2025/07/31

みなみ空朝から湧くや雲の峰




 

 入道雲は夏のだいご味だ。


 成層圏をぶち破るような堂々たる入道雲を見たいと思う。が、いつでも見れそうでなかな

か出会わない。たぶん山の向こうの広い野っぱらか、海路遥かな波の上でなければ、そうお

いそれとは見られないのではないか。またそういう場所こそ入道雲が似つかわしい。


 夏はどうしても巨大な入道雲がいい。朝のうちからもくもくと湧き上がって、どんどん高

くなる。どこまで高くなるのか、と危ぶむほどに高くなって、山のうんと上からこっちを見お

ろし、どうだ参ったか、という。そういう雲をいつまでも見ていたい。



 しかし入道雲は遠く遥かに眺めやるのがいいようだ。これの近くに居たらたまらない、む

くむくの大塊が形を崩し、全天を覆い尽くして辺りは夕方のように真っ暗となる。いやらし

い風が吹き下ろして、田の面を渡り、すかさず、ドッシャアア~~と雨が落ちてくる。


 風と雨で傘など役に立たず、びしょ濡れを覚悟しなければならない。下手すれば雷様がド

ンガラガッタと騒ぎ立て、ビガーっと世界を崩すように光って、腹ワタがひっくり返るよう

な大音響が響き渡る。野外にぼう~~っと佇んでなどいれば大変怖い。



 入道雲はともかく、台風が近づいている。今、台風を待ち焦がれている。ただし来るなら

来るで条件がある。大風は要らない、雨だけでいい、その雨も本州をみっしりと潤すほど降

ってくれなければ困る。近づいている台風はそういう具合に調整してきてくれ。


 と、願うのだが、どうも関東付近をちょっとかすめて、足早に北太平洋に向かうらしい。

これを何とか進路変更をお願いできないかと思う。トランプにこっそり関税の値引きをお願

いしたように、台風お代官にこっそり進路変更をお願いに行ってほしい。頼むよ石破さん。


 入道雲が南に去っていくとなんだか寂しい。




2025/07/30

梅干しに負けぬ酒だとジンを出す

 



 梅干しの味はガツンと強烈である。


 このガツンに負けない酒は、やはりそれなりに強い酒がいいと思う。ビールではなんだか

頼りない。そこで考えてみたら、ジンがあった。強烈だけれど、冷えたジンはべたべたしな

いし、さわやかな味わいがある。夏の世の晩酌は、ジンと梅干、これでいいのではないか。


 決していける口ではないので、強い酒はすぐに酔っぱらってしまうけれど、冷たい水を適

度に飲みながらであれば、案外涼しい顔で楽しめるのではないかと思う。西洋古来のジン、

日本古来の梅干し、この取り合わせはどことなくクラッシックな雰囲気を醸し出す。



 数年前まで梅干しを毎年作っていたが、最近この強烈な味にタジタジとなってきた。ゆえ

に普段はほとんど食さなくなった。何でもかんでも軟弱になったのだろうけれど、梅干しの

塩分は、たぶん確実に血圧をあげるだろう。高血圧は親の仇でもある。


 同時に、晩酌をほとんでしなくなった。毎日飲むと、どうやら尿酸値が高まり、痛風の恐

れがあるようだ。ある時、一週間続けて酒をぶっくらい、発作が起きたことがる。それ以来

恐ろしくなって、呑まなくなった。酔って赤い顔でふうふういうのも、もうめんどくさい。



 それで、梅干しも食わず、酒も飲まず、品行方正である。品行方正にしていると、退屈のあ

まり発狂するかと思ったが、今のところその兆候は出ていない。テレビも見ないから夜は早

くから寝てしまう。それで睡眠時間が十分とれて、調子がいいみたいだ。


 元来、健康などに留意する性格ではないが、この程度のことで、もしも健康になれるなら

儲けものだ。「健康にいいこと」などに必死こくのは御免だが、梅干しと酒とテレビを我慢す

る程度でいいなら、健康大歓迎、是非とも健康になってみたい。


 空は暑いが頑張ろう。




2025/07/29

西日果て雲あかあかと染まるとき

 





 しばしば夕空を眺める。


 ことに冬のそれはとてもきれいなので、ぼう~~っとベランダから眺めることが多い。し

かし夕焼けは冬に決まったものではないから、いつでも夕焼けが出来たら眺めたいと思う。

ただ空が夕焼けるという予測が難しい。どういう按排で空が染まるのだろうか?


 夕焼け小焼けで日が暮れて山のお寺の、鐘は今鳴らないけれど、カラスは昔と同じにねぐ

らに帰るらしい。そういう無邪気な子供時代の郷愁がどこかに残っているからか、人は皆夕

焼けを眺める。眺めてしみじみと、何の苦労もなかった子供時代に思いを馳せる。



 思えば子供の時は親の庇護のもと、何も考えずにひたすら遊んで暮らした。なんの苦しい

ことも悲しいこともなく、ただぼおうっとして暮らした。そのまま、ずるずるといつの間に

か大人になってしまい、そんなだから大人の時間はあまり面白くなかった気がする。


 大人になって、面白いことも楽しいことも無かったし、今思えば山ほどの反省もあるけれ

ど、それもみな過ぎ去ってしまったこと、いまどれほど悔悟、反省しても、もう追っつかな

い、手の打ちようがない。反省はただ自分を苦しめるだけ、だから、これも打っちゃる。



 そうしていろいろ打っちゃってしまえば、あとに何も残らない。ならばそのニッチを、ま

たぞろ子供時代のように楽しいことで埋めようと思う。大人時代のズルこきがたたって金は

無論ない。金はないけどなんとかなるさ、見ろよ青い空、白い雲、なのだ。


 金がなくとも楽しいことを求めれば、やっぱり子供時代の過ごし方になる。子供は金を持

たない、持たないけれど最高に楽しかった。今こそそれを思い出さねばならない。野っぱら

を駆け回って(今は駆けまわれないけど)、花を見、空を眺め、夕焼けに感動する。

 

 子供から大人へ、また子供に帰る。




2025/07/28

日盛りにしばしまどろむ大樹かげ

                



 日盛りに土手道を歩いて往生した。


 朝から阿武隈川の土手を歩いていたが、昼になっても土手道が終わらず、仕方なくそのまま

歩き続けたら、ひっくり返りそうなほど暑くなった。なにしろ日陰がないむき出しの堤防だ

ったから、たまらない。汗ドバドバ、喉カラカラ、喉から手が出るほど水が欲しい。


 転がるようにして人家があるところに逃げ込み、大木の影でひっくり返った。幸い近くに

自販機があり、水を浴びるほど飲んだ。そして傍のきれいな小川の水で体を拭き、しばらく

のあいだ木陰の影の下でまどろんだ。それでようやく人として蘇った。



 もう木陰のない土手道を歩く気は全くなく、本宮という街の街道を歩いた。街道も陽ざし

があったけれど、松並木が程よい日陰となって、熱気が頭に上るほどのことはなかった。そ

うして夕方、二本松に到着した。やれやれ今晩はここに泊まろうと思ったのだけれど・・・

 

