないだろうし、どこにも持っていき場がないようだ。


 だとすればひたすら我慢するしかない。ただしその我慢も、背中を丸め、俯いて、暗い顔

で我慢するというのは、これは面白くない。傲然と顔を上げ、背を伸ばし、キリッと前を向

いて、なんでもないような顔をして、そうして我慢したいものだ。




2026/01/29

公園の節分草に寒の風

 



 ほんとうに直径2cmほどの小さくて可憐な花セツブンソウ。


 野生ではトンとお目にかかったことがないから公園へ行き、蝋梅が咲いているその根元

に、消え入りそうに咲いているご尊顔を拝することとなる。小さいし、弱々しいし、北風に

テもなく吹き飛ばされそうに咲いているから、極ごく貴重な花のように思う。


 植えられている狭い一角に人が集まり、ともかくも写真に撮る。おばさんがスマホを近

づける、爺さんがデカいレンズのカメラで割り込んでくる、目立たない小さなカメラを持っ

た人は押し出されて、うろうろと周りを歩く。そして花は間もなく消えて跡形もなくなる。



 野生ではカタクリのように群生するらしいが、まあ見たことがないなあ。よほど環境の好

みが厳しくて、そうめったなところには育たないのだろうか。特別に綺麗だとか華麗だとか

ではないが、まだほとんど花のない早春、厳しい寒さの中で咲くから貴重だ。


 ほとんど花を見ない時期がしばらく続き、寒風ばかりが吹く日々に寒紅梅やら蝋梅やら

が目覚めて花開き、合わせるようにこの節分草も咲きだし、野っぱらでは仏の座の朱が目

立ち、オオイヌノフグリの薄い藍色に眼が惹きつけられて、なんでも花が嬉しく思える。



 春たける頃これらの花を見れば「なんだ、まだ咲いてらあ! 」と、手のひら返しのそっけ

なさだが、このころになると花は次から次、一息つくいとまもなく咲いては散り咲いては散

りするのだから、手のひら返しもバン止む得終えない仕儀なのだ。


 ほんとは、花だとか、暑さ寒さだとかに気を向けることなく過ごせれば一番いいが、なに

しろ他にやることもなく、関心を向ける先はどうしても、花や緑や、寒い暑いになっちまう。

しかしそうして日々を送れるのは、ビンボーだけれど実は有難いことだ。




2026/01/28

早咲きの梅見る公園空澄める

 



 大寒が地面を這いまわっている。


 公園の花たちはどうなっているだろうと出かけてみた。あんのじょう草木はまだまだ冬の

装いで、早咲きの梅と蝋梅がちょっとだけ春を感じさせている。ときおり北風がひょう~~

っと吹いて、空は澄み渡って、雲はどこまでも白く輝き、青く突き抜けるようだ。


 秋に賑わうイチョウ並木のトンネルは、枯れそぼったような白っぽい枝が、余計に寒さを

感じさせた。その辺りだけ、どういうことか中学生がわらわら湧き出していて、どこかの学

校の全校生が動員されたらしい。今日は日曜日なのに何事であろう。



 子供の広場には小学生が元気に「ぽんぽんネット」や「ふわふわドーム」の上で飛び跳ね

ている。どうも子供たちには”寒さ”というものが存在しないらしい。よく見るとどちらの遊

具でも、女の子が圧倒的に多い。なんでかわからないが、男の子は影が薄い。


 この子たちが大人になった時、どこでも女子が目立ち、男子は陰に隠れているような、そ

んな世の中が実現するかもしれないナ、とふと思った。それは恐らく、日本のような国では

よろしきことではないだろうかと思う。男尊女卑の伝統が強すぎるもんナア。



 雑木林の中を歩く。すっかり葉を落とした枝が青空に突き刺さっている。見た目は陽だ

まりのような陽ざしだが、やっぱり北風がひょう~~っと吹いてくる。以前ここでカタクリの

花を見たが、いくらなんでもまだそれは咲かないだろう。枯葉が積もっている。


 この日見た花は、早咲きの梅、蝋梅、雪割草の花、水仙、山茶花、そして黄色い菜花。ま

だまだ景色は冬そのもの、暦もまだ寒中なんだから、そう急がなくていいのだが、春の兆

しみたいなものは見付けられなかった。マ、冬は冬の景色を楽しめばいいだけだが・・・




2026/01/27

炎して世の闇照らせお山焼き

 

                                                                                                                              (AIさん作成)


 寒中の闇夜を焦がす、若草山の炎を一度見てみたい。


 大きなお山が一つ燃え上がるのだから、さぞかし見ごたえ十分、ひょっとすると神の存在

まで感じ取ることができるかもしれない。燃え上がる炎を眺める、ということはもしかする

と、そういう超人的な存在を感じ取ることなのかもしれない、とふと思う。


 そういえば、キャンプの人は焚火の炎を眺めていると、なぜかこころが落ち着くと言う

 、盛大な焚火を見ればなんでか近寄っていきたくなる。またいろんな汚れを火で浄め

る、なんてこともあるし、どんど焼きはともあれデッカイ焚火だともいえる。



 このところ空気が乾燥して山火事が頻発、鎮火に苦慮している。山焼きなどを嬉しがっ

たら、不謹慎デアル、と後ろ指さされそうだけれど、人間が火に対して一種憧れのような

感情を持つのはどうしてだろう。原始時代から火は大切なものだったからだろうか。


 火に対する名状しがたい感情と同じような気持ちを、水に対しても持つようである。水を

見かければまずは近寄ってじっくり眺める。そしてちょっとすぐにはその場を離れ難い。こ

れは焚き火を見たときと、全く同じこころの動きだと思う。なぜそうなるのか、不思議だ。



 「火事と喧嘩は江戸の花」などと言ったらしいが、同じ炎でも火事はどうも見物する気に

ならない。その現場には「不幸」が山ほどあるような気がするし、また人の不幸を、のうの

うと見物するというのは、それこそ不謹慎であり、許しがたいことである。


 近ごろキャンプ流行りでかどうか知らないが、地面で盛大な焚火をするのは禁止らし

い。椎名誠の「いやはや隊」がやっていたような、ドデカイ焚火はもう夢物語になったよう

だ。なにしろブームというのは、いろいろ禁止さるのではた迷惑だと思う。


 奈良の山焼きぐらい盛大な焚火はどこにもない!




