2025/08/30

消えてゆく線香花火夏が去る



 

 線香花火は花火の最後に灯す。

 華々しくいろんな色の花火がはじけ飛んで、さあ、もう花火が無くなった、というところ

で線香花火が登場する。名残を惜しむかのように丁寧に火を点け、ぱちぱち弾ける小さな火

花をじっと見守る。そして最後の最後に、小さな火の玉が残って、やがてぽたりと落ちる。


 終わったね、楽しかった夏休みもあとわずか、また学校が始まるんだなあ、9月も暑いんだ

から休みにすればいいのに、線香花火の終わりが夏休みの終わり、そして夏の終わりのよう

に思う。夏が、線香花火のようにゆっくりと弾けて、静寂の中に火玉をポトリと落とす。



 線香花火は徹底的に地味な花火だ。他の花火のように七色の火を吐くでもなし、空に飛び

あがりもしない。ただ小さな火花がぱちぱち弾けて、それがだんだんゆっくり弾けて、一番

最後は小さな火の玉になって、落ちるか落ちるか、と見守る中ですうっと落ちて消える。


 ほかの花火をバチバチ、ジャワジャワさんざん弾けさせた後の線香花火は、なぜか人を寡

黙にする。皆が押し黙って、華々しくもない、豪快でもない、小さな火花をジイっと見つめ

ている。この時、人のこころにどんな感情が生まれているのだろうか。



 線香花火はこころに静かな情緒を芽生えさせる。これは、消えゆくものに対する惜別の感

情だろうか、それとも夏休みがあと少しかない宿題どうしよう、と焦るこころの寡黙だろう

か。この時は、大人も押し黙り、子供も静かになる。か細い線香花火一本で。


 線香花火は江戸時代につくられたらしい。江戸の人たちは、この地味な花火で十分満足し

たのではないか。まあ、他にないのだから(打ち上げ花火は別にして)、満足するしかないん

だけれど、この線香花火は、ついでに人のこころにしずかな情緒を連れて来た。

 線香花火は無くならないでほしい。




2025/08/29

溝蕎麦に季節の移り教えられ

 



 脇の側溝にミゾソバが咲いていた。

 いつの間にか、という感じがするが、少しづつ、ほんの少しづつ自然は次の季節に移っていくらし

い。稲穂が黄金色に変わり、夏の花と秋の花が交代してゆき、日は目立たないほどだが短くなってき

た。季節は律義に、まじめに、何があろうと移り変わってゆく。


 まだしばらくは、アチチチの熱暑は続くんだぞ、と予報は言うけれど、季節にとって、そんなことは構

ったことではない。なんだろうとかんだろうと、その時期が来ればそれなりに移ろっていかねば、後が

つかえてどうしようもなくなってしまう。季節だって色々大変なのだ。



 考えてみれば、季節の変化というか、日の巡りというか、地球の運動は一切の事情を抜きにして一

定不変でなければ大いに困る。温暖化だろうが、アチチチだろうが、それにうろたえて巡りを早くした

り遅くしたりすれば、ほかの惑星、月だの火星だの金星だのが、これまた大いに困ってしまうだろう。


 だから、というわけでもないだろうが、われらの周りでそうおいそれとは変わらないもの、それが

星々の運行であり、その結果としての季節の巡りかたであろうと思う。ちゃらちゃらと、なんでもかん

でも動き回り、変化して止まない中、動かないもの、変化しないもの、それが必用だろう。



 そうでないと、われらのこころの預け先がない。動き廻り、変化して止まらないにものに、こころなど

預けた日にゃあ、気持ちが忙しくって、その応接に煩わされ、たまったもんじゃない。ここはひとつ、ど

っしりと動かず、やたらに変化しないものに、こころをしっかり結び付けなばならない。


 さあて、そのように愚考してみたが、実際にはどうすればいいのだろう。具体的にはこころを何に結

び付ければいいのか、それが問題だ。それを見つけるのはどうも簡単ではないように思われる。ま、

とりあえずは、画面がちゃかちゃか動いて煩わしいから、しばらくパソコンを切ってみるか。

 スマートホンは元からあまり手にしない。




2025/08/28

八月やこころせわしく過ぎてゆく。

 



もう八月も過ぎようとしている。

 

別段なにをしたということもない。鬼のような暑さに打ちのめされ、なにもできずただふ

わふわと日時が過ぎ去った。このただふわふわが、今考えてみれば曲者だったように思

う。しかしなぜか、気持ちだけは何くれとせわしく感じた日々であった。

 

確かに「朝のさんぽ」は、2,3日おきにズル休みを挟みつつ続けてみた。しかしこんな

のは、なにかしたという、確かな、手ごたえのある記憶としては残らない。日常の霧の中に

消えてしまう。そのほかと言えば、奥多摩に2回ほど出かけてみた程度である.

 

 

 よーく考えてみれば、生まれてこの方、ずう~っと、このふわふわで過ごしてきたような

気がする。浮草のように、どこへ行くのか水任せ、流れ流れて止まったところで、ただふわ

ふわしていた。そして水かさが増えればまた、どことも知れずふわふわ漂ってゆく

 

 どこかの一点でしっかりと土に根を下ろし、そこで葉を茂らせ太く成長する、など微塵も

思ったことがなかった。ただ日々の水の流れにふわふわ浮いていただけだった。どうしてこ

うなってしまうのだろう、こころを繋ぎとめる何ものかを持たないためだろうか?

  

 

神も仏も持たないし、ましてや孔子様などご縁もない。となれば、関心は、おのずと身の回り

の社会の片々に向かわざるを得ない、すなわち社会の雑多なあれこれに、こころを繋ぎとめ

ることになってしまうのではないか?

 

 これがどうもふわふわの要因なのではないのだろうか。社会の片々は、ひと時たりとも

動きを止めず、日替わりのように移り変わって止めどがない。昨日の流行、今日の廃物とな

る、これではとても安心はできない。動かざるもの、それにこころを繋がなければなぁ。

 

 神や仏はやはり必要なのだろうか?

