今年も、まあまあだった。
来年も、まあまあなら言うことなし。
(ネットから拝借)
雪国の方はいま恐ろしいほど雪が降っているらしい。
毎年この時期…年末のころに大雪が降るようで、よく年末寒波とか言われている。どう
してよりによってこの時期なのか、人が皆お正月で帰省したり、どこかへ遊びに出かけた
りのこの時期に、全く以て大迷惑な、意地悪なことである。
テレビのコマーシャルに、角巻を被ったお婆さんが、降りしきる雪の中へぼうっと霞んで
消えてしまう、という画像が流れたりするが、どこへ行こうとしていたんだろう。病院へ行く
途中だったんだろうか、自宅へ帰る道すがらだったんだろうか。
今では角巻も消えてしまったかもしれない。その代わりに倍も軽くて倍も温かいダウン
やら何やらが角巻にとってかわったのだろう。囲炉裏や火鉢がとっくに消えて、あかあか
とストーブが燃え、エアコンが音もなく温める時代になってから、だいぶ久しい。
かように生活はドンガラカッタと便利に楽になったが、雪はこともあろうに、そんなことは
構わずに降って来る。そうして昔と同じように、なに構わずゴンゴン積もっていく。気象は
人の世が便利になろうが合理的になろうが、一切お構いなしだから困る。
自然現象が、人の世の発展や進歩をひとっ垂れも考慮することなく、大昔通りにゴリ押
ししてくるのに、大いに戸惑ってしまう。楽ちんで安全な世の中だと思っていたのに、いき
なり自然が大暴れして、その結果少しも安全でもなければ楽ちんでもないと悟った。
雪の中に消えた角巻のお婆さんの時代には、高速や新幹線の立ち往生などなかっただ
ろうけれど、便利、快適を追及するこの流れはどうしたって止めようがない、とすれば、そ
の裏にいつも潜んでいる、自然現象の恐怖にどう向き合えばいいのだろうか。
角巻のお婆さんはどこへ行こうとしていたのだろう。
(AIさん作成)
年末の大掃除もほとんどしなくなった。
なんといっても面倒くさくなって、出来ればこんなことやらずにサボっていたい。そのお
かげでメリハリがなくなり、のっぺらぼうに時間だけが流れてゆく。が、しかし、サッシの掃
除だけは命じられる。「なァにもせんで、ゴロゴロしてんじゃねえ! 」と檄が飛で来る。
雪こそ降らないが、外は寒い。北風が吹いて日差しは弱い。窓を濡らすモップの水が手
に懸かって冷たい。どう考えても面白い仕事ではないが、世のなかに面白い仕事などあ
ろうはずがない、とこれは諦めざるを得ない。まあ、ぼちぼちやることにする。
先ずモップを濡らして窓ガラスを拭く。着いている汚れは砂埃のようなものだから、意外
に簡単に洗い流されてゆく。しかるのち、モップに着いているゴムベラのような面を、窓ガ
ラスに密着させ、ごりごり~~、と上から下に扱き下ろす。でもこれが問題だ。
何が問題かと言うと、ゴムベラの軌跡の両端に汚れの筋が残るのだ。ゴムベラの端っこ
に汚れが浮き出す。これはしたり、とその部分を擦ると、また端っこに汚れが残る。鼬ごっ
こになって、完全にきれいにするのは無理だと思い、すぐさまいい加減で止める。
ふと気づくと、ガラスの内側(家の中の面)に汚れが目立つときがある。これもついでに
きれいにしたいが、表側を掃除したモップをいきなり家の中に入れると、汚い水が滴るし、
家の中の汚れは砂埃ではないので、簡単には落ちない。仕方ない、無かったことにする。
そんなことで、掃除をするとやはりそれなりにきれいになる。大いに安心して、これから
向こう一年間、放っときぱなし、なるべく触らぬように、見ないように心がけて過ごす。かく
て我が家の年末大掃除は、サッシの掃除だけを請け負うこととなって、久しい。
なんのけじめもない日々を送っている。
今日と明日、ただ過ぎ去ってゆく一本の時間の流れのように思っている。だからそこに、
今日、明日のけじめはない。同様にして、去年今年もまた、自分にとってけじめがない、と
思っているのだけれど、さすがにすぐ前に「新年」というべきものが立ちはだかっている。
世の中にとって大きなけじめである新年を、まったくけじめのない気分でやり過ごすこと
は難しそうだ。いくらなんでも、年末も新年もなく、ただのっぺらぼうに時間を打っちゃる
わけにはいかないと思う。少しはけじめをつけた風に振舞わねばならないのではないか。
さて、そのけじめをつけるとは、どういうことなのか? おそらくこういうことではないか
と思っている。それはまず、今年あったあれこれを思い出し、反省すべきは反省し、よって
もって、それを来年の行動に生かすべく気持ちを新たにする・・・と言うような。
もしそういうことだとすれば、今年の我が行動は、ひょっとすると全部が反省になってしま
う。反省しなくともいいものは一つも残らない。これは困ったことだ、猿のようにすべてを
反省しなくちゃならない。それはあまりにも辛いから、もう反省するのは止めよう。