2026/01/26

きりきりと寒さ沁入る目覚ごろ

 



 朝目覚めるころの寒さが身に沁みる。


 南東の空が白らじら明けて、屋根の向こうから赤い色の朝日が、矢のような光線を放っ

ている。ぬくぬくの布団からはみだしている頬に、刺すような寒気が襲ってくる。寒いから

布団から出たくはないが、さりとてもう眠れそうもないから、ぐずぐずと時間が過ぎる。


 布団にくるまったまま、頭に様々な思いが「うたかた」のように浮んでは消え、消えては浮

んでくる。たいていはどう仕様もないほどつまらない思いが、ぽこぽこ出てきたり引っ込ん

だりするだけで、それは鬱陶しくてしかたがない。なにも浮かんでほしくないのだが・・・



 しかしながら、いつでも決まって浮かんでくるものがある。”どうして一日の気温は夜明

けのときが一番低いのだろう? ”という疑問。これがずっと解けない疑問として残ったま

まであり、それゆえ時に応じて脳みそにぽくぽく浮かんでくるらしい。


 だって、一年のうちで一番寒いのは1月下旬から2月ごろ、と認識している。とするなら

ば、一日の最低気温は季節と同様、1時~2時ころであっていい筈、それが4時間もずれ

にズレて明方になるというのは、どうしても納得がいかない。大いに困っている。



 ところがどっこい、ここで得意の「どたん場検索」を発動してみたら、大正解‼ ともいえ

るような記事を見つけた。どうして今までこういう記事に出会わなかったのだろうか? と

思ったが、放射冷却現象というものを思い起こせば、一発でたどり着けたかもしれない。

  https://weathernews.jp/s/topics/201810/180065/


 さすがにお天気の専門家、どこからどう眺め尽くしても、一言のケチのつけようがない。

こういう満点の記事にたどり着けなかったのは、ひょっとすると、事の真相は我の外にある

のではなく、我自身の内部にあるのではないか⁉ ・・・つまり呆けている!




2026/01/24

厳寒や一途に流るる川面かな

 



 さすがに大寒だけあって底を這う寒さが続く。


 予報では日の最高気温が8℃とか9℃とかの日が当面続くらしい。冬ごもりの身にはこ

れといった影響はないが、雪国では大雪が降って列車も止まっているらしい。昔と違って

会社勤めの人が多いだろうから、頼みの鉄道が止まっては、これは大変なことだ。


 『暖冬でもドカ雪』状態であるらしく、積もるとなった日にゃあ一晩で何十cmにもなるそ

うだから、車なんぞ軽く埋まってしまい、まずは掘り起こして探し出すのがおおごとだろ

う。こういうことを考えると、暖地に比べ雪国の暮らしは大きなコストがかかる。



 川の流れはどこでもいつでも変わりがないように見えるが、冬の川面はなぜか黒っぽく

見える。黒い流れが黙々と押し黙って、一途に流れ下っているように感じられる。立ち止

まったり遊んだりしないで、もうひたすらに流れることだけのように見える。

 

 なにしろこの時期、川辺に遊びに来る人などいないから、春の流れのように岸辺にたゆ

ったり、夏の川のように浅瀬で遊んだり、そういう余計なことは一切しない。ここは一途と

思い決めたように、黙りこくってわき目もふらずに流れてゆく。



 我々もまた、岸辺に積もった根雪がゆるみ、あの山の雪が消えかかるころまで、とにもか

くにも我慢する。ちゃらちゃらとあっちを向いたりこっちに振り向いたりしないで、川の流

れのように、ひたすら黙って一途に時が過ぎ去るのをじっと待つことにしようと思う。


 それも、時というのは何時でも誰にでも公平無私、依怙贔屓一切なしだから、考えよう

によってはありがたい。金持ちもビンボー人も平等であるから、このイヤな季節が富裕層

は早く過ぎ去り、貧困層(私だが何か? )にはゆっくり、というようなことはない。


 お天道様と時間だけは平等だ。




2026/01/23

霧氷林美しきもの見し人よ

 

                               (AIさん作成)



 霧氷というものを見たのはどこでだったか。


 確かに見た経験があるのだが、それがどこの山の中かトンと忘れてしまった。樹氷という

ものは、これはもう蔵王、ニセコでスキーの際お目にかかり、ふむふむ、これが名高き樹氷

というものかと、イタク感心したことを、遠い記憶から引き出すことができる。


 ところが肝心の霧氷は、その初見の記憶もろとも霞のかなたに消えてしまっている。がし

かし、とんでもなく美しいものだったことはぼんやりと覚えている。木の枝という枝が白い

氷できらきらと輝き、そこら中がそういう木々ばかりで、肝をつぶすようだった。



 住んでいるこの地方では、樹氷はもちろんのこと霧氷もできないようである。最低気温

が氷点下になることは、今の季節しばしばあるが、どうも氷点下になったからといって、即

ち霧氷ができるとはいかないようだ。湿度とかの一定の条件があるらしい。


 また樹氷、霧氷という言葉も、なにやら混とんとしているようだし、この記事では大雑把

のイイカラカンに、木の枝先が透明な氷で包まれた状態のものを霧氷と呼び、樹木全体が

氷で包まれてモンスターのようになったのを樹氷と呼んでおこうと思う。



 自分にとっては霧氷は美しいものであったが、人によっては「なんだ、ただ木が凍っただ

けじゃやねえか、ふん! 」ということもあるだろうし、「美しきもの」は人それぞれ、千差万

別である。また、自然現象だけでなく、人事現象にだってこの言葉は使われるだろう。


 なんだかこう書くと、「霧氷」も「美しきもの」も、なにやら薄らぼんやりしていて、捕らえよ

うがない。これは筆者の頭の中をよく表しているのだろうが、しかしまあ、この世のものは

すべて、薄らぼんやりした存在かも知れず、ひとまずこれでいいことにしておこう。




2026/01/22

日脚伸ぶ西にあかねの飛行雲

 