 

 

2025/08/27

朝顔のいまだに盛ん草葎



 

 朝顔と言えば夏休み、夏休みは朝顔。

 夏休みには、朝顔の種を蒔いて、毎日水をやって観察し、それを絵日記などに残して宿題

とする、というような風潮が昔はあった。だが、朝顔を気にかけて早起きしたのは、ほんの3

日ほど、すぐさま朝寝坊はするは、朝顔なんかにかまっていられないほど、野っぱらを駆け

廻るのに忙しいは、たちまち朝顔のことなど頭から霧散してしまった。


 そして夏休みが終わるころ、ふと宿題を思い出して朝顔の場所に行ってみたら、もうみん

な種ばかりになって、あわれ葉っぱも枯れかけている。むろん絵日記など書ける筈もなく、

その他にドリルや宿題帳も真っ白けの白紙状態、泣きながら大急ぎで、何やら書いて誤魔化

して、新学期が始まれば、もう朝顔のことなどスッカラカンと忘れてしまった。



 そんなわけで、朝顔というのは夏休みの間に咲くものなのだと思っていた。ところが野っ

ぱらを歩いてみたら、夏休みが終わる今頃、生き生きと盛んに咲いている。小学生が種を蒔

いて育てた、どこかひ弱で軟弱な奴と違って、野良の朝顔は草むらの他を圧している。我が

世の天かじゃ、と言わんばかりに意気盛んで、かつまた美しくもある。


 このやけくそのような無茶苦茶な暑さの中で、ろくに雨も降らず水気のない砂漠のような

野っぱらで、衰えも見せずに咲いている。蔓性のなよっとした見かけによらず、案外に強靭

な花なのかもしれない。なんでも原産地は熱帯のアジアかアメリカらしいから、そんじょそ

こらの暑さでへこたれるようなタチではないらしい。



 かくの如く、野っぱらの貧栄養の土でも育つし、日照りの夏にもびくともしない朝顔は、

怠け者にぴったしの花だと言える。小学校時代のように、ほっぽらかして知らん顔をしてい

ても、ちゃあ~んと花をつけ、実を実らせたように、なんでもかんでも育つらしい。これは、

なんでもが面倒くさがり屋にとって、実に有難い花だと言える。


 それかあらぬか、朝顔市などが開かれ、職人が花を咲かせるまで育てたものを、ひょいっ

と脇から買ってきて、実にきれいなものだ、などと自分が咲かせたような顔ができる。そう

してまたほっぽらかして知らん顔を決め込み、次の年の夏になれば、あら不思議、目が出て

育って花だって咲かせる。なんにも手間暇かけずにしばらく楽しめるのだ。


 強い花だから、ツルベ取られて、なんて言わなくてもいい。




2025/08/26

不知火を見ぬ日ぞ多し熱の海

 

                                 (不知海ではありません)

 不知火の火はどんなものなのだろうか。


 無論のこと、肉眼でも映像でもついぞ見たことがない。どうも怪しの光りらしいから、オ

しらねい、などと言うのかもしれない。この怪しの灯が見られたのは(近年はトント現れ

ないらしいが、)八代海だという。長い日本の海岸で、ここ一か所だけというのも不思議だ。


 この火はいったいどんな風に見えるものなんだろか。蛍のようにほんわかした光なのだろ

うか、それとも光学的なちかちかしたものなのだろうか、見た人が少ないらしいが、一説で

は沖合の漁火の如し、とあるようだ。ならば蛍式のほんわかなんだろう。



 この光の謎を解くべく、地元の高校生が何年も観察したが、ついぞこの光は現れなかった

らしい。それで仕方なく、実験で再現してみたら、なんとまあ、不知火が現れたという。そ

れによれば、不知火は沖の明かりの蜃気楼現象であろうという結論になったようだ。


 八代海は列島でも例のない閉ざされた海であるらしい。深く湾入して入江はリアス式海岸

となり、後背地の山から無数の水が湧き出して海に注ぎ、温められた海水と下層の冷たい水

とが、なんでも、どうとかこうとかして、そしてこの現象が起こる、らしいのである。



 不知火海(八代海)の現象を、実験装置を工夫して再現し、遂にはその現象を突き止めた

高校生はエライ! と思う。何年も観測して、それで見られなければ、や~めた、と言って投

げ出してしまいそうだが、そこで諦めなかったのがエライ!!


 ひょっとすると、ヒトは分からないことは、なにがなんでも分かるようにする、という動

物なのかもしれない。ヒトがそういうタチだから科学が進歩し発展してきたに違いない。分

からないことがあれば、無理無体でも分かるようにする。それがヒトなのかな。


 おかげで、夢想、妄想は萎んでゆく!




2025/08/25

あかあかと暑き日落ちて秋めくや

                 



 いくら何でも、もうそろそろ、

 

 と思えど、一向に聞く耳を持たぬらしく、毎日熱中症の暑さが続く。どういうことになっ

ているのかよく知らないが、ともかく猛烈な日々がひたすら続いている。いい加減にしろ

よ、バカ野郎! の怨嗟の声が世に満ち満ちているけれど、まったく知らん顔だ。


 この地域は、もうずいぶん長い間雨らしい雨が降っていない。ゴロゴロ様が申し訳程度に

鳴ってみても、シャワーのひとひねりほどの水気が落ちて来ただけ。土は乾きに乾き、仕方が

いので夕方水を撒く。水をかけたところから、蒸気のような煙が立ちのぼる。



 というように、天を仰いで恨み節をどっさり呻ってみても、一向に埒が明かない。オ~

シ、そうならば、この暑さにこっちの体を合わせるしかないではないか、と思い、先日用事

があって日盛りのカンカン照りに表を歩いたら、なんだか頭がぼんやりしてきた。


 引き続きの暑気払い懇親会でちょびっと酒を呑んだら、あろうことか心臓ハカハカ、足取

りヨロヨロ、頭に砂利が詰まってまともに歩けない。休み休みやっとのこと帰宅してクー

ラーに籠ってどうにか回復した。暑さに体を慣れさせる⁉ とてもできた相談ではない。



 暑さに体のほうを慣れさせる、などというのは、若い人の言うことだと気づいた。齢より

はとてもそんな器用なことはできないのだ、としみじみ思わされた。頭も体もカスカスにな

って、適応力がゼロになってしまっている。暑さに身を置けば慣れるどころか死ぬ。


 来年以降もこんな按配だったら、一体どうしたらいいのだろう。クーラーに籠ったきりは

や三月、を毎年繰り返すことになるにだろうか、それではあんまりにも寂しすぎる。涼しい

ところへ行って過ごせ。それには金が要る。ひと夏を軽井沢にご招待、てなことはどうか⁉


 年寄りには行き場もない! カナ?