反省するのを止め、今年は振り返らずに、来る年を考える。キッパリ前だけをむくことに
する。とにかく来年も楽しいことだけしたいと思う。それには、まずは楽しく歩けるように、
もう少し足を鍛えたい。ちょっと歩かないでいると、我が脚はすぐサボルんだよなあ。
そうして元気になれば、旅行にも行きたい。大それた、海外なんてものでなくていい、国
内のそこいら辺をちょこまかと見て歩きたい。国内にだって感動するものは残っているだ
ろうと思う。例えば、古街道だとか、古い民家だとか・・・そういもので満足だ。
ジングルベルの季節だが街は意外と静かだ。
と言うか、こっちの意識がクリスマスから遠く離れてしまったのでそう思うのかもしれな
い。クリスマスの真似事をしたのは、まだ子供が小さい時で、ある年寝床にプレゼントを置
いたところ、目覚めた子供がひどく驚き、長男がなにやら悩み始めたことを覚えている。
サンタさんが夜中に来てプレゼントを置いた、なんてどう考えてもおかしい、と悩み始め
たのかもしれない。小さい子にこんな嘘をこいていいのだろうかと考えさせられたが、この
時は確か、包装紙が近所のスーパーのもので、あっけなくばれたように記憶している。
クリスマスと言えば、子供のプレゼントのほかに、年の瀬の浮かれ調子に巻き取られ、ち
ょうどボーナスなどもちらちらするから、もっぱら夜の街を呑んだくれて彷徨った。今考え
てみると、ひどく安給料でビンボーのどん底だったのに、よくも飲み歩いたものだ。
子供が大きくなるとともに、そしてこっちの体力がなくなって無茶な吞んだくれも出来な
くなって、だんだんとクリスマスはなんだか遠ざかっていった。ただ、景気のいいジングル
ベルの音に淡い郷愁のようなものを覚えるが、それだけの話となった。
本物のの、と言ってはおかしいかもしれないが、クリスチャンにとってクリスマスはどうい
うものなのだろうかと、ふと思う時がある。こっちはその日だけの俄かクリスチャンだった
から、そう言うことはちっとも分らない。ただのイベント、お祭りだと騒いでいいのか⁉
などと思いもするが、大抵のものは輸入品で間に合わせてしまう器用な日本人であるか
ら、まあ、それでいいのだろう。しかし不思議なことに、いろんなものを輸入はするが、どう
も肝心かなめは、頑として変えないところがありそうで、ふしぎな人たちだ!
海女さんは冬も海の仕事をするのだろうか。
そこは知らないのだけれど、まあ厳冬の今ではなく11月ごろならば、もしかして海に潜っ
て貝などを獲っているのかもしれない。なにしろ現実の海女さんをまじかに見たこともな
いし、海女さんの仕事を調べたわけでもないので、実にイイカラカンの話なのだ。
しかし彼女らが海に潜って漁をする姿をテレビなどで、見ると、いやはや実に大変な仕
事だなあ、と思う。水の中に潜るということを、例え2,3mほどの潜りにしろ、なまじに知
っているだけに、4mも5mも潜るという事がいかに大変な所業であるか分かる気がする。
潜りを終わっても、彼女たちはそのままスタスタと家路を急ぐ、などということはなさそう
である。たいてい、「どっこいしょ」と浜辺の苫屋に引き上げてきて、狭い苫屋がどうにかな
ってしまうほどの盛大な焚火を作り、貝などを焼きながら焚火で暖をとる。
そうすると疲れ切っているから、おのずと眠くなって「あ~、ああ~~」などと言いながら
ごろりと横になって、本格的で決定的な休憩体制に入る。こうしてその日の海の疲れを、
どこか遠いところへ雲散霧消させ、清々しい気分で家路をたどるらしい。
これはもちろんテレビ映像などを通じて、かって次第にイメージしたものだが、AIもまた
同じようにイメージしたらしい。一発でこの画像ができてきて、「おおッ、すげえ! 」などと
血迷ってしまって、迷わずこの画像にしてしまったが、はたしてどうか。
ほんとの海女さんの暮らしは、あんなテレビみたいなもんじゃねえ! という事かもしれ
ないけれど、街場のサラリーマンの暮らし位は、なんとか想像できるところだが、漁師、農
業、代議士、弁護士、医者、大学教授・・・これらの暮らしはトンと想像の外にある。
日本人お互いを緩く想像しつつ暮らして。
冬桜が咲いているのを偶然見つけた。
なんでまあこんな時期に! と思ったけれど、うっかりとは言え咲いてしまったからには
全部の枝に花をつけるらしい。なかんずく、花びらがほんのりと紅く色づいているのもあ
り、これはこれで開花という全責任を全うするらしく思われた。
早春を思わせるような小春の陽が明るく降り注ぎ、桜でなくてもうっかり間違えそうな陽
気なのだから、まあ、こういうこともあり得るのかなあと思ってもみるが、しかしいくらなん
でも桜はやり過ぎのような気がする。「冬桜」なんて言う言葉までできている。
桜に限ったわけでもなく、ツツジなども変てこりんな時期に花を咲かせたりするものがあ