 日脚が少しだけ伸びた西の空は、茜色に染まっている。


 冬の空は夕焼けになる。どうしてなのか、その理由は分からないけれど、それが美しいナ

と思って、ベランダで長い時間ぼうお~っと見ている。しかしこの時期はエラク寒い風が

吹いたりするので、西の空をぼうお~っとするのも、これでなかなか容易ではない。


 その茜色に染まった美しい空にす~っと飛行雲が棚引いて、これも一緒に茜色に染まっ

ている。あの雲を作った飛行機には、西洋なのか東南アジアなのか知らないけれど、優雅

な旅行の人がいっぱい乗っているに違いない、といつも羨ましく思う。



 一時期、日本がまだ元気いっぱいだったころ、日本人がどっと雪崩を打って西洋や東南

アジアに出かけたが、その波に乗れず、ただ指をくわえて眺めるだけに終わった。やんぬ

るかな、以来どこへも行けず、狭い日本で狭まっ苦しく生きて来たのは残念である。


 その当時は海外への怒涛のような観光に、西洋人が飽きれ顔になり、東南アジアでは買

春ツアーとかで顰蹙をかい、日本人の悪口が地球を覆ったかのように記憶している。今、

4千万人もの人たちが日本に観光に来るという。世は逆さまとなりにけり、である。



 逆さまになったのは、簡単に言えば日本がビンボーになったからだと、安易に納得してい

るが、外国からの観光客の、声高なはしゃぎよう、どこ構わずの忘若無人さ、これらを(テ

レビなどで)見るにつけ、あの当時の日本人に対する外国人の目つきが理解できる。


 個人的には、観光客などあまり来ない静謐な島国であってほしいけれど、そんなことで

は飯の食い上げだぁ、となるならば止むを得ない、まだ元気だったころの悪の所業を思い

出してじっとそれに耐え、遊びに行くなら名所旧跡を外して、隅っこで我慢する。


 ”これはしたり、世は逆さまとなりにけり、乗りたる人より、馬が丸顔”




2026/01/20

空寒しふくれっ面して寒雀

 



 いやあ、ほんとに久しぶりで散歩に行った。


 片づけるべき懸案の(といっても世間の人から見ればなんと言うこともないへぼ用事だ

が)、ひとつをようやくやっつけ、少し気持ちにゆとりができた。寒いにかこつけて、いっか

な表に出ようとしなかった日々が長く続き、体中が鈍りになまっていた。


 陽ざしがぽかぽかして、寒さはほぼ感じない。空は相変わらず澄み切って、ときおり冷た

い風を吹き下ろす。木々もすっかり葉っぱを落としているけれど、寒気の中で凍えている

ようではない。案外元気で、「ま、大寒じゃからナ、葉を落とすわナ」といっている。



 いつも何も考えないでぼわ~っと歩いているが、今回は春の先駆けを探してみることに

した。これから大寒のど真ん中へ突入という時期、先駆けみたいなものがあるのかどう

か、自然の中の諸君はみな、寒さに縮こまっているや否や、まあ、探してみよう。


 雀の団体が裸枝でふくれていたが、これはまあ先駆けとはならんなあ。馬酔木が茶色い

房のような花芽をほんの少し見せていた。そうか、葉っぱの芽が膨らむ時期なのかもしれ

ないと思って、枝先に注意したら案外に葉っぱの芽が出てきている。



 しかしながら、この芽の木はなんという名なのか、それが皆目わからない。分からなけれ

ばどれもみな「葉っぱの芽」というしかなく、これじゃあまるで説得力がない。こういう時、

わがイイカラカンのアバウトな性格がつくづくイヤになる。花も木も虫も何も知らないだ。


 しかし、明らかに知っている「先駆け」も見つけることができた。土を破ってスイセンの芽

が1cmmほど顔を出しているし、別な場所ではもう花をつけていた。花水木の花芽が膨ら

み始めた。それから、満開となった蝋梅の花、軒先の寒紅梅、堂々たる先駆けだよナ。


 これからイヤになるほど春が来るのだから、急がなくてもいいのに・・・




2026/01/19

大島の波まだ高し寒椿

 


                                (AIさん作成)


 伊豆の大島だってまだ寒い時期だと思う。


 しかし、ここの椿はお構いなく咲くらしい。この画像は大島のツバキを正確に描いている

かどうか、なにしろAIさんの作成だから、まあ大雑把のいい加減だろうと思うが、それで

もイメージとしては、離島の荒海に囲まれた厳しい生活を、慰めるように椿が赤い。


 「どたん場検索」によれば、伊豆諸島は相模湾の沖合に南に向かってほぼ一直線、100

に及ぶ島々が並んでいる。なぜか所属は東京都、一番近い大島まで100㎞、最南端の

婦岩までは650㎞。そのなかで人が住む島は9つ、他は無人島(岩礁も含む)。



 この島々は火山島ないし海面に突き出た外輪山でできているという。なんで海の底から

ぽこぽこと火山が出てくるのか不思議だが、海底ではフィリピン海プレートと太平洋プレ

ートとがどうとかこうとかして、それで無暗に火山が生まれているようだ。


 この島々のおかげで日本の領海は、随分と広くなっていることと思われるが、それはご

先祖様が遥々と海を渡って、八丈島のあたりまで出張った結果なのだろう。なに構わずに

攻撃して、武力を持って自分の領域にしたわけではないのだから、胸を張っていい。



 大島と伊豆半島との距離は30キロメートルしかない、なのになぜこれらの島が東京都

の所属となったか、理由はよく分からないが、邪悪とも思える都心のビルの谷間を思え

ば、島々は別天地の如く自然が豊かで、風光明媚で、長閑な場所だろうと推測する。


 台風被害や火山爆発など、自然災害も多いかもしれないが、美しい景色とのんびりした

風土は、とても貴重なものではないだろうか。列島でそういうものが残っているのは、本

州日本海側と離島しかなく、その他は東京のミニチュアの街ばかりのように思える。


 高齢化でエラク時間が間延びしてしまい、「のんびり」は貴重だよナア。




2026/01/18

床の間に侘助寒し朝の雪

 