 駅近くに旅館は二軒あったのだが、南無さん! 両方とも泊めてくれない。ヨレヨレの乞

食坊主みたいな恰好だからか無残にも断られ、途方に暮れたが、何しろここに及んで野宿な

どとてもできない。その一軒に三拝して頼み込み、ようやくなんとか泊ることが出来た。



 まだ今より若かったので、どうやら熱中症一歩手前で生還できたのだろうと思う。今の年

齢だったら、救急搬送間違いなし、もし他人がいなかったらそのまま一丁アガリ、となって

いたかもしれない。それを思うとどうしても日盛りに歩くのは躊躇する。


 もしやむを得ず歩くのであれば、慎重に木陰のある場所を選び、危なそうだ、と思ったら

風の通る木陰に避難して、ゆるゆるとまどろむ、ということをあらかじめ予定しなければな

らない。木陰のない土手道など、もってのほかだと思っている。


 なにごとも経験しないと分からない。




2025/07/27

青空を焦がして燃えてさるすべり

             





 さるすべりは実に長い期間咲いている。


 たしか6月下旬ごろから、ちらほら咲きだし暑さ増すにつれ、いよいよ元気に咲き続けて

る。が、じつは一つの花は、咲いたらその日に萎んでしまうのだそうだ。で、次々に後を

って開花するので、花の期間に終わりがないように感じるらしい


 この赤い花が、地獄の沙汰もこれほどか、というような炎暑の昼下がりに、知らん顔して

咲いている。これが目に入ると、他の木々がぐったり疲れているのに、独り平気なのでいさ

さか小憎らしいけれど、同時にエライもんだと感心もする。




 ところで6月から咲き始めて、それでいつ花は終わるのだろう? 昔の記憶では8月に咲

だして延々9月までだったのだが、これに倣って6月から8月まで、つまり昔の咲き初め

ころには、早々と店じまいをしてしまうのだろうか。


 いろんな木や草の花が、アチチ、のためにみんな前倒しになっているようにも見受けられ

る。それと気付かぬうちに、季節そのものが前倒しに推移しているのかもしれないと大いに

疑っている。季節が前倒しなら、9月にはやたら涼しい秋風が吹くのか⁇




 ついぞ経験しなかった極暑のため、いろんなものが狂ってきた。なんとまあ、北海道で

40℃、なんていうから驚き為五郎も口がふさがらない。こんな按配だと農業はもちろん、

業にも何らかの異変が生じて、サンマなんかもう決して獲れない、ってことになるのか?


 そういえば、ここ3,4年、まともなサンマをまともに食った記憶がない。スーパーをのぞ

と、少年のようにカワイラシイのがちょこんと置いてある。丸々太った、なんてのは夢の

た夢、サンマが食えなければ日本人ビンボー階層の名が廃る。困ったもんである。


 トランプとオンダンカは親の仇でござる。




2025/07/26

白蓮にしばし涼まん昼の池



             


 蓮は花だけは美しい。


 葉っぱは傍若無人にデカイばかりだし、種ときたら、なにやら目玉の集合のようで、いさ

さか不気味だ。ところが花はなによりも美しい。花びらの根元が白っぽくて、先っぽへ行く

ほどだんだんに薄紅色となり先端が赤く、花びらの中に紅色の筋が浮いて見える。


 この様子がなによりきれいだなと思うけれど、乳白色の薄い黄みを帯びた白い花は、なに

よりも涼し気だ。白い大きな花は、バラでもボタンでも爽やかで涼し気に見えるものだが、

蓮の白はまたひときわ爽やかに見え、池の水気と相まって思わず汗を拭いたりしてしまう。



 今はなんといっても、涼し気、涼しい、爽やかが一番いい。なぜかと言えば、ひょいっと

予報を覗いてみれば、35℃以上が踵を接して並び、ひょっとすると、37℃、38℃などという

殺人的な日もあって、これじゃあ、なんでもいいから「涼」というものが欲しい


 朝の10時ともなればもう部屋の温度は33℃、たまらずにカーテンを閉め、クーラーをひね

って籠城の一手、暑いのに、食うものは食うし、やることがないからごろ寝ばかりだし、腹

ばかり出る。これじゃ、体にいいわきゃないよ、分かっているけどやめられない。




 これから毎年こういう按排が続くとすれば、これは何かテを考えねばならないのではない

か、夏になるとただただクーラー籠城だけでは困ったもんである。しかしテといってもな

あ、どういうテがある? 金があれば横っ飛びに涼しい場所に逃げるのだがなあ。


 金がないので仕方がない、なにがなんでも35℃以上の気温に、こっちの体を適応させるし

かない、人間は環境に適応するものだという。現に赤道あたりのマサイの人は、熱中症だ、

などと無暗に騒がない。ならば、38℃ものともせずに動き回るか~⁇


 死ぬ前に、それでいいのか考えよう。




2025/07/25

眠たげなラジオ体操夏休み

 


 せっかくの夏休みなのにラジオ体操だってさ。


 学校に行く普段よりだいぶ早起きしなくちゃならない。前の晩は夏休みが嬉しくてうれし

くて、ついつい夜更かしをしてしまった。だから朝はやくにたたき起こされて眠くて仕方が

ない。また夏の朝は、ぼんやりと暑く気怠く、体操なんてやってられない。


 どういうわけか、親の方がなんだか張り切っていて、そそくさと追い立てられるように校

庭に集まった。見慣れた友達も来ていて、それでもみんな気怠そうで眠たそうで、まるっき

り普段の元気がない。チェ、まったくこんな体操なんて親だけがやればいいのに。



 始まって、足を上げたり手を振り回したりしているうちに、なんだか少しづつ元気が出て

たようだ。体操が終わって、さあもう何も義務がない、学校に行かなくてもいい、解放だ

自由だ、と思ったら途端に元気いっぱいになって、友達となにして遊ぼうかと相談。


 ともかく、ご飯だ、腹減った、めし、めし。済んだら、さっき約束した友達と河原に遊び

に行くんだ。川原の林の中に、クワガタやカブトがいると友達が言っていた。捕まられると

いいなあ、わくわくするなあ。捕まえたら自分で世話して夏休みの間面倒見るんだ。



 友達が3人自転車で集まった。虫かごと網を持っている子もいる。これなら絶対捕まえら

るな、いっぱい獲ってみんなで山分けにしようぜ。でも、なかなか見つからないなあ、

虫はみんな学校や会社に行っちゃたんだろうか。虫も夏は夏休みにすればいいのに。


 遂に一匹も見つからなかったけれど、初めてだし、仕方ないなあ。このまま河原の土手を

自転車で走ろうと決まった。暑いけれど風が気持ちいい。知らない土手道をどんどん走っ

て、なんだか気分がいい。わくわくが止まらない。ゲームよりわくわくするよ。


 夏休み、サイコ~。




2025/07/24

小なるも辺り冷やして沢の滝

 