る。しかし今まで見た限り、ほんの一部の枝に、ほんの少しだけ咲かせてしまった、という
状態だったので、なにかうっかり間違ってしまったことを恥じているようでもあった。
どうして植物はこういう「つい、うっかり」をしてしまうのだろうか? 例によって「どたん
場検索」すると、植物の開花は、日の長さ、気温などに大きく影響されるものらしい。そん
なもん、照る日曇る日で変わるだろうし、気温など毎日変わる。
要するに日の長さや気温など、決してアテにできない要素であり、そのちっともアテにで
きないものに左右されるわけだから、そりゃあ、うっかり間違えるのもやむを得ない、と思
う。これまでは「今頃咲いて、バッカじゃねえの」なんて言っていたのは、全面取り消しだ。
しかし帰り花と言うのはそういうわけもあって、かわいそうなほど意気消沈して咲いて
いるものが多い。威風堂々胸を張って、というものはまず見かけない。「へい、すんませ
ん、こんな時に、こんなところでうっかり咲いてしまって・・・」と平謝りしている。
こんど見付けたら元気づけてやろうと思う。「なんのなんの、花のない時期にうっかりと
は言え、わざわざ咲いてもらってタイギなことです。おかげで楽しい気分になります。寒い
時期に本番の春を思い描くことができます。どうか卑下なさらずに・・・」
こっちもシオタレテはいられないゾ。
本を買わなくなってもう大分経つ。
買いたい本が分からなくなったし、市の図書館が近場に新築されたので、もっぱら図書
館を利用するようになった。と言っても、ほんの時たま立ち寄って借り出してくる程度であ
って、無暗に立ち寄ってごってりと本を抱えてくる、と言う真面目さは持ち合わせない。
単行本をいそいそと読む人が、ほんとの本好きな人だろうと思うが、こちらは専ら文庫
版、新書版である。こっちのほうが小さくて軽くて、もち運びが楽ちんだ。寝床で寝っ転が
って読むのを常としているので、重くておっきい本はなかなか扱いに困ってしまう。
昔買った本が本箱に無暗やたらに押し込まれ、茶色く変身した紙屑のような按排になっ
ているが、捨てよう棄てようと思いながら、なかなか実行できずにいる。今は無用の紙くず
とは言え、いささか惚込んで、夢中になった過去もあり、ポイっというわけにいかない。
なかなか捨てられない古女房みたいなものかと思うが、よくよ~~く考えてみれば、今
どきは向こうがこっちを、いとも簡単に鼻歌交じりで捨て去る世の中、まあ捨てられなかっ
ただけ儲けもの、なんと言っても家事全般、死ぬほどめんどくさいからなあ。
冬ごもりなどと、こと改めてしないだろうけれど、寒いからやっぱり出不精になる。これが
雪に降り込められる北国などでは、実質的に籠ってしまう結果になるのだろう。かてて加
えて寄る歳なみ、よほどの用事があって、オーシ! と掛け声でもかけぬば出られない。
そのような状況に立ち至れば、やっぱし頼るのは本。スマホ、パソコン、ネット、SNSの時
代だけれど、こっちの新しいメディアはまだ発展途上であって、成熟していないように思
われる。古い人間だと罵られようが、やっぱり本に勝る冬ごもりの道具はない。
だけどほんとに読むのかなあ⁇
信州松本市のあたりで周りを見回すと、息を呑む光景が広がる。
地上は冬ざれた寂しい眺めだが、ふと上空に眼を向けると、遥かな蒼穹に真っ白な雪が
テキレキと輝いている。雪の峰が、とんでもない高みに浮かんでいる。こういう光景は普
段目にしないから、なんだか神々しいような気分が沸き上がってくる。
松本のあたりに住んでいれば、冬と春にはこういう景色が毎日展開するのだろうと思
う。冬には日ごとに白さを増す峰々、春には麓から緑が増す風景、これをタダで目にす
ることができる。羨ましい限りだが、毎日その景色に息を呑んでいては呼吸が苦しい。
信州はいたるところ絶景の宝庫のような気がする。松本安曇野は山と川の美しさ、姥捨
てから見る善光寺平の水田の光景はひとしお。上田小諸は水と里の織りなす美しさ。佐
久平は浅間山の眺め。高遠は風の涼しさ。木曾街道は今に残る宿場のなつかしさ。
信州がもう少し近ければなあ、と思う。日帰り旅行と言うのがちと無理であり、どうして
も泊りを考えねばならず、予約だとかなんだとか、ともかくめんどくさい、が前面に出てし
まう。好きな時にひょいっと行って帰って来る、という事が気軽にできないから困る。
今後もなおもって信州に行ってみたいと思っているが、なにしろ人気観光地であるだろ
うから、できれば人があまり行かない時期に、人があまり行かない場所に行きたい。世の
中そんな都合のいいことばかり行くもんか! (怒!)・・・だよなあ!
もし都合よく行くならば、塩の道と呼ばれる千国街道や、白馬青鬼の古い建物群など
を、日がなぶらぶら歩きながら巡ってみたいな、とこれは一つの夢物語。夢を持つのは大
切、ひょっとしてもしかすると、夢が現実になったりする。油断してはいけない!