                                              (AIさん作成)


 自慢じゃないが茶道のサの字も知らない。


 わが敵は若いころいささか齧ったらしいが、とんでもない野暮天にあきれ返り、道具類

を家のどこか奥深くに隠して、トンと目にしたことがない。あのぶくぶく泡立つ緑のお茶

に、ねっとりとした羊羹などは大変よろしきかなと思うが、残念である。


 侘助という花は茶事に用いられるという。だから侘助などと言う名がついたのか、そう

いう名前だったからお茶に使われたのか、よく分からんけれど、静に湧く炉の湯と儚げな

白い花はよく似合って、茶室にピンとした静寂が張り詰めていることだろうと推測する。



 しかし何を隠そう、茶道の稽古というのは、見ていても和服の女性が多いから大いに楽

しいし、万がいち一服御馳走になったりしたら、礼儀をわきまえないからドエラク緊張する

が、とろりとした茶が旨いし、出てくるお菓子は上等だし、大変うれしい。


 ただ残念なことは、そういう機会、チャンス、出会いがまず無いことだ。カフェといって、

外国のお茶を提供するお店はしこたまあるが、抹茶を入れてくれる茶店はない。せっかく

なんだから、抹茶を立ててくれる喫茶店があれば、是非と思うが、出来ないかなあ。



 近ごろなんだか知らんが、国産ものに引き寄せられる。昔の日本人が普通に暮らしてい

た暮らしのあれこれ、そしてもう今の日本人にはすっかり忘れられたもの、そういうものに

とてもいいものもあったのではないかと、しみじみ思う機会が多い。


 まず和服、女性の和服は申し分ないが、もちろん男だっていい。それから茶道、華道な

どの、閑かで落ち着いた芸道(書道がなくなったので漢字が書けない! )。能楽、歌舞

伎、剣道、弓道、それから畳、ふすま、障子、、、どんと焼き、鯉のぼり、菖蒲湯・・・


 ここらでちょこっと足元を見直してみるのはどうか。



                                     

2026/01/17

大寒やさあ来いどんと受て立つ

 



 いよいよ寒さが底に向かうらしい。


 寒さの底が来るなら来てみろ、という気もするが、それには「ヴ~、さみィ~」と口癖のよ

うに言うのは止めなければならない。泰然自若、従容としていなければならない。だいい

ち、かくのごとく寒いの、暑いのと自然の摂理に対して、文句を垂れるべきではない。


 冬は寒い、夏は暑い、当たり前のことである。あたりまえのことを言い立て、書き立てて

も面白くもなんともない。とは言いながら、さりながら、想像力も発想力も記憶力も、何一

つとして満足なものがないので、これはもう、もっとも身近な暑い寒いしか言えないのだ。



 よそのブログなどは、なにしろ本人が行動していて、それに基づいて書かれているのが

多い。それなら人の共感も呼べるだろうと思うが、なあ~~んにも行動せず、部屋の中で

ぶつぶつ田螺のようにただ呟いているのだから、共感もへったくれもない。


 そこいら辺の散歩でも何でもいいから行動しなくてはナ、と考えてはいるが、なかなか

へったくれの腰が上がらない。なんたって、部屋の中は暖かいし、歩かないから楽だし、飲

みたいとき喰いたいときに、いとも簡単に飲み食えるし、怠惰者にとってこれ以上はない。



 天気予報を見ると、20日ごろからドカンと気温が下がるようである。これが寒さの底な

のかどうかわからないけれど、まあ、寒らしい気温なのだろう。そんなように、温かい日と

極く寒い日が交互に現れるようになると、少しづつ少しづつ春が近づくてくる。


 日脚も少し長くなったようだ。冬至のころは4時半ごろには屋根の向こうに沈んでいた

が、近ごろはそれが5時ごろになった。おおむね一月に30分ぐらいづつ伸びてくるらしい、

と覚えている。夕方ベランダに立って、茜色の西の空をぼうお~っと眺めている。




2026/01/16

小魚も岸に籠るや寒の水




 池の水もよく澄んでピンと張りつめているように見える。


 叩けばピンカンと緊張した音がしそうだ。晴天が続き雨がほとんど降らないので、水量

が底を突くほど少ない、が、小魚が姿を消したのは、水量のせいではなく、余にも水が冷

たいから、これは一丁冬ごもりをすべえ、と岸の草むらに逃げ込んだためと思われる。


 冬の水はとにかく見ただけで寒い。身を置いている周りの空気が冴え冴えと冷たいか

ら、その水はさぞかし想像を絶するほど冷たいだろう、と脳味噌が勝手に判断するらしい

が、ひょっとすると空気の方が冷たかったりするので、自分の脳みそながらバカだと思う。



 この池には、だれが放流したのか大きな真鯉や緋鯉もいて賑やかだが、冬の水の中で

彼らは極めて不活発だ。機敏に泳ぎ回ったり餌を探したりしない。うっそりと面倒くさそう

にゆらゆらしている。たぶん水が冷たくて、最小限の動きでことを済ませようとしている。


 まあ、でかい鯉はそんなふうにしてこの時期を過ごすらしい。ただ、いっぱい群れていた

小魚の姿をぱったりと目にしなくなった。餌がないので鯉に食われたのかどうか知らない

(鯉は確か肉食じゃないと思う? )が、岸辺に冬ごもりしているのではあるまいか?