2025/08/23

稲の花すでに実となる温暖化

 



 もはや新米の話となっている。


 むろん価格が高いか安いか、これが問題だ。一時期バカ大臣の無能により無暗に価格が高

騰し、日本人なのに米もまともに食えないのか、なんと情けない国だろう、と思ったが、こ

こへきて少し値段が落ち着いたようだ。しかし油断するとまた誰かに、してやられるナア。


 で、今年の新米は、異常気象のためやっぱり高いままだよ、と盛んに言いふらす人もい

る。異常気象なんだから、と言われれば、悔しいけれど納得するしかない。しかしほんとに

不作なのか、それとも平年並みには収穫できるのか、ユメ騙されないまいゾ。



 昔は米の収穫は10月ごろだったように記憶している。二百十日を無事乗り切った稲は、晴

れて秋空の下で収穫される。天高く米肥える秋に、威風堂々、新米が出回って来る。なにし

ろこれが旨い、脂の乗ったサンマやよく肥えた鮭も旨い、だから食欲の秋。


 ところがこの頃、いつの間にか、こっちに断りもなしに、新米は9月、になってしまった。

そんなに早くして、一体どうしようというのだろう。まだ実りの秋に程遠く、なにしろ真夏

がそのまま続いている。これじゃあ、食欲の秋じゃなくて、残暑の疲れでしかない。



 ともあれ、日本人はやっぱり米だよなあ、ということを、このバカ高値で思い知らされ

た。食の洋風化などと言われても、やっぱり米が無ければ夜も日も明けぬ。なにしろ2千年の

長きにわたって、ほぼ米ばかり食ってきた。もはや血肉に溶け込んでいるに違いない。


 それではあるが、トランプが”日本人よ、アメリカのコメを買え! ”と言っているらしい

し、へい、承知致しました、ということで、これでどういうことになるのか? 日本にどか

どか米が入ってきて、コメ増産に舵を切って、結局あふれ出して捨てるのか⁉


 今回の米騒動、日本の無能無策がよく見えた。




2025/08/22

一日のいのちと言えど酔芙蓉

 



 酔芙蓉の花は大輪である。


 なおかつ艶やかな紅色に染まって、この世に君臨するが如き顔で咲いている。しかし実

は、たった一日で萎んでしまうのだそうだ。栄耀栄華を競おうとしても、一日だけじゃあど

うにもならないのじゃないか? それを思うとなんだか哀れでもある。


 花の季節になると毎日々々、大量の白い花を咲かせる。朝のうち白かったのが、昼過ぎご

ろになると、ちびりちびり一杯きこしめして、夕方は艶麗なる酔顔と変わるらしい。まあ、

夕方酒を引っ掛けるのは、世の習い、世の常だから、これはやむを得ない。



 どうもこの花を見ると、名だたる花魁を夢想してしまう。毎日夕方に目を欺くほどの濃艶

な女性に変わるのだが、その裏はたった一日だけのいのちである。美しい姿の裏に、哀しい

運命を背負っている。しかしその哀しみを表に出すことは、決してできない。


 考えてみれば、人はさまざまな運命、今でいえば環境のもとに生れ落ちる。それは誰であ

っても選び取ることはできない。取り巻く環境は実にさまざま、生きやすい環境もあれば、

生きづらい環境もあるだろう、がしかし、その環境の中で生きてゆくしかない。



 もし生きづらい環境に生まれたら、そこからなんとか脱出することを夢見るに違いない。

どうやってその環境から抜け出し、思うような環境に身を置くことが出来るのか、これもま

た、星の数ほどいろいろあって、これが正解だ、というようなものはないだろう。


 そしてシンデレラの物語が生まれる。さまざまに悪戦苦闘して脱出してきた結果が、これ

が幸福というものだろうか。さまざまな環境を背負って生きて来たから、これが幸福、と万

人が思うものは、これまたないに違いない。シンデレラは果たして幸福なのかどうか?


 幸福感はきわめて個人的、自分がよければそれでいい。




2025/08/21

涎掛け新しくして地蔵盆

 



 地蔵盆なんていうのは消えたんだろうか。


 子供のお祭りは絶滅したんだろうけれど、子を思う親の気持ちは決して絶滅しない。いつ

の間にかお地蔵さんの衣服が真新しいものに変わっている。赤い帽子と涎掛け、誰かが、子

供の健やかな成長を願いつつ、親ごころを発揮してチクチク針を運ぶのだろう。


 お地蔵さまは子供を守る仏だという。だから子供にも優しく、童顔であらせられる。そし

てちゃんと子供のように涎掛けをつけている。ところで、涎掛けというのは、これもまた絶

滅危惧種なんだろうか。近頃これを付けている赤ちゃんをあまり見ないような気がする。



 子供をお守りくださるのだから、地蔵さんはどこにでもいる。特に子供がよく遊ぶ道っぱ

や村境などで子供たちを見守っておられる。子供たちがワラワラいっぱいいれば、お地蔵

んもそれだけ多くなる。数ある仏様でも、お地蔵さんが一番数が多いのではないか。


 ところが近頃は少子化だという。子供の数が少ない、それに加えて、どういうわけか子供

外であまり遊ばなくなったという。だから地蔵さんが、これじゃ見守りがいがないナア、

嘆いておられるらしい。子供がワラワラいないと地蔵さんもリストラの憂き目にあう。



 それにしても、なぜ少子化なのだろう。親の目から見れば子供は無条件に可愛いし、生物と

しても子供は生まれるようになっている(と思う)が、世界中で少子化だという。なぜか? 