干し柿がまだぶらさがっていた。
陽だまりのベランダは、冬日を受けて温かそうだが、なによりも柿が干してある情景は
強烈に郷愁を刺激して、思いもかけず懐かしく思う。一瞬にして時間が短絡し、子供の時
に、たぶん目にしたであろう光景を、ありありと脳裏に浮かべてくる。
窓辺にほんの少しばかり干してあるのも、なにやら可愛らしく思えるし、生産者が屋敷の
あらゆる窓辺に鈴なりのように、すだれの如く干してあるのにも郷愁を感じる。これはあな
がち、谷内六郎の絵に感化されたばかりではないだろうと思うが、どうだろうか?
山梨塩山の野っぱらを歩いたとき、古民家の日当たりという日当たりに大きな柿がびっ
しりと干してあるのを眼にした。あの独特な、屋根から庇が突然飛び出したような古民家
だったが、屋根の軒下、窓辺、庭の干し台の上、どこもかしこも干し柿だらけだ。
塩山のは、枯露柿(百匁柿とも)いう巨大な柿で、それをなにやらで燻蒸してから、一個
いっこ縄に結び、軒下などにぶら下げるだというから、大変な手間暇がかかっている。試
みに一つ食ってみたら、肉厚でとろとろと蕩けるように甘く、思わず目をむいてしまった。
12月も中旬になって、干し柿も窓辺を離れ、それぞれ行くべき場所に移動してしまった
と思われるが、たまたまここでは干し柿を作るのが遅れたかどうか、ぶらさがったままだ。
ひょっとして、この柿は子供たちのおやつであって、ゆっくり作っているのかもしれない。
日が極限まで短くなって、日当たりの時間も少なく、ゆっくりじっくり日に当てた方が、お
いしい干し柿ができるのかもしれない。冬至まであと6日、残り少ない短日を、それはそれ
としてゆるゆると味わいながら、冬至を乗り超えたいと思う。
雪が降ると辺りいちめん真っ白くなって見分けがつかない。
田んぼも畑も、凸凹がなくなってどこが何やら、さっぱり分からなくなる。そんな真っ白な
原野がずう~っと向こうまで広々と続いて、いつもは歩けないそんな野の広がりを歩いて
みたくなる。だがもちろん、そんなところを無暗に歩いては叱られる。
初雪だとそんな光景も、なにやら初々しく珍しく目に映り、山も野も川もみ~んな雪にき
らきら輝いてとても美しく見える。「雪見」などと言えば、雪国の人は目をむきそうだが、め
ったに雪が降らない地方では、美しいものを見に行く、という感覚になっている。
しかしそれも、初雪がそのまま根雪にならないから、そんな呑気が言っていられる。たち
まち根雪になって、来年の春まで、永があ~い期間、もう地面が見えないとなれば話が違
う。雪の顔など見たってうんざりするだけだし、邪魔っけだし、いいことは一つもない。
そういう極端な気候の違いが、この日本列島には厳然として存在する。列島の日本海側
と太平洋側。前者は雪、後者は晴れ、截然と線を引いたように分かれる。それが冬中ずっ
とだからたまったものじゃない。日本海側の人だけが大損をこいていることになる。
その代わりと言っては申し訳ない次第だが、春が来たときの喜びは、太平洋側の比では
ない。頭上を低く覆っていた暗雲が次第に消えて、陽光がいつもと違うきらめきを見せ、
吹く風がなにやら温く感じられる。春が来たのだ! 待ちに待った春だ‼
こうなったっ日にゃ、もう一気に春が展開する。梅が咲き同時に桜が膨らみ、山の雪がな
くなって、ブナの初々しい緑が陽の光にはしゃぐように照り輝き、濡れた山肌に蕗の薹、節
分草、片栗の花が咲き誇り、日いちにちと温かさが増してきて、初夏の陽気となる。
どっちに住むのがいいのかナア!