 それにしても、そこいら辺の川には小魚がいっぱい住んでいる。子供のころ釣竿や網を

持って、それらを捕まえることに夢中になっていた身からすると、まさに宝モノの川であ

り、それらを放っぽリぱなしなどということは、考えられないし、許せない。


 今でも川の上から川面を眺めて、小魚の群れを目にすると血が騒いで平静を保てない

ほどである。今の子供たちに言いたい、小魚を捕まえてよもやそれを食わなくてもいい、

捕まえること、釣ること自体に、大いなる喜びがあると思うが、それを感じないか? 


 君たちよ、野っぱらは偉大な大学だゾ。




2026/01/15

氷点下蝋梅の黄の温かさ

 



 思い切り寒い季節に蝋梅の花が咲いている。


 我が家の隙間の蝋梅は、ひねくれ育ったためか貧弱でみすぼらしいが、公園などの団

体を形成している場所のそれは、威風堂々、大軍団を形成して、寒中の寒空に負けずに、

黄色の花を目いっぱいに着けて、辺りを圧倒している。その花の色が温かい。


 花に蜜蝋のような光沢があり、花の名前がその色にちなんでいるとすれば、大変に分か

りやすくて、めんどくさいことが嫌いだから、単純でいいなあと思う。これが初夏になると

一丁前に実をつける、ひょっと覗いてみると、梅の実とは似ても似つかない実である。



 「蝋梅」と「梅」名がついているが、梅とは縁もゆかりもない種類らしい。なのに日本では

平気でこういう名をつけるから、単純頭の持ち主にとっては、こんぐらかって始末に負え

ない。「梅」などとわざわざつけないで、「蝋花」で十分じゃないかと思うのだがなあ。


 しかしこの花は生意気なことに(?)、大変いい香りがする。旨く言い表せないけれど、幽

かだけれど鼻の奥の方がすう~っとするような、そんな香がする。これが大軍団となった

っ日にゃ、辺り一面爽やかな香りに包まれることだろうと思う。



 蝋梅にしろ、また寒紅梅にしろ、キッカリと寒い季節に他の花に先がけて咲くのだから、

やはり見る方もなにやら嬉しいような、ほっとするような気分になる。気温の方は、これっ

きり低いけど、もう少し我慢すればもう直に温かい春になる、もう少しだ、という気になる。


 今は寒中でサムイ寒いばかりが気になるが、よく考えてみればあと半月余りで立春、も

ちろん立春だから、さあ、春だ! とはならないだろうけれど、寒のサムさは確実に遠のい

て行く。せっかくの冬なのだから、厳しい寒さも少しばかりは楽しみたい・・・カナ?


 冬は冬を楽しめればいいのだが・・・




2026/01/14

群青を背に寒梅の冴え冴えと

 



 近ごろの空は抜けるように青い。


 その青空の中で寒紅梅が咲いて、空気が澄んでいるせいか、凛とした美しさがある。こ

れからますます寒さが厳しくなるから油断はできないけれど、梅が咲いている光景だけ見

れば、なにやら春が迷い込んできた、と思い込んでしまいそうである。


 しかしこの種類の梅はなにを考えているんだろうか? さぁ冬だ! となったらすぐに咲き

始めるらしい。他の花が全くない時期だから、賞讃は独り占めだが、別の種類は2月、3

月、4月まで、次々と咲いてくれるのに、この寒梅だけがひとり浮き上がっている。



 雪が積もった真っ白な平原に、一本の寒紅梅が凛として咲いている、そんな風景を想像

してみる。そこへひょう~と北風が吹いてきてもいいが、やはり寒さは尋常でない方が好

ましい。その寒紅梅は、寒さに立ち向かっている美しき人であるように思っても構わない。


 まあ、想像力が極めて貧困ゆえ、こんな貧弱なものしか浮かばないが、ならば、かの清

少納言はなんと言っているか、得意の「どたん場検索」を作動させてみた。・・・「木の花

は、濃きも薄きも紅梅・・・ん! たったこれだけ、あんなに饒舌な人がこれっぽっち!



 寒さの中に凛と咲く寒紅梅は、だれでも美しいと思うだろうけれど、「どたん場検索」を

作動させると日本酒ばかりが出てくる。越乃寒梅はチョウ有名だが、寒紅梅という銘柄の

蔵元もあるようだ。自分もどっちかといえばお酒の方に興味が向かいがちだが・・・


 それにしても、花の方の寒梅ないし寒紅梅はあまり人気がないのだろうか。枕草子だっ

てちょびっとしか触れていないし、人気うすだなあ。でもまあ、この花が一年の花の咲きだ

しっぺなんだから、それなりの処遇を考えねばならないだろうと、考える。


 寒梅、花はこれからだ!




2026/01/13

白馬嶺の渓に飛び込むスキーかな

 



 今日はスキーどころではない大荒れの天気かもしれない。

 