については、女性に聞いてみなければならないが、どうも爺さんは理解が及ばない。


 およそ40年も前、"Double Income NKids"(Wikipedia)という言葉がちらほらした

ように覚えている。このころからもう少子化の兆しがあったらしい。なにしろヒトの子はお

よそ15年間も面倒をみなければならない、それが大変すぎる、ということだろうか。


 お地蔵さんが忙しくなる日は戻って来るのか⁉




2025/08/20

うだる日もスイカ一片の涼味かな

 



 昔スイカは貴重な食べ物だった。


 なにしろ売っているのは真夏の1か月ぐらい、しかも、どかんとデカくて値段もそれなり。

特に育った田舎では採れない、どこか遠くの暖かい地方から送られてくるのだから、それ相

応の値段であった。ビンボー暮らしでは、ひと夏に一個買うのが精いっぱい。


 子供たちはなにしろ、あの真っ赤っかの実に言い知れぬ魅力を感じた。なんと言う旨そう

実だろう、なんと言う甘そうな実だろう、あれを腹いっぱい、げっぷが出るほど、際限なく

食いたい。なにしろ家族を押しのけてでも独り占めしたい、そう思ったものだ。



 なんといってもスイカは、そのまま実をガシガシ食うのがだいご味である。適度の厚みに

切ったやつを、あんぐり大口開けて、がぶりといく、しゃくしゃく、じるじる、無我夢中で

食う。これぞスイカの味、これぞ日本の夏、いやはや、うめえちゃ。


 日本はさすがお刺身の国である。なんでも”生”で食するのを身上とする。果物一般でもた

いがいそのままの姿で生食をする。これを絞ったりしてジュースなどにしてしまっては、よろ

しくない。ジュースなどにすると、だいご味という味わいがどこかに消えてしまう。



 日本のように、素材そのものの味、つまり生食をとても大事にする文化は少ないのではな

いか。たいていは素材をいじり倒し、味を重ね倒して、これが料理だ! と威張っている。

まあ、それはそれとして旨いのだろうが、日本はどうしてこうなったのだろう。


 一つには、長いあいだ肉食ではなく魚食であった、というのがあるかもしれない。肉はど

うしたって生では食えない。もう一つは、その国の食文化はたいてい宮廷から流れ出したも

のと言われるが、我が宮廷は、手間暇かけず案外質素だった、といえるかもしれない。


 生食、これが2千年の文化だ!




2025/08/19

雲の隙銀河のけむる山の宿



 

 まともに天の川を見たのはいつだったかなア。


 もう何十年も見ていないような気がする。天の川どころか、街の夜は星さえ見えない。わ

ずかに、薄ぼんやりと見えたとしても、それは数えることが出来るほど少ない。ひとつ、ふた

つ・・・どうにかこうにか、10個ばかりだろうか。至って寂しい夜空である。


 旅行記など読めば、人跡未踏、地球の果てのようなところに行って、初めて満天の星を見

る。それはもう、全天隙間もないほど星が煌めき、薄く曇ったような天の川が大空をよぎ

る。星を数えるどころの騒ぎじゃない、下手すると押しつぶされそうだ、と書いてある。



 それを見て人はたいてい、わあ~と声を上げる。そしてたちまち黙ってしまう。わあ~以

外は言葉にならないらしい。黙ったまま星空を仰ぎ、そこで初めて宇宙を思うのだろう。宇

宙にはこんなにも星があるのだ、それも見えているのはほぼ銀河だという、何だこりゃ!!


 銀河とくれば、天の川みたいなのが数えきれないほどある、ということになる。どう見て

も想像が追いつかない、想像、妄想、空想の埒外に宇宙はある。もし天の川銀河の端から端

まで行ってみろ、ということになれば、どういうことになるんだ⁉



 まだ火星にも人は行けていない、それなのに天の川の端から端まで、なんて何処の誰がほ

ざくんだろう、冗談にもほどがある。とてもじゃないが、宇宙なんてこの頭では到底考えら

れない、だからもう面倒くさい、あんなもの無いことにしちゃえ。


 と思うがどっこい、この広い(広いの概念が違う)宇宙に、生き物がいるだろうと探して

いる人もいる。広いんだから、星が死ぬほどあるんだから、宇宙人だっているだろうと。し

かしなかなか見つからない。という言ことは、地球は宇宙の奇跡の星だろうか。


 奇跡の星で、殺し合いをやっている場合じゃねえ!




2025/08/18

蜩や鳴き音かなしき別れ歌

 