(AIさん作成)
鶴は大きくて、しかも美しい鳥…
っているだけでも、美しく見えるのだから得な性分に生まれついている。ことにタンチョウ
ヅルは、羽のほとんど雪のように真っ白で、頭が紅のように赤く、とても美しい。
ただ以前から気になっているのは、この鳥はなにを餌にしてあの巨大な体を維持し、飛
ぶエネルギーを得ているのだろうか、ということ。あの巨体で2000㎞近い渡りをするも
のもいるようで、なまじなエネルギー消費ではないだろうと思う。
それで例によって「どたんば検索」したところ、彼は雑食なんだそうだ。草や穀物も食う
が肉も食っちまう、というから油断ならない。あの優しそうな顔に騙されて、のんびり
水の中で泳いでいた魚が、ひょいっと摘み上げられて、喉の奥へ放り込まれてしまう。
寒い田んぼの中などで、なにかをしきりに啄んでいる姿からは、魚や鼠をとっ捕まえて
食っている姿を想像できないけれど、美しく、優雅で、姿あでやかな鶴とは言え、その体と
活動のために膨大なエネルギーが必要なだけに、これもマ、いたし方がないことだ。
「亀は万年、鶴は千年」とは誰が言いふらしたのか、ともかく昔からそんな風に言われ
て、真に受けてしまっているけれど、実際の寿命は約20年だそうだ。それでもまあ、長寿
のうちだと思う。また、毎年同じ個体がつがいを結ぶということも事実ならめでたい。
そんな風に持ち上げられ、餌までもらっている鶴だけど、昔は食われてしまって、絶滅寸
前になった過去もあり、ちょっと考え込む日もあるのではないか。星降る夜半、何ごとかを
思って身もだえ、虚空に向かってひと声叫びだしたくなる時があるのではないのか。
なんだか「おしん」みたいなタイトルだなあ。
散歩道で菊の花をよく見かけるが、もはや枯れ始めているのがある。あでやかな赤や黄
色の花びらが、縮こまって茶色に変色し、それでもなお散らずに茎に着いている。桜のよ
うに散ってしまえば、この老いさらばえた花をみなくても済むのになあ、と思う。
そう思うけれど、老いさらばえた花を見ると、自分の姿をうんと上空の棚に上げてしまっ
て、なにやら哀れを感じる。おそらくその姿を無意識のうちに自分と重ねてしまって、どこ
かで仲間のような、親しげであるような、そんな哀れさが沸き上がってくるのだろうか。
菊はその姿かたちも、あんまりでしゃばないから好ましいけれど、その香りも何とも言え
ない。ほのかながらツンと鼻孔を刺激し、ふんわりと鼻に抜けていく。菊の咲いているのを
見ると、たいがいはクンかクンかと香りをかいでみる。そうして満足して歩き出す。
いっそのこと、この花を食っちゃえ、と言うのが黄菊の甘酢漬け。丼を近づけると、鼻か
ら口から目のあたりまで、かぐわしい香りに満たされ、しんなりした花びらを口に入れれ
ば、しゃきしゃきの歯触りが実にこころよい。しかしまあ、最近はあまり見かけなくなった。
平安貴族という人たちにはちょっと変わった趣味があったらしく、この枯れそぼった菊
の花もまた床しいものとして珍重したらしい。ンなもん、なんの役にも立たないのになあ、
と言うような合理性がなかったのかどうか、「移ろう菊」として大事にされたそうだ。
これは、だんだん枯れてゆく過程で、花の色が微妙に変化する(例えば、白菊が紫色に)
過程を慈しんだようで、今から思えば、ヱー~、なんで”⁉ なのだが、ともかくそういう風
習があったと、これは「tenki.jp」の解説で縷々説明している。
なんとまあ、そういうご先祖様がいたんだねえ!
冬の林の中はあんがいに明るい。
葉っぱが落ちた枝の間から木洩れ日がしっかりと漏れ込んで、枝が揺れるとあたかも踊
るが如く飛び跳ねるが如く乱舞する。冬の木立だというのに、なにやらあったかさまで感
じられそうである。冬とは言えど、こころまで、こごえ、しばれているわけではない。
葉っぱが茂り放題で、じっとり湿ったな夏よりも、むしろ冬の葉っぱのない、明るく乾い
た林を歩く方が、どっちかと言えば心地がよい。それが雑木林の道ならば、散り敷いた枯
葉が積もって、歩く度にカサコソカサコソ、軽快な音を奏でて楽しい。
そんな風に思えば、冬の野っぱら道を敬遠するには当たらないかもしれない。寒ッ、と
思うから、出かける前から億劫になるけれど、出てしまえば案外ドってことなかったりする
し、歩き出せば体はあったかくなるし、目玉はいろいろ珍しい景色を見て安堵する。
ただ問題は、その出かける前の、イヤだな、と言う億劫な気持ちを、どう押さえつけるか
だ。これがなかなかどうして、難問なのだと思う。人間(と、一般化していいのか? )、どう
しても目の前の、今現在の感情に流されてしまい、すぐに立ち上がって行動に移せない。
今年の冬はこのことを念頭に置いて、宿題にしようかと思う。なにしろ、怠け、ずぼら、軟
弱、どんくさ・・・これらを絵に描いたような性格だから、われながら自分ながら、とても思
うようにいかないだろう、と今からつくづく思うけれど、いちおう努力目標である。
もしも万が一、この努力目標が危うくも達成されたなら、冬の野っぱら道を存分に楽し
むことができるであろう。木漏れ日の林も、風になびく枯れすすきも、若草の枯れ葉を押
しのけるさまも、日一日と遅くなる夕暮も、みん~~な目にすることができるであろう。
ススキの白い穂が無暗に風になぶられている。