 けれどスキーといえば白馬の八方尾根を思い出す。蔵王やら志賀高原やら苗場やらそ

してニセコやら、随分いろんな地方のスキー場に行き、辿り着いたのが八方尾根。なにし

ろコースが恐ろしくい長いし、眺めは好いし、雪質も申し分ない。たちまち虜になった。


 以来シーズンになると八方尾根を思い出して、のこのこ出かける按配となった。今では

考えられないかもしれないが、そのころはまだ民宿がいっぱいあって、といってもまるっき

りの農家ではなく、民宿という名の簡易的、安上がりの宿があって、これがよかった。



 最初のころには、上越の石打あたりの民宿にも止まったことがある。これはもう完璧な農

家で朝になると囲炉裏の周りに宿泊者が集まって、煙にいぶされながら宿の家の人と一

緒に、同じ朝飯を食っていた。今では考えられないことであるが、昔の民宿はそうだった。


 これはこれである種懐かしく思い出されるが、なにしろ囲炉裏は煙たいし、宿の主人な

どは慣れない客応対で、お愛想を作るのがとても大変そうだった。それから折からのスキ

ーブームに乗って民宿は新築されて、運営がおかみさんの手に移って安定してきた。



 このころの民宿は家はきれいだし、部屋も明るく清潔で、食事も驚くほど改善され、ま

あ、宿屋に泊まるのと遜色がなかった。スキーを終えて部屋の炬燵に入りながら、氷の着

いた野沢菜を皿に盛ってもらって、呑んだ燗酒が死ぬほど旨いと思ったりした。


 現在のスキー場がどんな按配なのかよく知らないが、宿泊はホテルに変わってしまっ

て、民宿のように地元の人との交流はもうないのだろう。しかしながらスキー場そのもの

はおいそれと変わらないだろうから、八方尾根の雄大な眺めはそのままだろう。


 スキーは恐ろしく寒いが、とても楽しいものだ。

 



2026/01/12

街天心寒月氷となりにけり

 

                                 (AIさん作成)


 寒月といえば「吾輩猫」の理学者しか頭に浮かばない。


 ほんとは寒の空に煌々と凍てつく月のことだろうが、こういう景観に余り馴染んでこなか

ったので、連想は「吾輩猫」になってしまう。困ったことである。なぜこういう景観になじみ

が無いかといえば、それは簡単、寒いから。なんと言っても寒いところからは逃げたい。


 でもまあ、やむを得ずにこういう光景に出くわしたことはあるような気がする。何かの都

合で帰りが遅くなって、首を縮めながら歩いてふと見上げたら、凍りつくような月が煌々と

照っていた、ということはあったような気がするが、いつのことだったかもうわからない。



 月といえば、随分といろいろな呼び名がある。居待月、立待月などと言うなんだかわか

らない呼称もあり、十六夜などと言うのもあって、とてもじゃないいが覚えられるものじゃ

ない。せいぜいが、三日月、上弦下弦の月ぐらいなところで、まあ間に合わせている。


 月一つにあんなに様々な呼び名があるのは、ちょっとやり過ぎではないのか。平安貴族

様はよっぽど暇を持て余し、やることがないから月について、ああだこうだ、と散々いじり

倒したのだろうと思う。それが今に何か影響があるかといえば、まあ何もない、と思う。



 ところで、またぞろ人類は月に行ってみるらしい。今度はどうも、月の上をジャンプしてそ

れで満足、という按排ではないらしい。月面での持続的な探査と、その視線の遥か先には

火星があり、その足掛かりを築くという面があるようだ。どんなことになるのやら。


 前回(約50年前になるそうだ)月の地面を飛び跳ねた際、日本の小説家が「月は行って

みるところじゃなく、眺めるものである」といったとか言わなかったとか。月へ行くのは、い

かにもアメリカだし、眺めるだけなのは、いかにも日本的だナア、とそのとき思った。


 いろいろあるが月はなにも変わっていない。




2026/01/11

夜寒し氷下魚炙って独り酒

 



 遠い雪国の寒さを想ってみる。


 雪がしんしんと積もるだけではない、時としてひょう~~っと風が巻いて吹雪になる。そ

ういう夜はいかんともし難く、ただ寂寥感に包まれて、背を丸めて閉じこもるしかテがな

い。そんなときに、干した氷下魚の硬く凍ったようなやつを炭火でゆっくりと炙る。


 炙った氷下魚の少し柔らかくなったのを、手で毟って口に入れると、上品で淡白な氷の

味がする。思いやる北国の凍てついた湖は、どこまでも寒く冷たく想像するだけで身震い

が出そうだ。燗酒が体中を経巡っていく途中、目のあたりでポロリとこぼれた。



 氷点下10度くらいならばひょっとして体験したかもしれない、が、マイナス30数度となる

とこれはもう、想像の埒外に出てしまう。それも、ほんの一時ではなく、日常茶飯事ともな

ればどう想像していいかわからない。想像だけなら猿でもできるのにナア。


 「どたん場検索」によれば、最低気温は南極のソ連基地の-89.2℃だそうだ。人間が日

常生活している場所では、オイミャンコ((ロシア)-67.7℃といっている。つくづくと、人

間という動物はなんとまあ、とんでもないところに住み着いていることかと思う。



 個人的な体験の示すところでは、一番ここちよく過ごせるのはどうも18℃~23℃の間

くらいであるようだ。それ以上となれば、次々に着ているものを脱ぎ去っていかねばなら

ない。またそれ以下になると、今度は次々へと服を重ねなくてはならない。


 服を着たり脱いだりしても、もはやどうにもならん、という閾値を越えれば当然あとは機

械の出番となる。夏は扇風機(まだ使っているのだ)、そしてクーラー。冬の今の時期は、

炬燵(まだ使っているのだ)、ストーブ、時としてエアコン。これらに助けられている。


 人間は気温に対して強いのか脆弱なのか分からなくなった!