 蜩の声を聞けば早く宿にたどり着きたい。


 暑い夏の陽も陰り、どこかの梢で蜩が鳴いている。寂しいような、哀れなような、そんな

鳴き声で一日の終わりを告げている。音量は小さいけれど、耳によく響く鳴き声である。こ

の声を聴くと、一日の終わり、旅の終わり、そして生の終わりまで連想してしまう。


 ヒグラシという名とその鳴き音は知っているが、姿を見たことがない。どこでも目にしそ

うなものだが、やはりセミだからそうそう簡単には見付けられない。是が非でも、なにがな

んでも見たい、というならば、鳴いている木の一本一本を隈なく探す努力が必要だ。




 蜩の鳴き音は、どういうわけか、しみじみとした感情を呼び起させる。これを聞いて、騒

音だ! うるさいくてかなわん‼ という人はあまりいない。秋の虫の音またしかり、しみじ

み聞くひとは多いが、騒音だから取り締まれ、という人もいない(と思う)。


 というか、我らの感情はどうしてこういう特定の虫の音に感応するのだろう。もっとも、

ライオンや熊の吠え声にしみじみしていたら、あっという間にこっちが食われてしまう。その

点虫だったら食われる心配はまずない、安心してしみじみできる。




 虫の音に、寂しさやモノの憐れを感じる「人の感情」というのは、いったいどういう仕組

みになっているのだろう。それはよく分からないが、おおむね音、聴覚に対して、感情が敏感

に反応するように思える。我らの感情は、目、視覚よりも音、聴覚により感応するようだ。


 粉雪吹きすさぶ津軽海峡の冬景色を見て、凍える寒さに立ち尽くしてしまうのだけれど、

これも腹の底を抉り出すような海鳴りの音があってこそ、いっそうすさまじく見える。海鳴

り鳴かりせば、ああ! 寒そうだな、で終わってしまうかも知れない。


 音、というのは不思議な働きをする。




2025/08/17

送り火の灯る角々宵迫る

 




 お盆の賑やかさも一段落、送り火の日。


 家々の角に松明の小さな火を灯す。ゆらゆらと火が揺れて、暑い夏の日が暮れようとして

いる。裏山で蜩が鳴いて、山肌が少しづつ薄闇に包まれてゆく。送り火もいつの間にか薄い

ベールに囲まれ、辺りに夜の闇が迫ってきた。また来年・・・か?


 お盆の終わりは夏の終わりを告げる、帰省者もそれぞれ都会に戻ってゆき、賑やかだった

まわりがやけに静かなことに気づく。空を見上げれば筋雲がたなびき、朝晩に涼しさを覚え

て、苦しいほど暑かったが、夏の華やぎもいつの間にか影を潜めた。




 さて、今年は夏を思う存分満喫しただろうか? どうも鬼の暑さにビビってしまって、いじ

けていたような気がする。NHKが、表に出るな、水分取れ、クーラーかけろ、と騒ぎ立てる

ものだから、ひとたび表に出た日にゃあ、焼き殺さるように考えた。


 これに恐れをなして、あまり表に出なかったし、暑さに身をさらすというほどのことさえ

なかった。で、今思い返してみれば、クーラーの中にちんまり籠ったきり、だったような記

憶しか残っていない。これでは夏を満喫どころの騒ぎではない。ただいじけていただけ。




 やっぱりこれではイカンのじゃないのだろうか。暑いけれど、夏にやってみたいことがゴ

マンとあるのに、脅されて恐れをなし、薄暗い部屋に籠りっぱなし、というのは如何にも情

けない。暑さの中で汗をだらだら流しながら、両手を広げ飛び出すべきではないか。


 なにしろもう後がないのだ。やりたいことは、夏だろうが地獄の暑さだろうが、何だろうが

やってみなければならない。やってみて、ぶっ倒れて後悔するか、やらずにいじけたまま後悔

するか、どっちがいいのか? 来年こそNHKの言うことなんか聞かんゾ。


 老後の夏はいじけっぱなし、では情けない。




2025/08/15




 

 八尾の「風の盆」をテレビで見たことがある。


 薄暗い街の中心にぼんぼりが灯り、三味線と太鼓と、そして胡弓が哀調に満ちた調べを奏

でる。男衆の踊りは要所要所をぴたりと決めて、いかにも男性的。対する女衆の踊りはあく

までもしなやかに、あでやかに、白っぽい着物がふわふわと流れるように踊る。


 男女ともに編み笠を眼深に被って、顔は見えないけれど、それだけに返って女性のしなや

かさ、あでやかさが浮き立ってくる。街の上空に村雲がかかって、ときおり月の光が漏れてく

る。奏でるお囃子の、特に胡弓の哀し気な調が、空へと立ち上ってゆく。




 全国的に有名な盆踊りは、秋田「西馬音内盆踊り」、岐阜「郡上おどり」、徳島「阿波踊り」

なのだそうだ。いやいや、阿波踊りが盆踊りとはツユ知らず、余にも華やかで賑やかで大規

模なので、よもや盆踊りとは思わなかった。「哀調を帯びた」はないしなあ。


 阿波踊りは新宿の神楽坂で昔見た覚えがある。たしか神楽坂のお祭りの中で阿波踊りが行

われたか、と思う。坂の向こうから大勢の男女が踊りながらこちらにやって来る。その時、

編み笠で半分顔が隠れた女性が、なんとまあ美しく見えたことだろうか。




 盆踊りは日本全国どこでも行われるし、相当古くからの伝統行事であるようだ。しかも

「日本人なら盆踊りだ」とばかり、新興の団地などでも大いに踊られる。どうも日本人の血

に沁みついた慣習であるようなので、ネットにその起源を訊ねてみた。


 AIさんのまとめによれば、始まりは平安時代、空也の「念仏踊り」と仏教行事「盂蘭盆会」

が結びついたものらしい。鎌倉、室町時代になると、娯楽的要素が強まり、江戸時代には庶

民の娯楽として定着した、とのこと。まあ、先祖供養のひとつの形だろうか。


 お盆過ぎれば秋が来るかな?