 

 見た目も涼しげだが、実際に涼しい。


 滝だと言えば、なにがなんでも見たい、という人もいる。遠き山道を、ものとも

せずに滝を見に行く。見てどうするかといえば、特段どうするあてもないようだ。

滝とは言えど、遠路はるばるなのだから、何か功徳がなければいけないと思う。


 滝の功徳はさまざまあるようだが、目で見て何かを感じるのと、頭からしぶきに

打たれて何かを感じるのと、まあこの二つぐらいが思い浮かぶ。滝の裏側に廻って

お籠りする、なんていう芭蕉の酔狂は、さて置いておく。



 どうせなら、華厳の滝なんて言わずに、世界のデカい滝を見たいと思う。デカけ

ればいいのかといえば、いいのである。とにかくデカければ、まずもって迫力があ

る。日本の滝は総じて、この迫力という点で及ばないようである。


 ナイアガラ、イグアス、ヴィクトリア(いずれも見たことも行ったこともないけ

れど)、まあ迫力の桁が違うようだ。落差がデカく、流れ落ちる川幅がデカく、そ

れで水の量が膨大、タダ流しておくのはモッタイナイような気がする。



 まあ生涯行けそうもない滝の話をしてもナンだから、閑話休題、話を戻す。山の

小さな沢に懸かる滝は、この世界のデカ滝に比べれば、子供のおもちゃみたいなも

のだけど、しかし夏などは実に涼しげである。実際にも涼しいに違いない。


 岩ばしる水が小さな水滴になり、空気中を漂って周りを冷やす、ということはあ

りそうな気がする。都会の中に大掛かりなミスト発生器など作らずに、こういう小

さな滝を幾筋も流したら、見た目も涼しく現実にも涼しいんじゃなかろうか。


 なんでもかんでも、とにかく涼しくないと死にそうだ。




2025/07/23

朝さんぽ急げいそげと蝉の声

 



 明け方5時ともなればもう陽がさしている。


 東の空から、「ウヒヒヒヒ、さあ今日もガンガンいってみようかぁ」などといい

ながら無情の日が昇って来る。そして河川敷の雑木林や段丘涯の森から、み~んみ

~ん、じいじい、しゅわしゅわと蝉の合唱が始る。


 背中から「ウヒヒヒ」に炙りたてられ、右や左から「み~んみ~ん、急げ急げ」

と蝉に急き立てられ、呑気に散歩などしていられたものじゃない。頭の中は帰って

からの冷た~いシャワーで一杯になるが、かといって早足になるわけでもない。



 だいたいの決まった時刻に散歩していると、決まった人と出会うことが多い。ひ

とりは60歳台位のおじさんで、マラソンマンである。苦しそうな表情で走って来る

が、どこか満足げな安らぎも見せている。Tシャツのに胸も背中も汗びっしょり。


 もう一組は、6,70台のおばさんと40代のお姉さんとのペア。この人たちは案に

相違して足が速い、す~っと音もなく抜かされる。かくてはならじと、必死になる

が、ひたひたとすぐ後ろに迫って来る。気がきじゃない。



 散歩で出会う人達も皆、蝉の声を聞いていることと思う。ああ! セミが鳴き始

めたなあ、とか、今年は少し早いんじゃないか、とか、そんなことを頭に浮かべな

がら、走ったり歩いたり、あるいはベンチに腰を下ろして聞きほれたりしている。


 西洋人は秋の虫の音を単なる騒音だというらしい。となると蝉の鳴き声はどうな

る? 大騒音だろうか、それとも蝉はまた別だ、というのだろうか。蝉しぐれを大

騒音だとは思わないが、散歩のときだけ急かされるのは、困ったものである。


 「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」(芭蕉)  




2025/07/22

噴水の水を透かして猛暑かな

 



 あながち噴水は涼しくもない。


 最初は、ワア~凄い、と驚くけれど、少し見ていれば飽きてくる。そうそういつ

までも見ていたいという気持にならない。いったい誰がこれを発明したのだろう。

どうも西洋人に決まっているような気がする。


 これに対し、日本は岩走る清水である。ちょろちょろと滴る水の動きは、いつま

で見てても飽きない。音も噴水のように傍若無人の騒々しさではなく、小鳥のさえ

ずりのように優しく穏やかだ。これをもって涼を感じ取る。



 水琴窟は日本人の発明なのだそうだ。水を注げば、しばらくしてどこからか、ぴ

ちゃ~ん、という微かな、聞こえるかどうかという滴り音が聞こえてくる。この音

を聞いて、こころに浮かぶ静寂や涼しさを感じ取るのが日本人だ。


 噴水と水琴窟、これはもう勝負にならないのではないか? 情緒の欠けた噴水vs

纏綿たる情緒の水琴窟、勝負あった! と思うのは日本人だからか。西洋人は「 

微かな、ぴちゃ~ん、なんて何なんだ。絶対に噴水だ!」と言うだろうか。



 日本人の情緒はかくの如く細やかで深い。さて、この情緒の源たる諸々の感情は

いったいどこから湧き上がるのだろうか。「感情は腹わたで感じる」という説があ

るらしい。周りの環境から受け取る、感覚の好悪を内臓が感じる、というらしい。


 もちろんその好悪の感覚が、大脳に送られて何ほどの処理がなされるらしいが、

「感情は腹わた」は本当だろうか。そういえば、断腸の思い、腹の底から笑う、胸

に迫る悲しみ、などなどみんな内臓と結び付けられた言葉だなあ!