しかしよく見ると、人の美しい銀髪が陽ざしにきらきら光っているようでもあり、大変き
れいだ。こうなる一段階前は、穂の一本一本が目立って、その色は茶色のようでもあり、
また紫っぽい色でもあるようだ。それが時期が進むと銀髪になってしまうらしい。
ススキは広大な原っぱを作る。だから、これがまだ緑の時も見ごたえ十分、ざわざわと
波がしらのように風になびき、原っぱのこっちから向こうへと、その波が伝わっていく様を
見るのも、気宇壮大、ダイナミックな気分になる。なにしろ景観がデカいからいい。
しかし秋になって一面が枯れ茶色に代わってくると、なぜか寂しい気分を醸し出す。今
度はその景観のデカさが、逆に渺茫と果てしなく、どこまでも寂しさが続いて行くような気
になる。ススキを唄った数々の歌もみな、寂しさばかりを強調する。
しかしそのような、ススキによってもたらされるさまざまな感情の起伏は、それはそれと
して、モノとしてのススキに着目すると、また全く別な面が見えてきそうである。世界を、と
言うか目に見えるものを、モノに則してみるかどうかは大変重要だと言われている。
第一に、ススキはわれらの暮らしにとってものすごく有用なモノである。ススキが無けれ
ば屋根が葺けない。白川郷のあの景観はあり得ない。瓦と言う焼物が庶民に普及するま
で、ススキが無ければ、みんな雨がザンザン降り注ぐ中で生活しなくてはならない筈だ。
他には、え~と、え~と、ネットに聞いてみたら、箒、お茶、堆肥、飾り物、クラフト・・・など
などに利用されている、と教えてくれた。え~と、あんまり大したものはないなあ。けれど、
ススキは地味のやせたほとんど荒地のような場所でも、お構いなくぐんぐん育つ。
きわめて優秀な草なのだ。
齢を重ねると周りに人が減って無人駅の如くである。
ぽつねんとホームに立って周りを見渡せば、雪が降っていなくとも、寥々として寂しさが
身にしみる。遅れている電車はいつ来るとも知れず、いつまで待っていても近くに人の影
は現れない。齢をとるという事は、こういう事だったとは夢にも思わなかった。
しかし、と一方でまた考える。線路が引いてある以上、いつかはきっと電車は来る。ただ
待っていればいい。そうして車窓から暖かい灯影をにじませながら、寂しいホームに止ま
るだろう。そしたら暖房の効いた車内に入って、同乗者がいて、きっと安心する。
しかし考えてみると(…特別に考えてみなくても)、人は社会的動物であって、人の中で
暮らすようにできているらしい。しかしながら、その人の中には自分にとって好ましいこと
だけをしてくれるとは限らない。なにしろ、誕生して以来この方、戦争は無くならない。
それがしばしば煩わしくなって、「孤独がいい」などと贅沢をこいたりする(らしい)。そん
なことをこいたりもしてみるが、どうしても人は人の中でしか生きられないようだ。煩わし
いけれど、仕方がない、ここんところの兼ね合いが、実は難しいんだろうナア。
けれども「孤独がいい」などとわざわざ言いつのらなくても、齢を重ねるにしたがって、否
でも応でも孤独にならざるを得ない。育てた子供は大きくなってもう寄り付かないし、同
年の親類縁者も、はや年取ってきて一人欠け二人欠け、ふと気づくと居なくなっている。
孤独に生まれたからにゃあ、最後も孤独だ、と誰かが決めたわけでもないだろうが、どう
もそんな塩梅になっているようだ。そう思って、しかたがないからそこは諦めて、孤独の中
に何か楽しみはないだろうか⁉ なんだっていい、ほんのひとときの楽しみだけでいい。
目の限りの田んぼが枯れはてた。
しかし畦道はなにやら緑で、どっかと腰を下ろして休憩し、周りをよく見てみると、冬枯
れの今、若草が萌えだしているらしい。自然界はもうすでに春の準備をして、虎視眈々い
つ春になってもいいように身構えているのかと思う。エライもんだ!
考えてみれば、自然の草花はなにも、人間の作った四季にきちんと合わせて、芽生えた
り枯れたりしなくてもいい筈だ。それぞれの草や花の都合というものもあるだろうし、それ
ぞれに任せておけばいい。冬のうちに芽を出すとはケシカラン、など言ってはいけない。
と言うことなんだろうけれど、こっちは知らないもんだから、なんで春でもないのに草の
芽が出るんだァ、とビックラこく。これから季節は一途に、頑固に冬になって、日が短くな
り、寒さがいやらしくなり、この世のすべては仮死状態、休憩に入る、と思っている。
そういうこっち側の思い込み、固定観念をぶっ壊すのは容易ではない。なにしろン十年
もの長い間、そういう固定観念まみれになってきた。そうそう簡単には壊れそうもないが、
現物、つまり冬の若草をこの目で確認すれば、これはもう手を挙げるしかない。
そういうふうに、自然界を細かく見ていけば、不思議や驚きがいっぱいあるに違いな
い。ただこっちにその「目」がないものだから、大雑把に乱暴に見ただけで澄ましているの
だろう。もっとも視線の先の、ナニに驚き、ナニを不思議とするか、それぞれだけど…
この世界に存在する「モノ」を見る、という事は、これで案外難しいことなのんだなと思
う。日ごろただ何となく見過ごしているけれど、よくよく、穴が開くほど見つめてみれば、ま
ったく違った何かが見えてくるかもしれない。ただ、それを見るのがいいことかどうか?