2026/01/09

どんど焼き用意ととのえ子らを待つ

 



 多摩川の支流の岸辺で見つけた。


 奇妙なとんがり帽子でなんだかわからない。近寄ってみたら、下の方に正月飾りみたい

なものがいろいろぶら下がっている。ひょっとしてもしかすると、これはどんど焼きではあ

るまいか、と思った。まさか、東京でもどんど焼きを行うとはユメ思っていなかったのだ。


 これは雪深い田舎の正月行事であって、しかもとっくに廃れたのだろうと思い込んでい

たので、一見なんだかわからなかったが、どんど焼きとくれば懐かしい。わが故郷では雪

一面の田んぼの中に、藁束を立てかけてやっぱり円錐形に作ってあった。



 学校の帰りにこれを見つけると、あのどんど焼きに火がつけられる夜になるのを待ちどう

しく思った。短い冬の日が早々と暮れるころ、餅やら団子やらをポケットいっぱいに詰込

んで寒さの中、どんど焼きの場所へ駆けつける。おお、いま火がつけられたばかりだ。


 めらめら燃え上がる火を眺める。なにやら悪ガキどもも寡黙になってただ火を見つめ

る。しばらく放心状態でいて、ガバッと正気に戻り、ポケットの餅を取り出し、棒に刺して

日に炙る。ところがどっこい、表面だけが煙に焦げて中は生ん坊、食えたものじゃない。



 大都会のど真ん中では、最早こんな行事は消え去っただろうけれど、大都会の端っこの

田舎にはまだ残っていたことが、とても嬉しい。15日の小正月の夕べには、やっぱりあの

遠い日と同じように、子供当たちが嬉々として集まって来るんだろうか、と思いを馳せる。


 人々の暮らしの中の伝統行事や慣習は、おおむね500年で入れ替えられる、という話

を聞いたことがある。鎌倉、室町、江戸、そこらあたりの伝統は今無くなりつつあるのかも

しれない。茶道、華道、、、さまざまな行事、みな消えてゆく運命にあるのだろうか⁉


 そういえば、お墓さえ今は危うい。




2026/01/08

寒造り香り豊かに越後より

 



 日本酒はおおむねこの寒い時期に作られるようだ。


 これを「寒造り」と言うらしく、この言葉は、いかにも深々(しんしん)とした蔵で熟成した、

という感じがする。「暑気造り」などと言う言葉(いかにもダラケきった酒ができそうだ)、は聞

いたことがないから、日本中の酒蔵では、この寒い時期に懸命に酒を造るのだろう。


 実際の酒造りの現場など目にする機会がないが、テレビなどで見る限り、なんだかやた

らに湯気がもうもうとし、米を蒸したり麹を振りかけたりしている。そのあと水と一緒に大

樽に入れ、しんしんと寒気が満ちる蔵の中でゆったりと熟成するらしい。



 と、こんな風に書けばいとも簡単なようだが、実際にはこの酒造りは杜氏という専門家

が担うもので、その一つ一つの工程に微妙極まりない心づかいが潜んでいるようである。

これは不立文字、マニュアルを作れば即ち日本酒ができる、というものではないらしい。


 おそらくこの辺りに日本酒の曰く言い難い秘密があり、外国では作るのが難しいのでは

ないかと思う。カリフォルニア米は日本のコメと遜色ない味だというが、カリフォルニア・ワ

インは旨いけれど、カリフォルニア・日本酒は聞いたことがない。



 あまり全国的でない銘柄、生産量が少なく地元だけで消費されている、つまり地酒、こ

れが滅法やたらに旨いと聞く。この正月に岩手の「朝開」という銘柄を、友達にもらったの

で呑んでみたが、その何かの花のような香り、さらりとした飲み口…言うことなしだった。


 決して呑み助ではなく、利き酒などもできないボンクラでも、これくらいの違いは分か

る。だから偶~に地方へなど行けば、決まって夜は居酒屋を訪れる。「地酒の辛口」などと

言えば、奥の方から静々と、まああまり聞いたことがない地酒が出てきて、大変うまい。


 今年の目標・・・酒は程ほど。




2026/01/07

七草は無けれど粥に柚子の皮

 

                             (AⅠさん作成)


 春の七草と言うけれど、おいそれとは見つからない。


 この七種類は、セリ(芹)、ナズナ(ぺんぺん草)、御形(ハハコグサ)、繁縷(はこべら=ハ

コベ)、ホトケノザ(タビラコ)、スズナ(蕪)、スズシロ(大根)、のこと、と書いてある。植物の

名をよく知らないので、こう聞いてもチンプンであり、野っぱらでも、たぶん素通りだ。


 それよりなにより、これらの草はもっと暖かくなってから咲きだすのだから、新暦のお正

月にある筈がない。だから、日本の伝統行事は旧暦でやらないと、なにがなんだかさっぱ

り分からん、ということになって、それゆえ感慨も湧かず、静かに消えてゆく運命にある。



 それはともかく、昔のやんごとなき人々は、ほんとうにこんな野っぱらの雑草を食ってい

たんだろうか。芹やカブ、大根なら納得できるが残りの野っぱら雑草は、アクとかエグ味な

どないのかなあ。どうも相当に無理無体に我慢して食していたように思えるのだが…


 さあ、京都の寒い冬が過ぎて、待ちに待った春になった、野っぱらには緑の若草がそこ

いらじゅうに芽生えてきた、冬の間緑っぽい菜っ葉など、ついぞ口にできなかった。そう

だ、あの若々しい緑を食おうじゃないか! ということで我慢して喰った、…と思う。



 「春の七草」とか「若菜摘む」とか言えば、なにやら温かい春の野に出て、のんびりユルユ

ルの気配だけれど、それはやんごとなき貴族様の生活だったのではないか? ドン百姓

(我が先祖も)だったら、んなことしていられない、早々に畑に出て耕さねばならない。


 それにしても、この方たちはなんの権利があって、一生を遊んで暮らせたのだろうか。や

ることと言えば、天子を巡っての権力争いのみ。あれだナ、やっぱ力だナ。力で平民を押

さえつけてノウノウとする。地球上、力が唯一モノを言うのは今も全く昔と同じだナア。




2026/01/06

寒の入り極まるところ永平寺

 

                            (ネットから)