 

 情緒的は反論理的、なのだろうか。




2025/07/21

青空にひまわり立てる昼日中

 



 ヒマワリは剛毅だ。


 第一に花がデカイ、背が高い、茎が丸太のように太い、花の中の巨人。それだけ

でもなにやらタジタジとなるが、その上に、暑さどっかりの日盛りでも、とんと平

気な顔をしている。どこ吹く風で首を振って平然とお天道様に顔を向けている。


 人が暑さに焼かれてヒーヒー顎を出している真夏の昼日中、彼らは一向に知らん

顔をしている。なんだこいつら、神経あんのか⁈、と思うけれど、暑さぐらいで

は、ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てない。彼らにはとてもかなわない。




 ヒマワリといえばゴッホ、ゴッホといえばヒマワリ。天に向かって燃え上がって

いるようなヒマワリを描いた。まるで何かに取りつかれたように、夢中でヒマワリ

をひたすら描いたように思える。ゴッホはヒマワリに何を見たのだろうか。


 歳時記をめくっていたら、「向日葵がすきで狂ひて死にし画家」(虚子)という句

があった。さすが! だと思う。ぴたりとゴッホを言得て、そして何ごとかを考え

させる。俳句はこうでなくちゃあ。と思えどされど、まったく及びもせず。




 ヒマワリというのは、西洋でも中国辺りでもわざわざ栽培されているようだ。た

ぶん種から油を搾って、それを料理に使うためだろう。日本でいえば、菜種油のよ

うなものだろうか。どんな味がするのだろう。


 油ひとつとっても、西洋と日本はおおきに違うようだ。西洋では、鯨油、ヒマワ

リ、オリーブなどが思い浮かぶ。対して日本では、菜の花、椿、胡麻などだろう

か。身びいきだが、なにやら日本では油の原料でさえ優しげである。


 夏休みといえばヒマワリだった。




2025/07/20

目の前に北アルプスや夏の山

 



 カーブを曲がって、この景観に息を呑んだ。


 なんという圧倒的な量感だろう。あの残雪の峰々がこちらにのしかかってくるよ

うに感じられた。そしてこのコントラストの美しさに、思わず見入ってしまった。

麓の緑の山肌、その先の青い残雪の高山、抜けるような水色の空。 

 

 白馬の近くだったから、これは白馬連峰かも知れないが、自信はない。が、そう

思って写真をよく見ると、手前の山に八方尾根のスキー場らしき模様が見えてい

る。どうも白馬連邦らしいが、高山の峰々の形で、山を同定することが出来ない。




 八方尾根はスキーでだいぶ馴染みがあるが、夏のそれは見たことがない。なによ

り夏だというのに、この雪の残り方は思いもかけぬ風景であって、まったく驚き為

五郎の心境であった。夏山でもこんなに雪渓が残るんだなあ。


 そういえば、この時は越後からの帰り道、柏崎から糸魚川に向かって海沿いの道

を走ったのだが、その時に岬の向こうの海の上に真っ白な山影を見た。何だろう何

だろうと思いながら走っていたが、それは立山連峰じゃなかったのだろうか?




  糸魚川から千国街道を北上して、姫川沿いの曲がりくねった道を走って来て、白

馬が近いかな、と思ったときにドオ~~ンとこの景観が目に飛び込んできたのだ。

それまでの道すがらには、こんなに壮大な景観は見かけなかった。


 それでぶっ魂消て思わず車を止め、あんぐりと口を開けて眺めた。もはやあの山

に登ることは生涯ないだろうが、この景色を眺めることぐらいはまだできそうであ

る。よお~し、またここへこよう、ここへきて飽きるまでこの景色を眺めよう。


 そう思ったが、いまだ実行できず、やんぬるかな。




2025/07/19

ここでないどこか遥かに夏の空

 



 台風の崩れが去って、ドンガラガッタの夏空が蘇った。


 朝の散歩を再開した。めったやたらに暑いけれど、空を見上げても「はるか遠

く」の空ではない。ただ単に暑いばかりで、遥かな山の涼しい緑もないし、涼風も

吹いてこない。都会の夏はほんとにもう、どうしようもない。


 遥か遠くの夏空に憧れる。緑の山の上に、青い空が遠く広がっている、胸のすく

ような夏空が、どこかにきっとあるはずだ。それはやっぱりイナカでなければなら

ないような気がする。山のイナカでも海のイナカでもどっちでもいい。




 都会の夏が煮ても焼いても、冷やしてもとても食えたもんじゃないので、人は都

会を脱出する。逃げ出して、山の遥かな空や、海の遠い空を眺めに行く、のではな

かろうか。そしてひとときそれを眺めてなんだか安心し、しぶしぶ還って来る。


 そんなことなら、いっそのことイナカに住めばいい、というけれど、イナカには

飯の種がないし、都会ほど便利でもない。だから田舎に憧れても、どうしても都会

に帰って来る。飯の種と、便利さと引き換えにして都会でくすぶる。




 しかし、どうもよく考えてみると、「夏の空」を田舎に求めるばかりじゃなく、

いつでも「ここじゃない何処かにそれはある」と思いつめている自分がいる。いい

ものはあっちのどこかにある、という思いから抜け出せない自分がいる。


 そうしてハタと気付く。人類は大昔の昔から理想郷を、ここじゃやに何処か、に

求めて止まなかったのではないか。しかしその空しさをイヤというほど味わってき

たのじゃなかったのか。それをすっかり忘れて、またぞろ「ここじゃない何処か」

に目を向ける。いやはや、何時まで経っても 学ばない。


 それにしても、イナカを歩きたい。




2025/07/18

山の辺の道にひっそり合歓の花

 




 山道にひっそりと咲く合歓の花は、不思議な花だ。


 花とは到底思えない、細い刷毛のように見える。その上、その花の色合いが頼り

なさげで、あえかで、そのくせとても優美なのだ。この花を見かけるのは、そうそ

う多いことではないと自分では感じている。まるで深窓の令嬢のように。


 合歓の花を見てこのような感懐を抱くのは、ひょっとして芭蕉の句の影響が大き

いのかもしれない。「象潟や雨に西施が合歓の花」。そぼ降る雨、あえかな美人西

施、そのイメージをどっと合歓の花に乗っけてしまう。実に巧みなもんだ!



 合歓の木が変わっているのは、花ばかりではない。葉っぱが夜になると眠るとい

う。動物が眠るのは当たり前だが、植物が夜になると眠ちゃう、というのはあまり

聞いたことがない。やはりこの木はどこか変わっている。


 ヒトも動物もみんな眠るんだから、植物が寝てはならぬ、という法律はないけれ

ど、ほかの植物はそんなことをしないのだから、一応、周りに同調してもよいでは

ないかと思う。眠らねばならない何か特別な理由があるのだろうか。

 


 それで、即ち今、ネットに聞いてみた。この現象を「就眠運動」というそうだ

が、マメ科の植物にこの運動をするのが多いらしい。その仕組みは、生物時計によ

って日周を感知し、細胞内の何たらイオンがどうとかして・・・とまあ難しい。


 偉い学者さんがこのメカニズムを解明したらしいけれど、では、なぜマメ科の植

物はこういうことをするのか、この仕組みはその植物にどういう利点をもたらすの

か。そこのところはまだ解明されていないらしい。ここが肝心だよナ。


 それでも、合歓の花は控えめで美しい。




2025/07/17

みちのくの風吹き抜けて夏座敷



                                (芭蕉記念館)