(AIさん作成)
納豆汁はあまり一般的でないように思う。
などと言えば、秋田山形方面から叱られるかもしれないが、身の回りではあまり見かけ
ないようだ。納豆、それだけなら毎日食してン十年、もはや欠かせない食材になっている
が、納豆汁となると、ひょいっとパックから出して即食う、というわけにはまいらない。
AIさんが教えるところによれば、江戸時代には全国的に食べられていたようだが、今で
は秋田山形方面の郷土料理になっているようだ。作り方は単にみそ汁に納豆をぶち込ん
で、ハイ、おわり! ではなく、納豆はすりつぶし、ほかの具も入れるのだという。
具材としては、里芋、豆腐、油揚げ、きのこ、山菜などたくさん入れ、納豆はすり鉢で丁
寧にすり潰すという。いやいやこうなっては、単に豆腐をぶち込んだみそ汁とはまるで別
物、そう易々とは作れるもんじゃないない、だから今の時代には向かないのだろう。
しかし、粒が見えないほどよくすり潰した納豆のとろみは、ほかの具材とよく馴染み冷め
にくく、体を芯から温めてくれるようで、雪国の食物としてピタンコだと思う。納豆を煮る、
と思えばその臭気や大変なものだと想像するが、かえって臭みもなくなるのだそうだ。
寒い冬の朝、食卓にほかほかと湯気が立つ納豆汁がある。半信半疑で口にすると、温
かい汁がなめらかに喉を滑って、胃袋まで温めてくれるような気がする。ふう~~っと体
のこわばりが溶けて、なんだか幸せとはこういうものかと思わされる。
そんなに食いたければ、自分で作りゃいいじゃないか、と当然考える。が、なにごとも面
倒くさいことはイヤだ。納豆をすり鉢で粒がなくなるまで丁寧に潰す、というのが、トテモ
面倒くさそうだ。それを考えると、即諦め、「いいや、また今度」、となってしまう。
こんなこっちゃあ、到底グルメになれない。テレビは「絶品グルメ! 」と叫ばない日はな
いが、現実にはどこを探しても、「グルメ」など見当たらないような気がする。まあ、グルメ
でなくていいから、せいぜい旨そうなものを妄想して、ニヤリとするのがいいや。
ところで「郷土料理」なるもの、今だ健在なりや?
今ごろ蝶がヒラヒラしていていいのかと思う。
ところが居る、ヒラヒラしている、花なんかろくなものがないのに、ちゃあ~んと停まって
食事に余念がない。蝶と言えば春、だとばかり思っていた。ところが野っぱらを歩いてみる
と、ガンガン照りの真夏だろうが、涼風の秋だろうがお構いなくいるのだ。
さすが冬の蝶は尾羽打ち枯れ、満身創痍みたいになっているけれど、蜜を求めて花から
花へ飛び交っている。その姿は真摯で必死のように見え、思わず立ち止まってその姿を
追ってしまう。生きようとする懸命さみたいなものがひしひし迫ってくるようだ。
その季節ごとに活躍する、要するに目立つ、蝶の種類があるのだと思う。だからその季
節ごとに、生まれ育ち、あるいは動物としての義務を果たして死んでゆくのだろう。と、そ
う思うが、その辺りのことはチンプンのカンプンで全く知らない。困ったもんだ!
今からでも少し、昆虫や小鳥やその他生き物の名前を覚えたい気がするが、おそらく覚
えられないだろうナア、という気満々である。なにしろ今まで覚えていた、何がし、かにが
し、瞬く間に脳ミソから消えていく日常なのだ。とても新しいものなど一滴も入るまい。
野っぱら歩きが趣味だから、ほんとはそういうことを死ぬほど知っていていい筈だが、ま
るで知らない。思い出してみると、野っぱら歩きが好きになったのは中年になってからで、
それまでは恐ろしくなんにもしないグダグダ人間だった。
そうして野っぱら歩きを趣味と感じるようになってからも、とにかく遠くまで歩くことが第
一であって、途中の花や蝶や虫などに、1mmも関心を寄せなかった。おそらくそんなこん
なが重なって、かくの如きダメ男が出来上がったのだろう。今となっては遅いよナァ。
近くで見る富士山は恐ろしいほど大きい。
富士吉田を歩いていた時、ひょいっと角を曲がったら、真正面にとんでもなくでかい白
い壁がそそり立っていて、ハッと息を呑んだ。ちょっと間があってようやく富士の姿だと分
かって、なにやら知らぬ神々しい気持ちが浮かんできたことがあった。
御殿場あたりから中央道へ乗り換える際も、車窓にドカ~~ンと富士が迫り、びっくりし
たことがあった。この時もやはり、なぜだか知らないが神々しい気持ちになって、しばらく
ぼんやりとその姿を眺め尽くした。富士を見るとどうして神々しい気持ちになるのだろう。
もしかして、日ごろついぞ見たこともない、恐ろしく巨大なものを突然目にし、どうしてい
いのかビックリして分からず、思わず知らず「ヘイ、恐れ入りやした! 」と、当面畏まって
しまう、という事なのだろうか。それを自分では、神々しい感じ、と決めちゃったりして…