2025/08/14

ベランダにふと新涼の風の道

 



 九州に大雨が降って大変なことになった。 


 お邪魔の前線が素知らぬ顔でふと南下したため、大洪水が発生し、かと思えば翌日はまた

灼熱の高温になったらしい。家が泥だらけになった後、死ぬような暑さの中で泥を片付けな

ければならない。84歳のお婆さんが、一人じゃどうにもできん、と涙を流していた。


 そんなときに、こんな間抜けた句を書けばぶっ飛ばされるかもしれないが、正直なところ

近頃の朝晩、うだるような熱風が影を潜めて、なにやら涼し気な風が吹いている。扇風機を

止めてタオルケットをかけて寝ている。この地方に新涼が訪れようとしているらしい。




 6月中旬以来、苦しめられ虐められてきた灼熱地獄、もうほんとにいい加減にしてもらわね

ば困る。気候というのは、ちょうどいい加減のところでテを打つ、ということが分からんの

だろうか。西日本はこれからまたこの地獄が続くようなことを言っている。


 当地方はしかし、35℃を越える日もちらほらするが、概ねそれ以下のようだ。それでも昔

の暑さに比べれば驚くべき気温だが、一度40℃近くを体験すれば、涼しくなったと実感でき

る。わずか5℃前後の違いだが、されど5℃である。




 つくづくもう嫌になって、いちいち暑さに応答するのが飽きた。多少暑かろうが何だろう

が、知らん顔を決め込もうと思う。のだが、そこまで達観できないのが人間だからなあ、ま

たぞろ、アチチ、アチチと騒ぎ立てることだろう。困ったもんである。


 まあ、お天気のことだからどうにもならん、ではほんとにどうにもならない。洪水を起こ

す前に何ほどかの手を打たねばならないだろうし、日照りが続けばそれ相当の対応をしなけ

ればならない、と同時に暑さに打ちひしがれる前に、個人的に何か手を打ちたい。


 想定外はもう通用しない。




2025/08/13

大空を裂いていずこへ流れ星

 



 都会の空では流れ星を見るなどトンデモナイ。


 遠い日の俤ばかりが残っている。森に囲まれた暗闇に、すう―っと光ってはたちまち消

え、また一筋光ってはすぐ消える。頼りないような、儚いような、それでも光は明確に目に

映じ、一瞬だけピカリと光る。見ていれば次から次、光っては消え消えては光る。


 あの星たちはいったいどこへ行こうとしているのだろう。果てもない宇宙の虚空をさ迷って

いずこへという宛もないのかもしれない。いわば宇宙の根無し草、いずこへ行こうと風任せ

(宇宙の風はあるのか? )、あなた任せの風来坊。まあ一面では楽しそうだ。




 今ではよっぽど暗い場所に行かなければ、流れ星でさえ見ることが出来ない。街の明かり

が強すぎる。夜のしじまをふらふら出歩いても、夜中に何か買って食うとしても、なんでもで

きるように街中を煌々と照らして憚らない。夜は眠るもんだということさえ忘れた。

 

 狭い日本どこへ行ってもそんなだから、アフリカに行くか、極地へ行くか、どうにかこう

にかしなければ、星空なんて夢のまた夢、星に願いを、なんて懸けたくてもかけようがな

い。子供のころ、この闇夜があったことを今ではほんとにありがたいと思っている。




 遠い昔には存在し今では無くなった、あるいは極端に少なくなったものは、顔も見えない

闇夜もそうだけれど、その他にも数多い。星がごっちゃりの空、蛍飛ぶ小川、祭の搗きたて

餅、春の小川(今では溝になった)、源五郎、井守、田螺、赤とんぼ。


 代わりにやってきたのは、パソコン、ゲーム機、ポケモン、SNS、YouTube、スマ

ホ・・・でもこれらは馴染みが薄い。手にしてみても、しっくりと馴染まない。なんだか全

~~んぶ他人事のように思う。今どきこの態では? と思うが、いいんだもう!


 懐かしさを抱いてそろそろ参ろうか。




2025/08/12

街の音どこかに消えて盆休み

 



 街の騒音がふっと消えて奇妙に静かだ。


 もしかすると皆んなが帰省やら旅行やらで、街の中が空っぽになったのかもしれない。お

正月にもこんな奇妙な静寂にふと気づくことがある。故郷をたたんで、更に金もない身は、

どこへも行くあてとてない。奇妙に静まった街の中で、家に籠っている。


 民族大移動はおおむね年に3回、即ちお正月、ゴールデンウイーク、そしてお盆。大移動し

てどこへ行くのかと思えば、ほぼ田舎へ、それも久しぶりに田舎に住む爺ちゃん、婆ちゃん

に会いにゆく。(ゴールデンウイークは今どき海外かなあ? 




 パパとママと子供は都会に住んで、爺ちゃん婆ちゃんは遠い空の下に住んでいる。なぜ離

れて住むのかといえば、そこはそれ、いろいろ事情があって一言では言えない。離れて住ん

でいるが、やっぱり孫は可愛くて、たまの帰郷を首がちぎれるほど長くして待っている。


 都会で忙しい毎日を送っている両親と子供たちは、爺ちゃん婆ちゃんの家でほっと一息つ

くだろう。そして珍しい、日頃口にしたことがない田舎料理を食べて、ますますほっとするだ

ろう。この時パパママは、なんでくそ忙しい都会で生活してんだろう⁉ と一瞬思うのだけれ

ど、まあ今更しかたないよナ、と急いでその思いを振り払らったりする。




 お盆に大挙して帰省する、という習慣文化は日本だけだろうか。お盆といえばお坊さんが

きて読経などするから仏教と関係ありそうだが、タイなどはどうだろう。あまりお盆などと

いうことは聞かないような気がする。(なにしろ行ったことがないから解らない)


 ひょっとして仏教とお盆は関係ないかもしれない。もしかすると日本古来と言われる祖先

崇拝が仏教と手を組んで、それでお盆というご先祖を敬う行事が習慣化したのだろうか。そ

れでもまあお盆は、爺ちゃん婆ちゃんと孫たちの貴重な邂逅の機会、大切にしたいものだ。


 お盆が過ぎれば秋が待っている。




2025/08/11

谷川に飛び込む子らの残暑かな

 