 尾花沢に立ち寄ったことがある。


 役場へ行って尋ねたら、近くに芭蕉記念館があると、いかにも東北の娘らしい可

愛い女子職員が丁寧に教えてくれた。記念館は町中にあったが誰もいなくて静かに

佇んでいた。この場所に紅花の豪商、鈴木清風の店があったらしい。

 

 芭蕉は清風のところで10泊もしたという。よほど行き届いたもてなしだったに違

いない。「涼しさをわが宿にしてねまるなり(芭蕉)」。一方、清風という人は剛毅

な気性の人だったらしい。そのエピソードが尾花沢市のwebサイトに載っている。



 そのエピソードの概略を記載。「清風は江戸に大量の紅花を持ち込んだが、江戸

商人が意地悪な不買同盟に及んだ。ならばと大量の紅花焼き捨てたように見せか

け、値が上がってから売りさばいて大儲けをした」という。


 大層気骨のある商人であったらしい。一方で芭蕉に対しては、行き届いたもてな

しで応じ、おそらく細かい心配りに徹しただろうと思われる。豪胆でありながら優

しい心配りができる人、というイメージが湧いてくる。



 東北人にはこのような気性が備わっているのだろうか。ことに望んでわあわあ大

きな声は出さないけれど、やるべきことはきちんとやって始末をつけてしまう、と

いうような気性を、大なり小なり皆持っているのだろうか。


 大谷翔平の活躍を見ていると、どうもそういう気がして仕方がない。あれほどの

大スターでありながら、それを誇示するような姿が微塵もないし、どんなに周りに

騒がれようと、静かに自分のやるべきことに専念していて騒がない。


 静かで落ち着いた尾花沢の街並みを見ていて、そんなことを思った。




2025/07/16

忍野にて共に富士仰ぐ月見草
















 忍野八海は富士の麓にある。


 ときおり行ってみたくなる。最初に行ったときに、その湧き水の池にイタク感動

した。5mもある深い池の底が、きらきら見えるほど水が澄んでいる。富士の伏流

水がここに忽然と湧き出しているらしい。なにしろ水が美しい。


 周りの田舎びた佇まいもよかった。池の水を集めた小川の縁を、のんびりトコト

コ歩くのがとても楽しい。この川は流れ下って桂川となり、更に相模川となって湘

南の海へと続く。月見草が咲いていた。富士は真ん前にどっかりと。



 この時の印象がとても強かったので、しばしば頭にぽっかりと浮かび上がり、ま

た行ってみたくなる。それで数年前、車をごろごろ転がして行ってみた。ところが

どっこい、東アジア、東南アジア系の観光客であふれ返っているではないか。


 彼らはどこにでも密集し、こぼれんばかりにあふれ、通路をとうせんぼしてスマ

ホを掲げ、そしてワアワア、きゃあきゃあ、喧しきこと言わんかたなし。彼らの密

集地を通り抜けぬるは到底困難である。横っ飛びに逃げ出した。



 観光地と名がつくところは、どこもこんな状態になったような気がする。日本は

キッチリと観光立国になったのだろうか。まあ、産業がどれもこれも低空飛行を続

けているようだから、外貨を稼ぐにはこれしかないのだろうが、少しうるさい。


 などといっても、ちょっと昔の日本人は東南アジアなどにドカドカ押しかけ、や

りたい放題、したい放題、物価の安さに優越感すら抱いたような気もする(行った

ことはないが)。今の日本は円安で当時の東南アジアになったのだろうか⁉


 静かで美しい忍野八海よ、ふたたび。




2025/07/15

奥多摩の渓谷涼しラフティング


                              (クリック拡大)
 

 奥多摩に「大多摩トレイル」という遊歩道がある。


 青梅線の「古里駅」~「奥多摩駅」間を、多摩川の右岸に沿って歩く約8㎞の

道だが、渓谷あり、ダム湖ありでなかなかに変化に富んでいる。山の急斜面を削

って作られたところもあって、しばしば崖崩れで通行不可となる。


 しばらくの間崖崩れで通れなかった箇所が、通れるようになったらしいので、何

年ぶりかで歩いてみた。古里駅→奥多摩駅が正式ルートなのかもしれないが、これ

は登り道である。登りは死ぬほどイヤだから、奥多摩駅から下ることにした。



 奥多摩駅到着、今日は休日、観光客わんさか。海沢集落から「数馬狭遊歩道」に

入る。山の急斜面を削って、人ひとり通れるほどの細道が続く。左手は多摩川の流

れ、始終木々の隙間から沢音が聞こえてくる。道は歩きやすい


 数馬狭橋に到着。ここは白丸ダム湖の上流端。ボードに乗った「アメンボ」がわ

らわらと浮かんでいる。見ていると実に楽しそうに水面をス~イ、ス~イと行きか

っている。若い男女が多いのだろうと思う。いいなあ、羨ましいなあ。



 ここから先は白丸ダム湖の岸辺に沿って歩く「白丸ダム湖畔遊歩道」だ。さっき

の道とあまり変わりはなくいい道だ。ダム湖の水面が近くなって、「アメンボ」の

動きがよく分かる。若い女性が多いような気がする。


 ボードに座ったまま立ち上がれない人、すっくと立ちあがってスイスイ行く人、

様々だ。これは意外と簡単そうに見えるから、ジイバアでもできるだろうか。湖岸

でこのボードを担いだ中年夫婦を見たから、ひょっとしてジイもOKかも。





 やがてダムの堰堤に到着。ここから先は「鳩ノ巣渓谷」となる。渓谷の手前に休

憩所があり、中高年以上の人たちが大勢休んでいた。若者はほぼ通過している。休

憩所のすぐ先が「魔の130段石段」の急登、下りでよかったなあ。


 鳩ノ巣渓谷は大岩がごろごろ流れを遮って、水はその隙間を無理やり通り抜けて

くる。怒った流れが岩を嚙み、なにがなんでも流れようとしている。道は大岩の隙

間を縫うように作られているので、大いに危なっかしい。山百合が咲いていた。



 鳩ノ巣渓谷から寸庭狭に行く道は、まず里道の登りから始まり、ずっと登りっぱ

なしで山道に突入しても、さらに登り道が続いた。バテた。ちょこっと登って止ま

って息を整え、またちょこっと行って休み、尺取り虫の登り方。


 ようやく天辺の休憩所に死ぬような思いで到着。ここから「松の木尾根」の下り

道。だが傾斜がきつい。こんな山道を小さな子供たちがわらわら登って来るのだか

ら、こっちが齢を取り過ぎたか、あるいは日頃の鍛えが足りないのか、どっちだ⁉


 山道を下りきって寸庭狭。小さな滝があって、生き返るような涼しさを感じた。

多摩川と沢の合流点の河原で、高校生のカップルが遊んでいる。女の子の方は退屈

そうだった。橋を渡って古里の里道を駅に向かう。「大多摩トレイル」終了。



 古里の駅から電車で御嶽駅へ。御岳駅到着。川沿いを御岳渓谷へ行く。やはり渓

谷だから、川波がどんぶらこと流れている。その川波を利用して、競技カヌーの練

習や川下りカヌーでの波下りや、ラフティングをしている。


 岸辺の岩に座って、ラフティングをぼんやりと眺める。ラフティングの若い女の

子たちの嬌声が、夕暮れの渓谷に木霊する。女の子たちはどんぶらこと流れていっ

て、やがて見えなくなった。夏の渓谷の青春の一コマ。


 奥多摩の夏はなかなか面白い。



短い動画(BGM・キャプション)