そうだとすると、なにしろ目にしたことのない大きなものには、まず恐れ入らなければな
らない。そうして神々しく感じなければならない。で、もしかして、ネパールなどに行った日
にゃどうなる。目の前のヒマラヤ山系すべてに恐れ入らなければならない。忙しいこった。
富士山の話だから、いきなりネパールへ行かなくてもいいのだが、実は富士山に登った
ことがない。外国人でさえわらわら登るらしいけれど、日本人にあるまじく、生涯登らずに
終わりそうだ。あんなところに登るのはなんと言っても苦しそうだ、御免蒙る。
ひょっとして、富士は登るものではなさそうな気がする。映像で見れば砂と石ころだらけ
で、森もなければ川もないし、美しい湖などとてもありそうにない。砂粒ばかりを眼にして
どこが楽しいのかよく分からない。山登り大ニガテを棚に上げて、そう思う。
見おろすと城下に冬の日が射し始めた。
郡上八幡にこんなに立派なお城があるとは知らなかったので、白壁の清々しい天守を
見て少しく感動した。こじんまりした天守だけれど、それがまた郡上八幡という山に囲まれ
た小さな城下町に似つかわしく思え、天守も城下もたいへん好ましく感じられた。
天守のある高台で、手すりに摑まって眺め下ろしていたら、隣にいたおっさんが、いきな
り「郡上のなあ」と歌い始めてビックリしたが、「これが有名な郡上踊りの歌じゃ」と教えて
くれ、頼んでもいないのに一節を歌ってくれた。しわ枯れた、いい声である。
その歌がいまだに耳に残っている。
「ぐじょうのなぁ~、はちいまん、でてゆくときわぁ~」
「あめも、ふうらぁぬうに~そでしぼ~る」
おっさんはその後、ここのお殿様は青山という苗字で、江戸屋敷のあったところが青山
という地名になって現在に引き継がれている。だから東京の青山はほんとは、ここのお殿
様の持ちもんじゃったのだ、と語ってカンラ、カンラと笑った。
このおっさん、ちょっとばかり押しつけがましいと思ったけれど、決して不愉快な気分に
はならなかった。おっさんの、並々ならぬ郷土愛とお国自慢が言葉の端々にあふれ、聞く
ものの胸までも打ってくるようだった。ああ、あのおっさん今どうしているだろう。
郡上町は長良川が市街地を貫流し、また周囲の山から豊富な水が湧き出して、さながら
湧き水の街の如くである。いたるところに小さな流れがあり、澄み切った旨そうな水が流
れている。すっかり気に入ってしまい、町中いたるところを歩き回った。
長良川の支流、吉田川の対岸も歩き回った。細い路地にびっしりと昔懐かしいような建
物が並び、旅ごころをイヤ増して掻き立てた。日本列島のいたるところで、人々は落ち着
いて静かに暮らしているのだなあ、といたく実感した。冬の日も温かい城下町である。
覚悟というのも大げさだけれど・・・
十二月に入ると「さあて、いよいよだな」という気持ちが湧いてくる。これもなにが「いよ
いよ」なのかさっぱりわからない。だいいち引退爺さんに「いよいよ」などという切羽詰まっ
たような事態がある筈もないが、ともかく気持ちの持ちようがそうなって来る。
世間様が忙しい時期なのだから、隠居爺いと言えども、なにごとかをこころに決めないと
顔向けできないような、そういう架空の気分が湧き出してしまうのかもしれない。世間の
方は「余計なお世話だ! 」と言うであろうが、とにかく世間に混ざっていたいのだ。
個人的には「冬至」が、いろんな意味で大きな区切りだと思っている。まずそれまでは、1
分1秒と陽が短くなって、あわや四時半ごろにはもう暗くなってしまい、もう夜ばっかりに
なってしまう。この季節の夜は、暗くて寒くて寂しくて、悪魔の時間帯である。
それが冬至を一期として、陽は1分1秒と伸び出し、お正月過ぎごろにはびっくりするほ
ど日没が遅くなっている。あな嬉しや、お日様の完全復活である。この時期、寒さは死ぬ
ほどだけれど、輝きを増す力強いお日様に、なにやら希望も湧いてくる。
だから心情としては「冬至までの我慢だ! 」が覚悟の中身である。陽ざしの復活に棹
差すように、びりびりと寒さが身を縛り付けてくるけれど、なあに、あとは惰性だ。寒さの顔
を見ないようにして、なるべく知らん顔を決め込んでいると、いつの間にか春が来る。
冬至以外にもいろいろと覚悟を決めておく必要があるかと思う。ビンボーだから借金取
りが押し寄せて来るだろう。世間ではクリスマスというような大行事もある。クリスチャン
ではないから、カンケイねー! のだが、世のなかの騒ぎに落ち着いてはいられない。
正月準備というものもかって確かあったようだが、我が家はいま何もしない。紙に印刷
された松飾を、ひょいっと玄関に吊るせば、ハイ! おわり。おせちなども作らなくなった。
ンなもん作っても、喜んで食う人がいない。年々歳々、行事は痩せ衰えてきたなあ。
さあ、冬至まであと20日。