 厳寒の時期に永平寺へ行ったことがある。


 いやはや、ひたすらに寒かった。森厳として静まる山と、そこに残る凍てついた雪が、い

っそう寒さを感じさせたかもしれない。また、ここで行われる修行の厳しさを勝手に想像し

て、この場所は寒いものだと最初から決めつけていた、ということもあるかもしれない。


 椅子に座って10人ばかりの見学者が、しんとして待っていた。この部屋は暖房が利いて

いてほんのり温かったが、後になって広い廊下や階段にに出たら、周り中から寒気に押さ

れて、ギクシャクするほど寒い。でも案内する若い僧侶はスリッパも履ていない。



 ここに来た修行僧たちが日頃どんな生活をしているのか、最初に座っていた部屋で説明

があり、トイレの使用、お風呂の入り方まで厳しい規則があることを聞いた。なにしろ風呂

は小さな手桶5杯のお湯だけで全て済ませるのだそうで、今でも記憶に残っている。


 ひととおり説明を聞いてから部屋から廊下に出たら、体が一気に寒さに囲まれ、身動き

できないように感じる。廊下や階段の板は、ぴかぴかに磨き込まれ光っていて、それがま

た、キンキンと音を発するが如く冷え固まっているように思われる。



 僧堂、仏殿、法堂など主な部屋を案内してもらったが、どこもまあ、バカでかく広く森厳

と静まり返り、寒さが一層強く感じられる。修行僧たちは、この火の気のない大きな部屋

で毎日の務めを送っているのだろうと思い、それだけでもえらい人たちだと思った。


 説明や案内をしてくれた若い僧侶は、白皙で目が澄んでいて、とてもきれいに見える。

毎日の厳しい修行と、簡素極まりない食事ををしていると、人間というものはこんなにき

れいになるものかと思った。もはや、自分の小汚い貧しい顔をどこかに隠したかった。


 あれから長い時が流れた。今でも同じ厳しい修行だろうナア




2026/01/05

休み終え仕事始めや空寒し

 





 あ~あァ、また仕事だなあ、と言う感慨は遠い昔の情。


 なにしろもう退職したのだし、そしてもう何年にもなるのだし、明日からまた仕事だァ、イ

ヤだなあ、という気持ちも遠い昔の出来事だったように思われる。いまは世間のいろいろ

からすっかり解放され、なんの義務もなく、ストレスもなく全面的によろしい。


 これは齢をとってからの最大に「いいこと」のひとつだと思われる。いつまでも元気で働

ける能力があるなら別だが、社会で働くというのはそれなりにストレスを受けることも多

い。このストレスと言うのに、案外と人間は弱くできているようだ。困ったもんである。



 ともかく正月の永い休み明けは、無理々々仕事に復帰しなくてはならないから、ひとし

おイヤだな感が強い。この長い休みに、呑んで食って寝て、また呑んでと言う生活だった

ものが、一夜明けてみれば、それらのよろしきことを全面的に断ち切らねばならない。


 これはもう、そうとうに由々しきことではないだろうか。懶惰の限りに身を任せていたも

のを、全部断ち切ってしまえと言われても、そうそう急には参らぬ、ちょっと待ってくれ、

徐々に、だんだんと、ゆるゆると断ち切る故、ちょっと待ってくれ、と言いたくなるだろう。



 それはともかく、我が仕事始めはどういうことになるのであろうか。家の中の大片づけ、

と言うのがある。正月に離れて住む家族が来て泊まった。ので布団類がいっぱい出たまま

だし、食器類も同様、これを日に干したり、洗ったりしてどこか隅の方へ押し込める。


 しかる後に家じゅうに掃除機をかけ、元の少人数のつましい形に整える。いつものとお

り、布団も食器もごく少ない数で充分だから、そうなっていないとなんだか落ち着かない。

それがとりあえずの「仕事始め」であるので、さあ! いざ敢行せん、仕事始め!




2026/01/03

新年の空澄わたり富士映える

 



 冬の晴れた朝、富士が特別綺麗に見える。


 周りの群峰を抜きんでた嶺は一際高く、雪嶺が朝日に輝いて神々しく見える。南側斜面

の雪はきらきらと陽を照り返し、北側はなにか強い風が吹き抜けているように感じられ

る。裾の方には雪はなく、うっすらと緑がかった山肌が見えている。


 あそこは異次元の世界ではないかと思う。今眺めているこちらとは異なる世界、寒くて

冷たくて、強風が吹き、生き物がいない特別な世界、そんな世界を想像してしまう。出来る

なら、あっちの世界はただ眺めるだけにしたい。間違っても連れていかれては困る。



 鬱陶しいビルが無ければ東京から富士は案外よく見える。昔はビルなどなかったから、

富士を眺める「富士塚」がごまんとあったらしい。今に残っているのも多いから、見かけれ

ばひょいひょいと登ってみるが、もちろん富士などビルの陰で見えはしないけれど。


 富士塚から遠く遥かに富士を眺める、それは胸がすくような、清々しい気分だっただろ

う。江戸時代の人々も、現在の人々もその気分は同じものだろうと思う。そんな風に考え

ると、自分のすぐ脇か後ろに、ちょんまげの人が佇んでいても不思議はない。



 年末始暇だったので『富士山噴火』(藤井敏継 岩波新書)という本を読んだ。まず、富

士山は休火山だと思っていたが、れっきとした活火山だそうだ。それから、富士山はある

とき大爆発して今の姿になったのだとばかり考えていたが、それがどうも違うらしい。


 この本によれば、富士山の噴出物を詳しく調べたところ、なんとまあ5600年前の噴火

活動が明確になったという。この時から1707年の「宝永噴火」まで、ほぼ30年に1回の割

合で噴火していたという。こんなに長い期間、頻繁に噴火していたとは驚いた。


 その噴火活動でよく分かっているのが、864年ごろの「貞観噴火」、この時は大量の溶

岩が流出し、おおむね今の形になったらしい。そしてもう一つは1707年の「宝永噴火」、こ

の時は16日間にわたる山腹の爆発的な噴火で、江戸の町に大量の灰を降らせた。


 てなわけで、火山活動や、富士山について、何も知らなかった、と良ーく分かった。




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