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2025/07/11

越後みち夏山遥か雪残し

 



 青く霞んだ中に白い残雪が光る。

 谷川岳のど真ん中をひょうと抜けた向こう側、麓は緑濃い夏なのに、遥かな山は

冬の名残をとどめている。この残雪の山の麓を、特段のあてもなくふらふらと歩き

回ったことがある。なにがあるわけでもない、ただの山すその里道だが。

 きっかけは、この地の風物を描いた素人の絵をネットで見たから。同年代と思わ

れるその人の絵――山や田んぼの佇まい、子供時代の祭りや遊びの思い出、山里の

家や森の風景、そのどれもが自分の記憶と重なり合い、強烈に引き付けられた。


 それでたまらなくなって、その俤を追ってこの地にすっ飛んできた。なんとま

あ、描かれた風景がそっくりそのまま残っている。橋を渡る少女の後ろ姿、遥か山

を望む川原の立葵、白壁を板壁で守る堅牢な家々、祠の中の長押の写真・・・

 その風景を一つ一つ拾い集めながら、里の中を歩くのはとても楽しかった。中で

も孫と爺さんが遠く残雪の山を見ている光景は、まるで今の自分を見ているよう

な気がした。遠い絵の世界が、現実に目と鼻の先にある。










 

 それほど広くもないその山里の中を縦横に歩き回り、絵の余韻に浸って半日を過

ごし大満足した。しょうもない爺さんの郷愁だが、他人はともかく本人にとっては

しょうがあろうがなかろうが、玉のように大事な想い出なんである。

 夕方、後ろ髪惹かれる思いでその地を離れ、山ひとつ越えて、古い草臥れたよう

な街にたどり着いて、居酒屋で酒を呑んだ。地酒がことのほか旨かったけれど、残

念なことに下戸で量を呑めない。強かったら夜更けまで呑んでいたかったなあ。


 越後の道はどこもみな思いで深い。




2025/07/10

波静か伊根の舟屋の夕涼し

 



 伊根の舟屋に着いたのは夕暮れ迫る頃。


 伊根町は丹後半島の突端近くにあり、天橋立からでもまあまあの距離がある。海

岸に沿った道路を、傾いてきた日を追うように、奥へ奥へと進む。だんだんと車が

少なくなって、左手の山の緑、正面の畑などの広がりが強く印象に残っている。


 伊根の舟屋は、もうずいぶんの昔から行ってみたいと思っていた。が、こっちか

らはなにしろ遠い。ようやく機会に恵まれ、出雲へ行く途中に立ち寄ることが出来

たのは、もっけの幸い。ようやくあこがれの人に会えるのだ。



 たどり着いた時はすっかり暗くなっていた、なんてことになったら長年の夢が雲

散霧消してしまう。早く、早くと思いながらたどり着いて、幸い海岸ぷちの駐車場

に止めることが出来た。はやる心を抑えながら車から降りた。


 目の前の海の向こうにも、こっちの海岸の先にも、あっちもこっちも舟屋だらけ

だ。こんなにどこもかしこも舟屋があるとは知らなかった。目に入る海岸端はすべ

てずらりと舟屋が並んでいる。遠くの海岸にも並んでいる。


 興奮の時が過ぎて気持ちが落ち着いてきた。海は夕暮れの中で静かに揺蕩ってい

る。さざ波に日が反射してきらきら光る。舟屋は舟小屋の口を開けたまま、夕暮れ

の薄明りに溶け込もうとしている。ちゃぷりという波音だけが聞こえてくる。



 舟屋という形が、よくぞ今日まで残ってきたものだと思う。大きな若狭湾の中の

更に湾入した地形だから、海が元来静かなのだろう。直接大洋に面した海岸なら

ば、とてもこういうわけにはいかないだろうナア。


 これからも長く残ってほしいと思う。こっちの行く先は短いからもう見ることも

ないだろうけれど、素朴で静かで、だれもがほっとするような、いい眺めである。

住み心地、建て替え、いろいろ問題はあるのだろうが、是非残ってほしいものだ。


 願わくば、この近くに津波がなきように。




2025/07/09

今ここに夕立よ来い昼下がり

 