 多摩川の支流、秋川の川遊びスポットを巡ってきた。


 上流に町や耕地があまりないから水は案外にきれいだ。まず上流の温泉施設「瀬音の湯」

に車を止めて十里木の遊び場に行く。赤い橋の上から谷川を眺めると、もう子供たちや大人

も混じって、泳いだり崖から飛び込んだりの大騒ぎ、谷間に歓声が響き渡っていた。


 驚いたことに、小学1,2年生と思われる小さな子が、3mほどの岩の上からよどみに向か

って身を躍らせている。彼らの身長からすれば随分高く感じられるはずだが、小さな女の子

までが恐れげもなく飛び込んで、その後母親に向かって泳いでいく顔が誇らしげに見えた。



 中流に下り、気分を変えてお寺「広徳寺」に立ち寄ってみた。季節っぱずれの鶯の声が響

き、蝉は鳴くのを止めて、だれもいない閑静な境内に涼しい風が吹き抜けた。こころなし

か、夏が静かに過ぎ去っていくような風が、頬を撫でてゆく。


 本堂脇の草っぱらにどっかり座って昼飯にした。ふと前を見ると草の茎にセミの抜け殻、

見渡せばあっちの草にもこっちにも、なんぼでも見える。先日、セミの抜け殻はあまり目に

しないよなあ、などと書いたが、とんでもない、やはり抜け殻はセミの数ほどあったのだ。


 お寺を立ち去って川沿いを歩き「秋川橋河川公園」に行く。驚いた。河川敷の砂利の上に

何十ものテントが並び、何百人もの人がバーベキューをしていた。しかし流れの緩やかな浅

瀬は子供たちの領分、水鉄砲を持った小さな女の子が可愛くて見とれてしまった。



 夕刻迫る頃さらに下流の堰がある場所にもいってみた。しかしなんでだろう、ここは閑散

としていた。テントには二組の家族しかいない。夕方になったので皆帰ってしまったんだろ

うか。前の二カ所がすごい盛況だったので、なんだか肩透かしのようだ。


 それでも川の中には、小学低学年ぐらいの女の子3人、仲良く浮き輪でぱしゃぱしゃやっ

ていた。傾いだ日が斜めからさして残照が煌めく。長い時間ぼんやり川面を見つめて過ごし

た。どうもなんだか、今年の夏が後ろ姿を見せ始めたらしいな、などと思いながら。


 灼熱の夏よさらば、もう来るなよ。


 

短い動画(BGM・キャプション) 

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2025/08/08

孫娘花火夢中の日もありし

 



  やっぱり夏は花火だという。

 

 庭ともいえぬ狭い隙間で、こればかりは盛大に敢行する。火薬に火がついて一瞬昼のよう

な光がはじけ飛び、その上バチバチと火薬の音がして、なんだか少し怖い。怖いけれど様々

な色の炎は美しい。美しいから手が離せない。瞬きのうちの夢のようだ。


 その娘もドカドカと学年が上がって大人になってゆく。今ではもう花火に夢中になるのか

どうか、極めてこころもとない。子供はほんとに瞬く間に大人になってしまう。そうして少

しづつ大人の世界から離れ、自分の世界を築き上げる。爺はほろ苦く眺めるしかない。




 家庭花火はともあれ、大人のための花火大会は、三浦半島の海岸ぷちの花火が強烈に印象

に残っている。なにしろ腰を下ろした砂浜の、すぐ鼻の先の海でぶち上げるのだから、もの

すごい音と光である。ドカ~~ンで見上げれば鬼ほどもデカイ光の滴が頭上に降って来る。


 少し離れた民家の庭先でビールを傾けながら見ていれば、極楽、極楽、こんないいことは

ない。三尺玉が連発して、次々に赤、青、黄の大輪の花を咲かせ、滴となって波間に消えて

ゆく。酔うほどに美しく、酔うほどに夢の中に溶け込んでいくようだ。




 花火大会も、有名どころでは、長岡、横手、それに隅田川などがあるようだが、三浦半島

の花火を見たから、もう一生分を見た気になって、出かけていこうという気にならない。だ

いいち、そういうところでは蚊の大群にガシガシ食われるのではないか。


 その上、人が無暗やたらにいるだろう。ワアワア言って何が何だか分からなくならない

か。見終わって帰るとしても、ちょっと歩けばいいや、ということにならないだろうし、考え

るだに大変そうである。誰もいないところで自分専用の花火大会なら見てもいい。


 孫も花火も、思えば遠くなりにけり。




2025/08/07

空蝉の主はどこの木大騒ぎ

 




 セミの数だけ空蝉があるはずだが。


 それほど頻繁に目にすることがないようだ。目にすれば、おっ! 珍しい、と思うほどの

貴重なものに思える。しかしよーく考えてみれば、枝で大騒ぎしている蝉の数だけは、どこ

その抜殻が無くては計算に合わない。たぶん草場の陰あたりにきっとあるのだろう。


 それとも、セミは声がデカいし人の思惑などお構いなしに鳴き立てるので、そこら中の木

の枝がセミだらけ、と思ってしまうが、案外数は少ないのかもしれない。とにもかくにも大

騒ぎするから、ドえらく大勢が群がっているように思うだけなのだろうか?




 しかしセミはどうして、殻を脱ぐ、というようなシチ面倒くさく、かつ危ういことをする

のだろう。詳しいことはまるで知らないが、昆虫というものは皆、こんな面倒くさいことを

しながら生きているのだろうか。そういえば蟹なんかも脱皮するなあ。


 彼らは脱皮した後、少年少女時代とは似てもにつかぬ、蝶やトンボなど、優美な姿に一変

する。まるで化かされたようなものだ。こんな複雑な、面倒な手続きを踏まないと生きてい

けない、というのも難儀なことだなあ。我々のように少しづつ大きく成ればいいのに。




 かくのごとく、生き物は不可思議の塊。だいたいが、この地球に生命の種が生じた、とい

うことが根本的に不思議だ。その種がウジャムジャ何かがどうしてこうなって、それが何十億

年という、うんざりするほどの年月を経過して、こうなっているらしい。


 まあそこまで行くと、なにがなんだかよく分からん話になってしまうけれど、地球という

乗り物が、神様に選ばれた(神様がいるとして)、珍しい星なのかなあ、と神様の方に下駄を

預けるより仕方がないように思う。今日もセミが鳴いている。


 抜け殻がとんでもなく膨らんでしまった。




2025/08/06

渓谷の瀬音も高く夏木立

 