 毎日、どしゃ~っと夕立に来てもらいたい。


 そうして、ありとあらゆるものを、びしゃびしゃに濡らして、さっと引き上げて

もらいたい。葉っぱも地面も濡れそぼった後、かそけき風が吹いて、得も言われぬ

涼しさが身を包むであろう。第一にこのくそ暑い中で植木に水をやらなくて済む。


 夕立が来そうな気配は毎夕あるのだが、どうももう一つ決断がつかないらしく、

空振りに終わっている。遠慮する必要はない、ドンガラカッタと来てもらい大雨を

降らせてもらっていい。その代わり長居は無用、さっさとどこかに行ってくれ。




 天気予報は随分精密で確実性が高くなったが、夕立がどこに、いつ降るのかまで

は正確には分からないらしい。予報官は「雨マークが無くてもにわか雨」なんて一

つの逃げを打っているが、俄かに降るんだから予報なんて難しいに決まっている。


 にわか雨=夕立なんて言わずに、「気まぐれ雨」という名にすれば、予報官の苦

し紛れもだいぶ緩和されるであろう。予報を受け取るこっちも、気まぐれなんだか

らあてにしても、あてにしなくても、どっちだっていいや、と開き直れる。



 朝に夕立に会ったことがある。野っぱらを歩いている9~10時ころ、急に空が夜

のように暗くなって、向こうの山は真っ黒い雲に覆われて見えなくなった。風がさ

ぁ~~っと吹いて来て、田んぼの稲がざわめきだした。風の道が見えた。


 雨だ!! と思っているうちにインゲン豆ほどの雨粒がぼたぼたと落ちてきた。

運よく近くに無人駅があったので逃げ込んだとたん、ばしゃ~~と本降り、駅前や

道路にたちまち水があふれ、何もかもぐっしょりと濡れそぼってしまった。


 20分ほどで朝の夕立ちはどこかに行ってしまったが、野っぱらを一日歩いたその

夕方、山の中で今度は本物の、正式な、由緒正しい夕立が来た。朝の夕立がここま

で追っかけてきたのかどうか知らないが、今度は雨具でしのぐしか手がなかった。


 とにもかくも、夕立に期待す。




2025/07/08

奥山の里に鬼百合派手やかに




 しかしまあ、鬼とはよく名付けたものだ。


 赤鬼を連想させるらしいが、この世で赤鬼を見た人がいるのだろうか。花そのも

のは大きく豪華で綺麗なのに、何もこんな名前を付けなくてもいいだろうに。その

おかげで名前からくるイメージが、実際の花と大いに違う。


 山深き里の夏の日、周りは眠ったように人影がないけれど、家の周りの畑には夏

の花々が生きいきと咲いていた。おいらん花、ヒャクニチソウ、ミソハギ、ツキミ

ソウ・・・どれもこれもが我が世の天下、という顔で咲いている。




 山奥で空気がいいせいか、はたまた畑の栄養がいいせいか、街の畑の花とは勢い

が違う、瑞々しさが違う、ようするに溌剌、生き生きとしている。花が生きいきと

して輝きを放っているような場合を見ることは少ない。


 たいていどこかしら草臥れたような、生気のないような、「わし、もうダメです

ねん、元気出まへんよって、このまま眠らせてもらえんか」なんて顔をしている。

花だって都会の生活はしこたま辛いらしい。




 この日一日、山里の一本道を登ったり下ったりして、花を見、沢の音を聞きなが

ら歩いた。頭の上からじりじりと日が照るけれど、山がすぐそこだから風は爽やか

だ。それにもかかわらず、どこを見ても人がいない。閉じ籠っているのだろうか。


 沢が砂防ダムでせき止められ、滝のように轟々と流れ落ちる場所で、ようやく一

人の釣り人に出会った。釣れるまで見ていてやろうと思ったが、たちまち大きなイ

ワナのような一匹を釣り上げた。


 思わず、こっちから「いえ~ィ、大成功!? 」と声を上げたら、向こうは右手

を大きく上げて、ガッツポーズをした。あんなに簡単に釣れていいものだろうか、

よほどの腕の釣り人なのだろうか。釣りをしたくなってきた。


 山深き里、バンザイ! 




2025/07/07

苗育ち猛暑気がかり半夏生



 


 毎日が暑い暑いと顎を出し。


 暑いにもほどがある。連日35℃などというのは、もはや気温などと言っていられ

ない。それもまだ7月だというのに、この調子でいけば、8月の猛暑はどんな暑さ

になるのやら、想像したくもない。日本は熱帯になりつつあるのか!?


 夏がこれだけ暑く長く続くのだから、冬はぬくぬくの大暖冬かと思えば、なにや

らそうでもないようで、冬は冬で一丁前に寒い。まあ、昔ほど寒いかと言われれ

ば、どうもそうではないけれど、普通に寒い。



 だんだんと日本が四季ではなく、夏と冬の二季だけになりそうで、困ったもの

だ。日本の良さ加減は春と秋だというのに、この二つがどんどん縮まって夏、冬が

大いに間延びしてきた。特に夏は6、7、8、9月、4か月もある。


 熱帯のどこかの地方は、雨季と乾季、二つしかない、と聞いたことがある。この

本も最終的にはそうなってしまうのだろうか。そうなると四季折々の微細な違い

を愛でてきた日本人には、殺伐とした光景にしか映らないかもしれない。



 オンダン化は人為的なものだと言われているが、太陽系という大宇宙の巡りが、

たかがヒトの手によって変わってくる、というのも俄かには信じがたいような気も

する。なにしろ相手は人知を超えた大大大空間なのだから。


 人為的かどうかは、脇に置いておくとして、温暖化ガスはどこかに仕舞って出さ

ない、というのも一つのテであると思う。そうしておいて、もしも夏の凶暴な暑さ

が幾分和らいで、昔ほどの穏やかさになったら、夏に大いに遊べるではないか。


 なんといっても四季それぞれ遊べるのがいい。




2025/07/05

山百合の香りに酔いて沢辺道



 


 数あるユリの中では山百合が一番いい。


 なんといってもあの強烈な香りに圧倒される。あの香りが鼻孔を通過するとき、

なにやら酔ったようにくらくらする。またあの大ぶりな、堂々とした、王様を思わ

せる花がいい。押しも引きもされない風情で立っている。


 この近くだと、奥多摩の多摩川渕でよく見かける。どういうわけか知らないけれ

ど、平らな道っぱたには咲いてなくて、崖っぷちの危うい場に咲いていることが多

い。そう簡単には近寄れないから、毎年楽しめる。



 山百合の花が一番いいから、球根を送ってもらって、家の隙間に植えてみた。一

年目はなんとか花をつけたものの、二年目はもうよれよれになってしまった。三年

目でとうとう芽さえ出さなくなってしまった。やんぬるかな。


 環境が変わったので生育が難しいのか、育て方がまるでデタラメだったのか。な

にしろ球根を隙間に埋めただけで、ほったらかしたので何が悪いのか分からない。

それに引き換え、花屋から買ってきた鉄砲ユリに似た花は、毎年元気だ。



 ユリの根っこは食用にするという。なんと言うことをするのだ、と思う。こんな

綺麗な花のおおもとをムシャムシャ食ってしまうなんて、野蛮人と言わなければな

らない。まあ、飢饉やなにかだったら止むを得ないかもしれないが。


 そうでなく、旅館の夕飯にこれが出てきたりする。きれいな花を犠牲にしても食

うのだから、どれほどの美味かと思うが、しゃりしゃりした歯ざわりだけで、とん

でもないような旨味は見当たらない。これを食うのはやはり罰当たりだ。


 ヒトというのはほんとになんでも食うなア。



2025/07/04

みちのくに夏始りて大雪渓


 

 遥かな山に残雪が光る。


 梅雨明けの空は茫洋と霞んで、近くの山は淡い藍色に塗り込められ、空と山のあ

わいは定かならず。その先遥かな高みに空に溶け込んだ大連峰がどっかりと腰を据

え、山肌の残雪が眩しく光った。陸奥の遅い夏が始まる。


 地上が35℃だと騒いでいるというのに、こともあろうに、雪がまだ残っていると

は思わなかった。仰ぎ見て、あの雪渓に寝転んでみたら、どんなにか涼しいだろう

と思う。なんだったら、あの雪でアイスを作って食ってみてもいい。



 大昔の若かったころ、連休に八ヶ岳に登ったことがあった。やはり雪渓が残って

いて、その中でラーメンを煮て食った。ひやひやと涼しい空気に包まれた、あつあ

つのラーメンがことのほかであった。


 ところがその後、蟻の道のような細い峰々を越えてゆくのに、本物の肝を冷やし

た。ウソ冷たい冷汗が背中を伝い、足はがくがく震え、生きた心地がしない。もう

あんな思いは一度きりで沢山だ、とつくづく思った。



 以来、雪渓が残るような山には近づかない。我が帰し方は苦から逃げるをモット

ーとす。だから今仰ぎ見るあの高いの雪渓でアイスを食いたいと思うけれど、そ

こまで登る苦は勘弁願いたい。死ぬ積りならなんとかなりそうだが、まだ死ぬたく

もなし。


 それにもかかわらず人は山に登る。それもより高く、より困難な道をたどる。そ

の苦に立ち向かうさまは、想像さえできない。もしかしてひょっとすると、これは

ホモサピエンスに宿命づけられた運命なのかもしれないが、蒙御免。


 山は仰ぎ見るものだと信ずる。




2025/07/03

湖の山を隠して夏の霧


 


 湖を取り巻く山々を霧がすっぽりと隠してしまった。


 だから湖が向こうまで果てしなく続いているように見えるけれど、実はそれほど

広くはない。その霧が山を包んだままなかなか動かない。夏の霧は根性が座ってい

るのかもしれない。いつまで待っていても仕方がないから帰る。


 地上には霧が漂っていないから、これはひょっとして霧ではなく、湖を囲む山々

に発生した雲なのかもしれない。しかし雲だとしたら、上空に上がっていって歴然

とした、だれが見ても「くも! 」といえるような形になるなるはずだが・・・



 雲、霧、靄・・・いろいろありそうだが、その区別は曖昧模糊、ど素人には区別

がつかない。遠い昔の人がこんな曖昧模糊をそれなりに区別して、そうして名前を

付けたのだろうと思う。古来、日本人は芸が細かい、と思う。


 ど素人がせいぜいイメージするのは、「霧笛が俺を読んでいる」「霧の摩周湖」程

度でまことに素寒貧としている。情報が発達し過ぎて、古代人のようにいちいち立

ち止まって眺め、わずかな違いをもって名をつける、などという悠長はもうない。



 天気予報は今でも非常に大事だが、これだってコンピューターが自動的にはじき

出してくれるらしい。それをメディアがわいわいと知らせてくれるので、もうそれ

をなに構わず信じて行動している。予報が外れたら文句を言えばいい。


 昔の人はそんな便利なシステムがないから、各個人で天気を予報したのだろう。

空を見上げ、雲の動きを読み、わずかな風のそよぎを感じ取って予測し、あとはま

あ自己責任で行動しただろう。今はみんなあなた任せでいい。


 自然に対してドンドン鈍感になっていないだろうか。




2025/07/02

いちめんの青田の波や風の道




  ついこの前に田植えが終わったばかり。


 なのに、儚げな早苗はたくましいく育って、青田に成長していた。驚き為五郎の

ような成長の速さ、植物も人間も、子供の成長にはいつもながら目を見晴らせられ

る。稲の穂先がそよいで、風の通り道が見えた。


 それはともかく、青田の先の森も山も、みんな緑でとても美しく目に映じた。都

会から少し離れれば、こんなにも美しい風景が広がっていることに、今更ながら気

付かされもした。人は時として都会を離れてみなければいけないと思う。



 車が通過する道々、どこもかしこも青田が目の限り広がる。イギリスの田舎が、

緩やかな牧草地の連なりだとするならば(行ったことはないけれど)、わが日本は

瑞々しい田んぼの連なりであり、その美しさはイギリスに負けない(と思う)。


 そうして思ったことは、こんなにも限りなく米を作っているんだなあ、という感

慨、こんなに米ばかり作って大丈夫なのか、というど素人の淡い危惧だった。とも

かく山際の僅かな平地さえ、すべて田んぼで埋め尽くされている。



 これほど田んぼで埋め尽くされている日本で、どこをどうしたら「コメ不足」に

なるのだ!? と、これは素朴な疑問。今回の「コメの高値」は、絶対に誰かが仕

組んだ「弱い者いじめ」だとの疑は融けない。


 日本を牛耳る巨大な組織が、ウヒヒヒとほくそ笑みながらコメの値段を操作して

いる。列島中に湧き上がるような、なんでも値上げ、の風潮をチャンスととらえ、

政府の無策を尻目に、かって放題のし放題。


 貧民を甘く見たら巨大なしっぺ返しだゾ。




2025/07/01

遅々として実家片付け梅雨明けし


 


 いやはや大変なことである。


 家の中にこれほどモノが詰まっているとは思いもしなかった。出てくるは出てくるは、押入、箪笥、戸棚、物置から次から次へと、布団、毛布、着物、洋服、食器、洗剤、あれやこれや、山のような物、モノ、もの。


 これらを何とかしてやっつけるのかと思うと、思っただけでうんざりする。なにしろ大人3人だとは言えど、みな揃いもそろってヨボヨボの高齢者、何をするにもヨタヨタのスローモー、前途多難、将来展望開けず。



 まだ十分使えるモノも山のようにあるのだが、そんなことにこだわっていては、ただでさえ進まぬ片付けがストップしてしまう。だから片付屋さんに来てもらった。価値ありそうなものは買取ってくれるという。


 ところが買取り値段を聞いてヘナヘナと腰を抜かしそうになった。先ず着物、帯など。最初に買ったときは何十万円もしただろうに、すべてが50円~100円の買取り値段、「イヤなら引き取らない」と言われれば、もう黙るしかない。


 家具類。「今どきこのスタイルは流行らない」とか言って、引取ってさえくれない。辛うじて2,3点持って行ってくれた。書籍、本の類。これはやたら重い。死ぬような思いしてブックオフに持ち込んだ。日本画の画集など高価なものは、「このテは値段がつきません」だと。ただし引き取ってはくれた。


 

 この片付屋さんとの応接で感じたことは、「時代が変わってしまったのだ」ということ。昔は価値があった着物や家具、書籍類などは、いまの時代すべて無価値になったらしい。自分たちが気づかない間に生活様式ががらりと変わってしまった、ということを痛烈におもい知らされた。


 片付屋さんがわずかなモノを引き取ってくれて、それでも残ったものは山ほどの寝具類、小岩ほどの食器類、その他何やかや。とても老人の手に負えたものではない。最終的には家を処分してくれる人に、モノの処分も依頼することにした。


 時代が変わり価値観を異にする人と共に生きている不思議。



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