 超弩級の暑い日があまりにも続くので奥多摩に逃げた。


 奥多摩は標高が500mほど、かつまた緑の山に囲まれているから涼しい。奥多摩駅からバス

で小河内ダム(奥多摩湖)までいったん登り、そこから現・青梅街道を少し戻ってから昔の

青梅街道を歩き、また奥多摩駅に戻ることにする。


 小河内ダムは、無残とも思えるほど水位が下がり岸辺が露出していた。このまま雨が降ら

なかったら、ドエライことになりそうな気がする。しかしダム湖は青い水をたたえ、周りの

山々の緑はとても美しい。こういう景色を見るだけでも、涼しさが感じられた。




 昔の青梅街道は道幅3mぐらいだから、車はほぼゼロ、のんびりゆったり歩ける。左手は切

り立った山の壁だが、右手には多摩川の流れが寄り添っている(逆だ、道が川に寄り添って

つくられた)。瀬音が絶えず耳に届き、これもまた涼し気に感じる。


 道沿いに僅かな民家があるが、あるものは無住となって朽ちこぼたれ、あるものは空家と

なっていたが、むろんまだ現役の人が住んで居る家もある。人が住んでいれば傍の空き地に

花がある。花があれば、歩き疲れた体とこころに沁みてくる。




 小河内ダム建設のために使われた「資材運搬鉄道」の残骸も、随所で目にした。朽ち果て

ようとしてまだ頑張っている鉄橋の残骸、赤錆びて草に埋もれたレール、暗い口を開けたま

まのトンネルなどなど、なんとかこれの使い道はないだろうか。


 奥多摩駅近くまで戻ってきたら、日原川で大勢の人が水遊びをしていた。水が恐ろしく澄

んでいるから冷たそうに見えるが、むろんこの暑さだからそんなことはないだろう。川の流れ

にどっぷりつかったり、岸辺でバーベキューをしたり、とても楽しそうだ。


 歩行距離約10㎞、楽しかった涼しかった。



短い動画 (BGM、キャプション)

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2025/08/02

遊ぶ子の居なくも鄙に赤まんま



 

 草深い田舎道には寥々として人影がない。


 いったいどこへ行っちまったんだろう、と思うほどまず人がいない。家の中にひっそり籠

っているのだろうか、それとも野良に出かけたのだろうか。それにしても野良でも人を見かけ

なかった。里の家々は森閑と静まって、夏草が風に揺れているだけだ。


 そういうところに犬蓼が赤い穂を出して、わずかに華やぎを醸し出している。この赤い実

を、子供たちが「赤まんま」に見立てて「ままごと」をする、というのだけれど、子供なん

てどこを探しても見つからない。家族もろとも突然消えてしまったのだろうか。




 田舎から人が消えるのは無理もないなあと思う。おおむね暮らしが不便だし、ともすると

医者さえいない。若い人は「オラ、こんなとこイヤだあ」と言って都会に出ていってしま

う。若い人がいないから、若い嫁さんもいない。結果、子供たちもいない。


 そうして年寄りだけが残り、やがて限界集落になって集落そのものが無くなってしまう。

これもまた止む得えなければ仕方がないこと、だれだって便利に快適に暮らしたい。そうし

て、昭和の田舎暮らしは令和の街暮らしへと変わっていくのだろう。




 ところが近頃、「田舎暮らし」「古民家再生」などと言って、都会から山奥へ移り住む人が

結構いるらしく思われる。どちらかというと若い人に多いらしい。これは年寄りから見ると

到底信じがたいことである。なんでわざわざ便利な都会から不便な田舎に行くのか!?


 これは一種のプチブームなんだろうか、それとも「まっとうに生きる」ことを真剣に考え

たら、やっぱり田舎だよナ、となった結果なのだろうか。どうもどちらなのかよく分からな

い。もし後者ならば、日本人の価値観が大きく変わる、その潮目なのかもしれない。


 田舎でときおり遊ぶ、が年寄にはいいなあ。




2025/08/01

酷暑の陽ついに八月に至る日々

                  



 ついに八月になってしまった!!


 この2か月の間、暑い暑いしか口にしなかったような気がする。それほど狂ったようにア

チチの日が、これでもか! と続いた。6月下旬からだから、もう1か月半も毎日々々30℃

以上の日々だった。こんなべらぼうなことがあっていいものか。あったんだなあ、これが!


 それでもここ数日、日中は変わらず鬼のように暑いけれど、朝晩の風が、そこはかとなく

涼しく感じられた(ような気がする)。まさか? と思ったけれど、ひょっとすると秋が知ら

顔を装って、忍び足でこっそりと近づきつつあるのかもしれないが、とても信用できない。




 短くはない経験によれば、8月は一番暑い月だ。6月から7月中旬まではれっきとした梅雨、

れから梅雨が明けて本式の由緒正しい夏となる。速やかに地球が温められて、それでもっ

て8月上旬が一番熱くなる。それからお盆で、過ぎれば秋風が吹いた。


 これが由緒正しい日本の夏だったのだが、近頃大いに狂ってきた。今年と来た日にゃあ、6

月上旬にちらっと梅雨になって、その後即、真夏が始まった。もう容赦なく30℃越えの日々

である。もう気温は上がる一方、とめどなくドカドカ上って、40℃に近い日が続いた。



 こんなことがあっていいのか!? と怒り心頭に達する日々だったが、そんなことは知っ

たことではない、とばかりに地獄の暑さが続いた。が、さてこの後どうなるのか? 知った

こっちゃない、日々が9月まで続くとなれば、もう我慢できない。


 すでに野菜の被害が報道されている。魚だって獲れないだろう。諸物価どしどし値上がり

を待っている。年金は一滴も上がらない。我ら庶民は食い物に事欠き、暑さに押しつぶさ

れ、未来に希望なく、ひたすら物陰に隠れて日々を打っちゃるしか手がないではないか。


 屋根の下で溶けたように過ごそう。




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